3章 揺れに揺れるこの想い 2
「兄さん、こんな時間までなにしてたんですか! しかも、あの女と二人で」
二人が家に帰ってくるなり、新は凛の詰問を受けた。
「いや、あのね」
けれど、凛の追及はあまり深くない。横にいるつかさの顔色を見ていると怒る気も失せた。
「まぁ、いいです。で、兄さん、まだ夜ごはんは食べてませんよね」
新は頷く。つかさはなにも言わず、自分の部屋へと向かおうとする。
「あんたはどうすんの?」
凛は自分の横を無言で通り過ぎた少女に振りかえらず聞いた。
「……僕はいいよ。もう、寝るからね」
「わかったわ」
つかさはそのまま、自分の部屋に戻った。凛も新も引き止めはしない。
「兄さんは?」
「………」
新はつかさの寂しげな後ろ姿をただ見ることしかできない。
「兄さん?」
「あ、あぁ。やっぱり、俺も今日はいらないよ」
新もそう言って、凜の横を通り過ぎる。思うところがあるのだろう。「可愛い妹が一生懸命に作った手料理を無駄にするなんて罰が当たりますよ」なんてことは言えなかった。
新が部屋に入るのを確認してから、凜はため息を吐いた。
「……らしくないよ」
その声音は悲しげだった。
つかさは部屋に入るなり、着替えもせずにベッドへと身を投げる。
今日は楽しい日になるはずだった。新と一緒に二人で出掛ける。それだけで、楽しい日になるはずだった。しかし、今はまったく今日がよかったとは思えない。理由は明白だ。父の言葉を思い返すと、また涙がこぼれそうだが、今は感傷に浸っている場合ではない。
今は、これからどうするかを考えなければならなかった。
お父様から命じられた通り、新と婚姻関係を結ぶ。この気持ちに気づかず、今日のことがなければ、つかさはなんの疑問もなく、その命令を実行していただろう。
けれど、つかさの胸の内に疑問が生じてしまった。
今まで、父の決定に対して、異を唱えるどころか、質問でさえ、したことがない。それは、つかさに限った話でなく、側近の大人たちでさえ、「はい」「わかりました」の言葉しか、発しない。
理由や考えを聞かないのは、源一郎の決定に間違いがないからであり、そんなものが気になるのであれば、自分でいいように後づけすればよかった。
父親が新を欲するのは、ただその能力を利用するだけだと思っていた。
しかし、彼の考えは今だけを見ていない。同時に、その考えはつかさにとって、理解はできても納得できるものではなかった。
新と一緒にいることで自分は幸せになり、自分と一緒にいることで新も幸せにしてみせる自身はあった。
だからこそ、「三宮の成長には長田の血が必要」という言葉に心は揺れる。
源一郎は自分や新でなく、二人の子供にも影響をもとうとしていた。
自分の人生は父親の手の平で操られている。今まではそれが当たり前であり、疑問なんてもったことはない。けれど、自分の恋も、結婚も、妊娠も、その子の人生までも操られるのはどうかと思い始めてしまった。
父の言うことは絶対だった。逆らったこともない。けれど、それが間違っていたとも思わない。父の言うことを守ることが自分にはプラスになり、周りが羨むほどの生活をさせてもらっていた。周囲からの嫌悪もあったが、つかさにはそれさえ守られる環境も与えられていた。
今回の件だってそうだ。恋に恋する年頃なだけあって、初めこそ、乗り気ではなかったが、父のおかげで今はその命令を盾に新の近くにいる。
新と結婚した後もあの父のことだ、自分と新のために事故など起こりそうもない、綺麗で真っ直ぐなレールを敷いてくれるだろう。周囲は自分たちを温かく見守ってくれ、金銭に困ることもない。幸せを絵に描いた生活が保証されるはずだ。
それでも、つかさは初めてその生活に疑問を覚えた。
本当に好きになった人のことだからこそ、その人の、なにより自分の幸せについて考えてしまう。
今までは不思議に思わなかった。
幸せは幸せと思いこめば幸せである。ということは、どれだけ恵まれていても、幸せと思えなければ、幸せではないのではないか。
「僕が幸せと思う道は」
つかさは堂々巡りの考えを最終的に一つにまとめ、日付が変わると同時に行動を決めた。
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