2-3 穏やかな時間は終わりを告げる
ハープを弾きながら、シャントが歌い始めて暫く経った。今回練習する予定だった次のコンクール用の曲だけでなく、以前のコンクールの曲やそれとは関係はないが好きで覚えていた曲。…それに、自分で作ってみた曲も。セレナが楽しそうに聴いてくれるのが嬉しくて、シャントは覚えている歌を片っ端から歌っていった。
何曲も歌って程よく疲れが溜まった頃、ふとシャントは練習室の時計を見たがまだ皆が帰ってくる時間ではなかった。だから、もっと歌っていたいという衝動のままにシャントはもう一度歌い出す。
「シャントったら、とても楽しそう。お父様たちも、認めてくだされば…あら?」
最初に異変に気づいたのはセレナだった。シャントの歌声に紛れて、小さくどたどたと廊下を急いで歩く音が聞こえる。その音に気づいたセレナは、今もなお歌い続けるシャントを止めた。
「…名残惜しいけれど、歌はストップよシャント。あの足音…お父様だわ。今回のレッスンの曲を弾いていて」
そう言って本来レッスンを受ける予定だった曲の演奏を促すセレナに、シャントは頷きを返すとすぐに指定された曲を弾き始める。そしてシャントがその曲を弾き出してまもなく、荒々しく練習室の扉が開かれた。
「セレナ、シャント、ここか!?今何時だと思って…なんだシャント、お前が時を忘れて練習に励んでいたのか?珍しいこともあるものだな」
開かれた扉の先にいたのは、セレナの予想通り二人の父親であるディリトだった。ディリトはシャントがハープを弾いているのを見て、驚いたように声を上げる。
「いきなり入ってきて言うことがそれですか、父さん。そもそもまだ夕食の時間ではないと思いますが…ん?」
ディリトの言葉に不満げに反論しようとしたシャントは、その途中であることに気づく。
「姉さん、もしかして時計…止まってる…?」
そう問われたセレナは、シャントの指差す時計を見て眉を下げた。
「…止まってるわねぇ」
二人の会話を聞いて、夕食の席にいなかったのはそのせいかと納得するディリト。明らかに止まっている時計を見て、怒るに怒れないと判断したのかディリトは踵を返す。
「セレナ、シャント。まだレーラが夕食を食べずにお前たちを待っている。今回は仕方ないことだからこれ以上は言わないが…今からでも早く片付けてリビングに来るように」
「分かりましたわ、お父様。ところで今何時ですか?」
時間を気にするセレナに、苦虫を噛み潰したような顔をしてディリトは答える。
「………夜の、九時過ぎだ。流石に私もレーラも二時間以上夕食を遅らせるのは堪える」
そう言い残してディリトは去っていった。残されたセレナとシャントは顔を見合わせて。
「やりすぎたわね、シャント…」
「うん。まさかここまで時間が経ってたなんて…」
なお、二人がレッスンを始めたのは昼を一時間ほど過ぎたあたり。はっきり言って普通なら時計がおかしいと気づくだろう時間が経過している。それに気づけなかったのは、ひとえに二人揃って歌に夢中になっていたからである。
「急いで片付けましょう」
「そうだね…父さんも母さんもお腹空いてるみたいだし」
そう言って片付けを済ませ、リビングへ向かう二人。一方その頃、練習室から一足先にリビングへ向かっていたディリトは。
「セレナならともかく…シャントがあそこまで演奏の練習に熱中するか?」
先程のシャントの様子に、強い疑念を抱いていた。
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