四合目 飲み会サークルを作ろう 3

「じゃ、そろそろ時間なんで帰る準備して下さ~い」

 伊之助がお開きの言葉を伝えると、全員が物悲しい気持ちを覚えた。

 楽しい時もいつか終わる。ササが理想としているみんなが楽しめた空気がそこにはあった。

「今日はお疲れ様でした~。二次会は各自自由ということで、解散しま~す」

 伊之助の締めの口上が終わっても、誰もすぐに店の前から動こうとはしなかった。時間はまだ夜の八時過ぎ。大学生にとっては、まだ帰らなければいけない時間でもなく、誰もが、今の続きを求めていた。

「ではでは、早速ですが、二次会に行く人はこっちに集合して下さい!」

 伊之助の誘いに参加者たちはぞろぞろと動き出す。

「俺は帰るよ」

 けれど、巧だけはその誘いを断った。

「え~、来ないのかよ」

「あぁ。今日はこの気分のまま帰るよ」

 いつもは参加率の低い二次会に付き合うが、今日はいいだろう。今は、この気分のまま、まったりとしていたかった。

「そうか、残念だな」

 早く向かおうという催促もあり、伊之助は無理に引き留めない。

「じゃぁな」

 巧はガヤガヤ騒ぐ集団から背を向ける。

「あ、巧!」

 歩き始めた巧に朝陽が急いで声をかけた。

「ん? なんだ?」

「えっと、え~」

 振り返った巧に対して、思わず声をかけただけの朝陽はどもってしまう。

 一緒に行こうよ。そんな言葉が口をつかない。

「どうした?」

「あ、えっと、……また明日ね!」

 出てきたのは自分の意思とは違う言葉。

「おう、またな」

 巧は帰り際だったこともあり、軽く返事をして再度背を向け去っていく。朝陽はもう一度、声をかけられずにその後ろ姿を見つめるだけだった。

「朝陽もカラオケ行くでしょ? もう向かうって」

 呆けている朝陽に声がかかる。

「行くわよ。今日は歌うわよ!」

 朝陽は誘われるまま、半ばやけに二次会の流れについていった。


「お前はあっちに行かなくてよかったのか?」

 巧は自分についてくる少女に声をかけた。巧は彼女に気を使ったのだが、彼女は話を打ち切って、自分の隣を歩いている。

「なんですか? 私と一緒に帰るのが、そんなに嫌なんですか?」

 自分を遠ざけようとする言葉に口を尖らせる。

「私はこの世に身寄りのない、戸籍もない、薄幸の美少女なんですよ。だから、ご主人様である巧さんはなるべく、いえ、四六時中、私と行動をともにする義務があるんです。なのに、あなたは私をほって、さっさと帰ろうとする。私に気を使ってのことかもしれませんが、そんなものはいりません。私のご主人様なら、私のご主人様だってことをもっと自覚して下さい」

「けど、主人って言われてもなぁ。買ったのは俺じゃないし、お前と出会えたのだって、たまたまなだけで」

 懐いてくれるのはありがたいが、恥ずかしさが優ってしまう。

「なんで、そんなこと言うんですか~?」

 その言葉を聞いて、ササはなんだか恐ろしい無表情へと変わっていく。

「私との出会いを偶然なんて言葉で終わらせてほしくないですねぇ。そんなことを言う人にはおしおきが必要かもしれません」

 ササはにっこり笑い、巧の服のそでを掴む。

「え? いや、あの、ほら、冗談だよ、冗談」

 不穏な空気を察知して、巧はハハハと、乾いた笑いでごまかそうとするが、「なんでもかんでも、冗談って言えば済むと思っています?」

 相手はそれで許してくれるような優しい女性ではない。

「ごめん、いえ、ごめんなさい。だから、その怒気をしまって下さい」

「どうしたんですか? 私は怒ってなんか、ないですよ~」

「いや、そうは見えないので」

 まだ十月だというのに背筋が冷える。土下座して謝ろうにも袖を握る力が強すぎて身動きは取れない。

「だったら、今日は~、この後も付き合ってもらえます?」

「もっちろんですよ」

 自分に落ち度は見つからないのだが、巧はササの圧力に屈してしまう。

「うふふ。今の言葉忘れないで下さいね」

 パッと笑みを浮かべたその表情に、巧はしまったと思うが、もう遅い。

「さ、家へ帰りましょう」

 先を歩くササを見ながら、これではどっちが主人かと思ったが、口に出すことはできなかった。

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