1-5 空元気の少女、憂う侍女

 ルーシュが目を覚ました。二人の母であるアイラからその知らせを聞いて、ジュリアはとても嬉しそうに笑った。


「よかった、ようやく目を覚ましたのね?ルーシュったらお寝坊さんだわ!」


 ようやく、とジュリアが言っているのは当然のこと。なにせルーシュは一週間丸々目覚めなかったのだから。そうして、屋敷全体がルーシュの目覚めと魔力発現を祝う雰囲気になっていた。

 だが、その中で浮かない顔をする者が一人。


「…ジュリアお嬢様」


 そう、ジュリアの専属侍女のアミーテである。ずっとジュリアの側で仕え続けている彼女には、その笑顔に翳りがあることが分かっていたのだ。


「…ねぇアミーテ、調子悪そうに見えるのだけど。辛いなら今日はお休みする?」

「いえ。私は大丈夫です」

「そう…?体調が悪いのならちゃんと言ってね?あっ、ルーシュにはもう会えるかしら!」


 以前の空元気なルーシュを彷彿とさせるジュリア。マーレンも、そしてアイラもその様子に気付かなかった訳ではない。しかし、ルーシュが発現させた魔力の量はかつてない多さだった。その為、それに関連した対応に今もなお追われ続けているのだ。故に、ジュリアにまで手が回らず…ここ数日は彼女はアミーテと数人の侍女とのみ顔を合わせるような状態だった。


「ルーシュお嬢様でしたら、明日には会えるようになるだろうとイアーナ殿が仰っていました」

「あら、そうなのね…ううん、残念だわ!」


 イアーナの言葉を伝えると、大袈裟にがっかりしてみせるジュリア。その様子が、アミーテにはどうしても痛ましく思えて仕方なかった。


「ううん、じゃあ今日は何をしようかしら。…そうだわ、ルーシュも魔法の授業を受けるのよね?教えられるように復習しておきましょう!」


 ジュリアは内心では、大切にしていた髪飾りが欠片だけになってしまって悲しいはず。それでもなおルーシュの為に動こうとするジュリア。せめてそれをしっかりサポートしよう、とアミーテは心に決めた。


「…はい、承知いたしました。では以前ジュリアお嬢様が使っていらしたテキストをお持ちしますね」


 えぇ、お願い!と朗らかに頼んでくるジュリア。ジュリアには他の侍女と待っていてもらい、アミーテは必要なものを取りに行く。

 彼女は、願ってやまなかった。ジュリアがとても大切にしていたサクラ色に煌めく髪飾り、それが戻ってきてくれればいいのに…と。


「さて、昔お嬢様が使っていたテキストはここにある筈…」


 その願いは叶う筈がないものだ、と首を振って気分を入れ替えるアミーテ。


「…え?ここは…どこ?テキストは?」


 テキストの置いてある部屋の扉を開いたアミーテの目の前に広がるのは、白黒の世界。そして、テキストを持ったアミーテを待っていたジュリアに告げられたのは。


「アミーテが…いなくなった?」


 部屋に入ろうとした瞬間、溶けるように消えたアミーテを見たという侍女からの報告だった。

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