喪失世界の案内人〜失せモノたちの子守唄〜

綾糸つむぎ

Prologue 喪失世界の案内人

−薄墨色の空に、純白の太陽が光る。

−太陽の光が、アッシュグレーの屋根をした家や鉛色の噴水を照らし出す。

−建物の間を走る漆黒の犬を追って、パールグレーの服を着た銀髪の少年が駆ける。


 そう、ここは無彩色のモノたちで埋め尽くされたモノクロームな世界。だがそのモノクロームな世界の中には、色彩を持つモノたちが文字通り異彩を放って存在している。


 例えば、無造作に鉛色の木の枝に掛けられたオリーブ色のコート。

 例えば、誰も住んでいない銀鼠色の家にぽつりと残された金縁の手帳。

 例えば、白髪の女性に抱き抱えられた葡萄色の目をした不思議なうさぎ。



 その色彩は唐突に、あるいはじわりじわりと日を追うごとに、白と黒で構成されたモノクロームに溶けて失われていく。

 ここは喪失世界ロストワルド

 居場所を失ったと認識したモノ−『失せモノ』たちが辿り着く場所。そして、『失せモノ』を諦めず想い続けたモノたちが一時訪れることを許される場所。

 この世界で今日も案内人は訪れたモノ−「客人」を案内する。


「ようこそ、喪失世界ロストワルドへ。あなたの探しているモノを教えて」


 さらり、薄い金糸のような髪が風に靡いて揺れる。


「わたしはネモ。この世界の案内人、その一人。あなたの失せモノ探しを手伝うことが仕事」


 今回の客人を、とある花の色をした瞳が見つめる。


「早く見つけに行かなきゃ。あなたが探しているモノを忘れて、本当に失ってしまう前に」


 そう言って、ネモと名乗った案内人の少女は歩を進める。探しているモノを失う訳にはいかないと、客人は慌てて彼女の背を追った。

 そして、喪失世界ロストワルドに足を踏み入れる。


「急がなきゃ。この世界に来たなら、残された時間は否応なしに減り始める」


 今回の客人もまだ、気づかない。茶色の革靴が、ひっそりと端から黒く染まっていることに。自らの髪が、少しだけ色を薄くしていることに。


「−そして時間が減っていくのは、色を失うのは、探しているモノだけじゃない」


 後ろを追ってくる客人には、ネモの呟きは聞こえなかった。

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