2-5 ノートだけじゃない、失ったモノ
ノートがディリトに燃やされた翌日。シャントは更なる絶望の淵に立たされていた。
「…っぁ、ぅ」
昨日の寝る前、シャントはすでに嫌な予感を感じていた。燃やされたノートを見た時の喉が締められる感覚、それが全く消え去ってくれなかったのだから。でも、本当にそうなってしまったのだと理解したくなくて。シャントは無言でベッドに潜った。眠れるような気持ちではなかったシャントだが、身体は疲れていたようで彼が気づいた時には朝になっていたのだ。
そして迎えた朝、いつものように日課の小声での歌練習をしようとしてシャントは気付きたくなかったその事実を目の当たりにする。
(声が、出ない)
シャントが声を出そうとする度に、声にならないただの掠れた音が彼の口から漏れ出す。その現状を認識すると、ぐしゃりと顔を歪ませてぼろぼろとシャントは泣き崩れた。
「ーーーーーーーー!!!」
(なんで?ノートが燃やされて、悲しいけど。それでも詞は全部頭の中に入ってる!なのに…これじゃ歌えない!!)
声が出せたなら、大きな声を出して泣くこともできただろう。だが、それすら声を失ったシャントには許されなかった。彼にできるのは、床に崩れ落ちた姿勢のままひたすら涙を零し続けることだけで。
(あたま、いたい)
泣き続けるうちに涙も枯れ果てたのか、シャントは泣くことさえできなくなった。
(つかれた)
泣き疲れたシャントは、ずるずるとベッドの近くまで這ってぽすりとシーツに顔を埋めた。すると途端に眠気が襲ってきて。
(このまま寝て、起きたら戻ったりしないかなぁ)
そう思いながら眠りについて、一時の安らぎを得ようとする。しかし、シャントが完全に眠る直前がちゃりと扉が開く。またディリトが鍵を開けて入ってきたのかと思うも、動く元気のないシャントは何も反応せずにいた。
すると入ってきた女性はぱたぱたとシャントに近づき、ぎゅっと彼を抱きしめる。その感覚に覚えがあったシャントは、どうにか閉じそうだった瞼を開いて部屋に入ってきた女性を見た。
「あぁ、シャント…ディリトから聞いたわ。なんて酷いことを…今までずっと泣いていたの?」
(母さん)
入ってきたのはシャントの母、レーラだった。レーラはシャントの泣き腫らした顔を一目見ると、悲しそうな顔をしてシャントの頭を撫でる。頭を撫でられてうとうとと再び眠気に襲われたシャントは普通にレーラに声を掛けようとして。
「…ぁーーー、ぁ」
やはり出ることのないシャントの声。それを見てレーラはシャントの声が出ないことに気づいた。
「シャントまさか…貴方、声が出ないの?」
「ぅ…」
こくりと頷くことでレーラの問いかけに同意を返すシャント。するとレーラはさらに憤慨し、シャントをさらに強く抱き締めた。
(母さん…こんなに怒ってくれるなんて)
もしかしたらレーラにちゃんと話していれば、分かってくれたのかも知れない。そうシャントは思った。
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