第一部 案内人ネモ

Lost.1 サクラ色の耳飾り

1-1 普通だったはずの日

 今日もいつもと同じ、普通の日。そう、美しい水色の髪を持つ少女は思っていた。

 彼女の名はジュリア・ヒューウィア。ヒューウィア伯爵家長女にして、大陸で一番の大国であるネアテュール王国の次期王太子シュノン・ネアテュールの婚約者である。


「ふふっ…やっぱりとても綺麗」


 ジュリアが窓から差す光にかざして見ているのは、美しい耳飾り。光を反射してきらきらとサクラ色に輝くそれは、シュノンから誕生日のプレゼントとして贈られたものだ。彼女はプレゼントをかなり気に入り、一日に一回はこうして自室で光にかざして眺めているのである。


「お嬢様、本当に気に入られたのですね。毎日見ておられますもの」


 傍に控えていたジュリア専属の侍女であるアミーテに微笑みながら言われ、ジュリアは思わず顔を赤く染めた。


「だって、シュノン様の髪と同じ色の耳飾りなのよ?嬉しくなっても仕方ないじゃない…!」


 そうしているとコンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


「あら?誰かし…」

「ジュリアお姉さま、ルーシュです!入ってもいいですかーっ!」


 誰かと問う前に元気な妹の声が聞こえ、思わずジュリアは微笑んだ。


「可愛いお客様のようね。アミーテ、扉を開けてあげて」

「承知いたしました、ジュリアお嬢様」


 アミーテに命じると、手に取っていた耳飾りを鏡台に仕舞い、窓際の椅子からソファーへと移動する。そしてアミーテが扉を開けた瞬間。


「お姉さまぁー!!」


 勢いよくルーシュがジュリアに飛びついてきた。それを何とか受け止め、ジュリアは自分の隣へルーシュを座らせる。


「今日も元気ね、ルーシュ」

「はい、ルーシュは元気ですお姉さま!」


 にぱーっと弾けるような笑顔で返事をするルーシュ。


「うん、元気なのはいいことね。…それで、どんな用で私の部屋に来たのかしら?」


 楽しそうなルーシュに部屋にやってきた理由を尋ねると。


「あのね、お父さまに今日はお姉さまがお休みだって聞いたのです。だからルーシュと遊んでください!って言いにきました!」


 輝いた瞳でジュリアを見ながら返事するルーシュ。


(そういえば、先程お父様から今日は先生が熱を出してしまって急遽休みと伝えられたわね…それに授業以外の用事はなかったはず)


 理由を聞いたジュリアはルーシュと遊ぶことに決めた。


「分かったわ。じゃあ今日はお姉さまと二人で遊びましょうか」

「やったー!ありがとうなのですお姉さま!」


 ソファーから下り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて嬉しさを表すルーシュ。


「ルーシュ、何をして遊びたい?」


 その問いかけたジュリアに、ぱっと振り向いてルーシュは迷わず口を開いた。


「お姉さまが魔法を使っているところが見たいです!」

「えっ?」


 その答えにほんの少しだけ戸惑うジュリア。それは魔法を使っているのを見るのは遊ぶことになるのかしら…?という理由だった。だが、その表情を見てルーシュは駄目だと思ったのかしょんぼりとした声でジュリアに話しかけた。


「んと…だめですか、お姉さま」

「あ、ううん。駄目じゃないの。でも、魔法を見ているだけでいいの?」


 慌ててルーシュにそう伝えると、彼女の雰囲気が少し暗くなる。


「だけ、じゃないのです。ルーシュはお姉さまみたいに、魔法使えないから…」


 寂しそうな顔で呟くルーシュを見て、ジュリアは自分の言葉がどんなに残酷だったか気づいたのだった。

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