エピローグ hero

「お帰りなさい、兄さん」

「お帰りなさいませ」

 家に到着すると、玄関では凛と小雨が出迎えてくれた。

 凜はとびきりの笑顔を浮かべて待ってくれていたが、なんて健気でありがたい妹だと思うより、その笑顔に恐怖を覚える感情が先にきた。

 今では常に笑顔を向けてくれているが、憎しみを向けられていた時よりも、恐怖することが多いように思える。

「た、ただいま」

 新は少々顔面を引きつらせたまま挨拶を返す。

「きちんと仲良くなって帰ってきたようですね。私も嬉しいです」

 新のしたいことは全身全霊で手伝うし、新が幸せであることが自分の幸せだと信じている凛であるが、それでも納得できないのが女の部分。つかさの憑き物が取れたような晴々とした表情になにも思わないはずがない。

「ですが、ちょ~っと近くありませんか?」

「そんなことないだろ」

「い~え、そんなのことありますよ~」

 凛の追及は止まりそうにない。助け船を出してくれたのは意外にもつかさだった。

「そうだよ。そんなことない」

 本当は腕を組みたい願望を抑えている。さすがにまた新を気絶させてしまうのは申し訳ないので、この距離で我慢しているのだが、肘がひっつく程度の近づきでは満足できない。

「そうですか。でも、あなたがここにいるってことはもしかしなくても?」

「あぁ、また一緒に住むことになった。よろしく頼む」

「私はあまりよろしくしたくないけど」

 新が出ていった時点でこの展開は予想できていたが、二人暮らしの生活に邪魔ものが入ってくるのはいい気がしない。

「そう言うな。僕は君のおねいさんになるんだ。仲良くしようじゃないか」

 そして、目の前の少女はなおもバカげたことを言っている。

「そんなの私が認めるはずないってことにまだ気づかないの?」

「君に認めてもらう必要はないよ。だって、新は結婚してくれるって言ってくれたんだもん」

 ない胸を張るつかさの言葉に室内の空気が冷えた。

「兄さん? どういうことですか? ねぇ、そんなどう言い訳しようかみたいな表情は止めてきちんと説明してもらえませんか?」

 凛が新の視線の中に強引に入り込んでくる。視線を外しても、後ろを向いても、瞳を閉じても凛の姿は消えてくれない。

「ねぇねぇ、きちんと私の方を見て話して下さいよ。ねぇねぇ、きちんと私の目を見て下さいよ」

「知らない、俺はなにも知らないぞ」

「隠さないでいいじゃないか。新は僕の告白を聞いた上で一緒に住むことを納得してくれたんだろ? これは結婚するしかないじゃないか」

「いや、そこまでのつもりで言ったわけじゃ」

「兄さん! 三年前に熱で倒れた兄さんを看病していた私に凛がいないと俺は生きていられないなと感謝してくれたのに、私を捨ててそんな女を取るんですか」

 つかさは過去に新に言ってもらって嬉しかった言葉全集を脳内に展開し、つかさに聞こえるような声量で新に叫ぶ。

「いや、あの時は身体が動かないことをいいことに凛がむりやり」

「他にも、家族で旅行に行った時、一緒にお風呂に入っても恥ずかしがって私の方を見てくれなかったじゃないですか。あれは、妹としてじゃなく、私を女の子として意識してくれたからですよね?」

「妹としてだよ。というより、誰もいなかったとはいえ、男子風呂に入ってきた凛の行動に驚きだったよ」

「あ、大丈夫ですよ。あの時は誰もあそこに近寄れないようちょっと細工をしましたから。兄さん以外に裸を見せるはずないじゃないですか」

「お前のちょっとは基準がおかしいからな。で、なにしたんだよ」

「大丈夫です。ちょっと刺激を与えたらポンッて爆発する機械と口にするのが恥ずかしい言葉を書いた手紙を用いて、宿から人を排除しただけですから」

「やりすぎだろ」

「テヘヘッ」

「カワイイ仕草でごまかそうとしてもダメだから」

「兄さん、私のことカワイイって思ってくれてるんですね」

「褒めてないから」

 凛の話に意識を向けられたせいでつかさを置いてきぼりにしていたことに気づく。本人同士はそう思っていなくても、つかさにとっては思い出話を仲良く語り合っているようにしか見えなかった。

「ねぇ、もしかして新が僕を迎えに来たのってただの気まぐれ? 僕、変な勘違いしちゃったかな?」

 つかさの目が虚ろになる。

「そうだよね。僕みたいななんの意見も自分も持たない、自分に自信のない女の子なんて、新が好きになってくれるはずないよね。僕の価値は三宮の家があるからであって、単体では無価値だもんね。僕だって、自分のことそんなに好きじゃないからそんな女に好かれても迷惑な話だよね。新にとったら、旅行のおみやげでもらうペナントみたいなどうしようもないものだけど、しょうがないから微妙な顔でありがとうっていうみたいな優しさを向けただけなのに勘違いしちゃうなんてバカな話だよね」

