四合目 飲み会サークルを作ろう 4

 次の日。学生課の前には巧とササの姿があった。目的はもちろん、サークルを作るため。伊之助に手順を教えてもらい、巧は学生課から渡された書類に必要事項を記入していく。

 サークル名は『カンパイッ!』に決め、目的は地域の食文化の研究と記入する。サークル名からは堅い内容であるが、正直にお酒を飲むためだけのサークルなど書こうものなら受理されるわけはない。なので、伊之助の提案通り、地域の食生活、飲食店の推移を調べるという大義名分を立てた。

 メンバーは巧に朝陽、伊之助の三人に、ササを含めた四人。少人数ではあるが、突然の思い付きである点を考慮すれば成立するだけでも良しとした。

「これからが本番ですね」

 ササは書類が受理され、学生課を出た瞬間に意気揚々と話しかけてくるが、「だからと言って、今から具体的にはなにをするんだ?」と、巧は冷静に聞いた。勢いだけで作り上げたサークル、目的だけははっきりしているが、内容は、細かいところまではなにも考えていない。

「そうですねぇ。まずは飲みに行きましょうか?」

「お前、そればっかりだな」

「ならさ、ならさ、こういうのどーよ」

 二人の会話を遮って、一人の男が割って入る。

「そんな毎日毎日っていうのは俺も活動方針として同意しかねるぞ」

「え~、でも、まずは行動しないと始まりませんよ」

「だからさ、俺に案があるんだけど」

 けれど、二人はその声を聞こえないふりして話を進める。

「やっぱり、もうちょっと練ってから申請する方がよかったんじゃないか?」

「そんなことありません。まずはやってみるの精神が大事だって昨日もテレビで言っていました」

「お前のそのメディアから影響受けやすい性格なんとかした方がいいぞ」

「俺の話を聞け~!」

 二人の間をかき分けて伊之助は叫びながら、自分に注目を向けた。

「あれ、伊之助いたんだ」

「いたよ。言うなら、学生課入る前からいたよ」

「で、なんでいるんだ?」

「ひどいな。このサークルを作るにあたって、一番役に立ったのは俺だろ?」

「そうか、ありがとう。そして、さようなら」

「ひどいな」

「あの、澤さん。その、案って言うのは?」

 二人の会話にササが入る。その気遣いに伊之助は「優しいなぁ」と思わず惚けた。

「いえ、なにか案があるなら早く言ってほしいなぁ、と。あんまり無駄な時間は過ごしたくありませんので」

 にっこりと軽い毒を吐くササに「おい、巧、さっちゃんってもしかしてきつい子?」と、伊之助は巧に耳打ちをする。

「そうだな。あんまり障らない方がいいタイプだ」

「そうか。これはちょっと接し方のプランを変更せざるを得ないな」

「あのぅ、それで案っていうのは?」

 優しく聞いてくるササに、伊之助は茶化すのも止め、自分の案を二人に伝える。

 伊之助の案はこうだ。

 今のサークル員、ササも含めた四人が隔週に持ち回りで自分のオススメの飲食店を案内するというもの。そのお店を各自が採点し、マッピングしたものを文化祭などのイベントで発表していくというもの。

 大まかな内容であるが、なにもないよりはいいだろう。伊之助の案に二人は同意し、さっそく今日にでも活動を開始することにした。


「ねぇ、ここって学生が入ってもいいの?」

 呼び出しを受けた朝陽は『グリーンガーデン』と、書かれた店の入口の前で立ち往生していた。

「いいんじゃないかな?」

 巧も言葉に詰まる。格式が高いわけではまったくないが、どうしても社会人が御用達にしそうな場所であった。

「大丈夫、大丈夫。別にこのメンバーなら騒ぎすぎるってことにもならないだろ」

 今日の案内役である伊之助は緊張した面持ちの二人に声をかける。

「そうですね。場に合った服装や行動も大事ですけど、気後れする必要はないです。ここも敷居が高いわけでなく、二十代の方が利用するお店のようですし」

「まぁ、こういうスタイルがあるっていうのを知るのが今日の趣旨かな」

 伊之助は一言添えて自分から店の中へ入っていった。

 店内は少し明るめの色調でカジュアルに整えられている。耳に入ってくる音楽は巧たちが懐かしい音楽特集で聞くことの多い、ミリオンヒットした曲がかけられていた。

「さて、なにを頼みますか?」

「今日は俺に任せてくれ」

 伊之助が自信満々にメニューを手に取るので、三人は任せることにした。

 出てきた料理に奇をてらったものはない。サラダに、スパゲッティに和え物。店の看板メニューであるもち豚を使った肉料理。飲料はササの願いで日本酒を各自グラスで注文した。もちろん、ササはお冷を頼む。

 すべての料理をおいしく頂き、全員が満足して店を出た。

「でも、今日の会はこれで終わりじゃない。ついてこい」

 ほろ酔いの中、伊之助は先頭に立って、全員を促す。

 もう一件案内されるのだろうか。そう思いながらついていくと、到着したのは意外な場所だった。

 案内されたのは隣接しているスーパーだった。酔い止めか、水でも買うのかと思ったが、どうやらここが今日の目的地らしい。

「今日食べた、料理やお酒は覚えているか?」

 店内の邪魔にならないところで伊之助は三人に聞く。三人は顔を見合わせながら「なんとなく」と、答える。

「この店はさっきの飲食店と提携していて、あの店で使用している調味料や野菜やお肉、お酒を買うことができるんだ」

 伊之助は胸を張りながら答え、三人は店内の商品に視線を移す。たしかに商品のポップには『グリーンガーデン使用品』『グリーンガーデン冷製スパゲッティ使用品』といった文言が付加されている。

「へ~っ」と、初めて見るような紹介分に感嘆していると、「さすがに全部ってわけじゃないけど、たいていのものは揃うんだ。料理は同じもの使ったからといってできるものじゃないけど、お酒やチーズなんてものは気軽に家でも楽しめるからな」と、補足説明をしてくれた。そのせいか、このスーパーには生鮮や惣菜はあまりなく、代わりに調味料や嗜好品、特にお酒コーナーが充実していた。

「なかなか面白いですね」

 ササも唸る。お店でおいしいと思っても、その商品を飲める場所がそこしかないのはもったいないと思っていた。家飲みが流行る昨今、飲食店側にはデメリットもあるような気がするが、こういう取り組みは増えていいと感じた。

 先ほどまで、横で飲食していた女性二人組もこのスーパーでワインとチーズを購入していく。その横顔はいい買い物ができたと幸せそうだ。それが日本酒でないのが残念なところであるが。

 巧も商品を見ながら一本の日本酒を購入していた。

「それ、買ったんですね」

「おう、おいしかったからな」

「そうですか」

 その瞬間、思わず自分の気持ちにはっとなる。

 巧が日本酒を買う。自分がいなければありえなかったかもしれない光景であり、むしろ喜ぶべきものであるのに、複雑な気持ちになった。

 これの意図するところは。

「………」

 今は心の奥にしまい、問題を後回しにする。

 買い物を終え、外に出ると、ササは努めて明るい表情で「では、次の案内人は巧さんにお願いしますね」と提案する。

「俺?」

 突然のことに思わず聞き返してしまった。

「そう気張らなくても、オススメしたいところがあればそこでいいし、なくても行ってみたいところがあればそこでいいさ」

「大丈夫よ。巧だから、期待しないで待ってるし」

 それを自信のなさと受け取ったのか、伊之助と朝陽は考えないようにアドバイスを送る。

 ササは黙って、楽しそうに語らいあう三人の横顔を見ていた。

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