1-8 「失せモノ」の意味

 アミーテが失せモノが何か考え始めて約一時間。


「うーん…やっぱり私には探してるものなんてないですよ…?お嬢様のテキストくらいしか思いつかないですもん…」

「ある場所が分かってるのは、失せモノとは言わない…」

「じゃあ心当たり全くないです…」


 自分が探しているモノが何なのか見当もつかないアミーテは、ううんと唸りながら頭を抱える。失せモノが分からない客人という想定外の事態に、ネモも困りきって彼女を見つめているしかなかった。


「失せモノを探していたからここまで導かれたはず。なのにどうして…」


 段々混乱してくるネモ。彼女が案内人になってから、こんなことは一度もなかったのだから無理はないだろう。


「失くしたもの…そんなのあったっけ…」

「分からないなんてことがあるの…?」


 あまりの進展のなさに、どんよりとした空気が漂う案内所内。そこにかたり、と扉が開く音が響いた。


「あれ、ネモ…と彼女は客人かな?」


 案内所の扉を開けて中に入ってきたのは、プラチナブランドの髪と金色の瞳をした女性だった。彼女の名はソフィー。ネモと同じく案内人を務めている。


「彼女は客人のアミーテ。ねぇ、ソフィー…客人なのに失せモノが分からないってどうして……?」


 案内人としての先輩であるソフィー。ネモは堪らず、彼女に助けを求めた。


「え?ぼくが知る限りそんなこと起きないはずだけど…あ。ネモ、失せモノについてどう説明した?」


 あり得ないはずのことに驚きの声をあげるソフィー。彼女は何かに気づくと、ネモがした説明をアミーテとネモの二人から聞いてさっくりと結論を出した。


「あのさ、ネモ。どう考えても説明が足りてないと思うんだ、ぼく」

「え?足りてない?」


 ソフィーの出した結論に、きょとんとした顔をするネモ。それを見てソフィーが、やっぱり…と天を仰いだ。


「そうだ、そういえば今までネモが担当した客人って分かりやすいタイプばかりだった…。その説明で平気だと思うわけだ」

「あの、どういうことでしょう?…名乗りもせず、失礼しました。私はアミーテ・フィーナーと言います」

「あ、こちらこそ放置して申し訳ない。ぼくはソフィー、ネモと同じ案内人だよ」


 説明不足だというソフィーに、抱えていた頭を上げてアミーテが訊ねる。すると、ソフィーは二人の近くにある椅子に腰掛けた。


「折角だから、二人にまとめて説明するよ。ネモ、これから言うことも客人に伝えなきゃいけないことだからね」

「…ん、分かった」


 ネモの返答によろしい、と頷くとソフィーは顔を引き締めて丁寧な説明を始めた。


「まず、失せモノという言葉は"失くしてしまったモノ"だけを示すものじゃない」

「…そうだったんですか!?」


 てっきり失くしたもののことだと思っていたアミーテは目を見開いた。それを見たネモは、なんとなく説明不足だった部分を理解する。


「正確には、"世界で居場所を失ったモノ"…」

「うんうん。説明が足りてないって言った理由が分かったかな、ネモ?」


 ソフィーの説明に続けたネモの言葉。それに満足そうにしながら、ソフィーは"世界で居場所を失ったモノ"…その意味を滔々と語り出す。


「"居場所を失う"。これには、持ち主がそのモノを失くした場合ももちろん含むよ。だけど、それだけじゃないんだ」

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