 俯きながら小さく呟く姿はホラー以外のなにものでもない。

「嘘じゃないよ。俺はつかさがいてくれると嬉しい」

「……ほんとに?」

「ほんと、ほんと」

 落ち込んでいた表情もぱぁ~っとにこやかになり、「ほらみろ。だから、僕と新はもう結ばれてるんだ」と、急に元気になるつかさ。

「誰にでも優しい言葉を無意識で言っちゃうところはなんとかして欲しいものです」と、なおも怒っている凛。

 あちらを立てればこちらが立たず、どうしようかと考えていると、 後ろからもう一人現れた。

「あ~ら~た~く~ん」

 後ろから怨念めいた声が聞こえる。それだけで背筋には悪寒が走る。

 ゆっくりと振り向けばそこには伊川谷舞佳。

「うちがせっかく会いに来てあげたのに、今のはどういうことなん? うち、ちょっと意味がわからへんわ」

 自分のような美少女に好かれているのに他の子に気が向くなんてバカじゃなかろうかというのがありありと見える。

「あの、なんで伊川谷さんが?」

「なんでうちのことは名字で呼ぶん? つかさちゃんのことも名前で呼んでるし、つかさちゃんもうちのこと舞佳って呼んでくれてるのに、それよりも付き合いの長い新くんがうちのこと舞佳って呼んでくれへんのはどういうことなん。うちのこと嫌いなん?」

「いや、そんなことは」

「なら言っとくけど、うちやって新くんのことは好きなんや。今日やって、新くんが休みやったからうちはめっちゃ心配してお見舞いに来てみたら元気そうに女の子とイチャイチャイチャイチャ」

「別にイチャイチャなんて」

「しとうって。うちからしたら凜ちゃんだけでも敵として厄介やのに、こんな未成熟が取り柄の子まで参戦されたら。もしかして、新くんはロリコンちゃうやんな? もしそうやったらうちはどないしたらええの? あぁ、そんなことになったら成長してしまったうちの身体が壊したいほど憎らしいわ」

 舞佳は新への気持ちを隠さない。今まででも本人にあまり伝わっていなかったのだから今まで以上に積極的になろうと決めた。

「そんなはずない」

「僕は幼くない!」

 二人の否定にも耳を貸さず、舞佳の話は続く。

「それにメイドちゃんまで近くに置いて、新くんはハーレムでも作るつもりなん」

「いや、小雨さんはつかさのお目付け役なだけで、俺とはなんの関係もないって」

「でも、メイドちゃんもキレイやんか」

「俺と小雨さんが? はははっ、そんなことありえないって」

 はっきりとした否定に今まで黙っていた小雨のこめかみがぴくっとした。新としては、小雨が自分に興味を持つわけないといった趣旨の言葉だったが、相手はそう感じてくれなかった。

「あれだけ私の胸を乱暴に揉みしだいておいて、そんなこと言うんなんて、私、泣いちゃいますよ」

 小雨の発言に、その場の空気が止まった。

「……兄さん?」

「……新くん?」

「……新?」

 三人の美少女はジト目で新を見る。当然、新は気が気でなくなる。

「あ、あれは違うんだ」

「なにが違うのですか?」

「あれはたまたまというか、偶然というか、仕方なくというか、必要なことだったというか」

「でも、触りましたよね」

「はい」

 最後には大人しく認めた。

「触ってたんだ」

「触ったんや」

「触ったんだ」

 ここにいる女性陣の中では明らかに発育の違う小雨の胸に興味を引かれたとなれば三人は焦ってしまう。

 中でも身体つきには人一倍コンプレックスを持っているつかさにとってはゆゆしきことだった。

 そのせいか、三人の中で初めに動いたのはつかさだった。

「新!」

 つかさは焦るように相手の名前を呼んで、意識をこちらに向けさせる。

「な、なんだよ」

 嫉妬の気持ちも、焦る気持ちも、新の顔を見ると乙女の気持ちが勝ってしまう。

「僕はね」

 自分の気持ちに素直になろう。今は一番じゃないかもしれない。でも、この勝負を諦めたくはない。

 だからこそ、みんなの前で宣言したくなった。

「僕は新のことが大好きだ。周りに誰がいようと関係ない」

 つかさはそう言って新の右手を自分の胸に触れさせる。『好きだよ、大好き!』という、つかさの本心が、大好きという偽りのない気持ちが脳に直接響いてくる。

 それを見て、面白くないと思う美少女が二人、いや、三人か。

「兄さん?」

「新くん?」

 二人の少女は笑顔でこちらに問いかける。もう一人の少女も無表情を決め込んでいるが、怒気は隠せていない。

「いや、どうして俺に矛先が向くんだよ」

 危険を予知し、彼女から離れようにも、つかさはそのままこちらに抱きついて来たので逃げられようもない。

 つかさは殺気滲ます少女らを気にせず、新に話しはじめる。

「新ももっと女の子になれないとね。そうじゃないと、僕も困る。僕も言葉で言えるようにするから一緒に頑張ろうね」

 顔を赤らめるつかさを素直に可愛いと思ってしまう。

「ちょっと、兄さんから離れなさいよ!」

「うちやって、直接的な表現は避けとんやからあんたも自重しぃな!」

 新の意識をこちらに向けようと、美少女二人も新のもとに駆け寄る。

 美少女たちに囲まれる。そんな状態で新が気絶しないわけがない。

「新!」

「兄さん!」

「新くん!」

 三人の美少女に言い寄られることは、世の男性にとって、至高の喜びであっても、女性アレルギーを持つ新にとっては災厄でしかない。

 薄れゆく意識の中、三人の表情を見ながら「まぁ、いいや」と、満足感を持っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シュラバーラーバンバ 小鳩かもめ @kamome1106

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