三合目 日本酒を広めよう 4

「初めまして、今日は参加、ありがとうございます」

 指定された集合場所に行くと、男女交えて二十人ぐらいの集団がいた。そこで、幹事だという四回生の曽根龍平という男と挨拶を交わした。

「慣れないところもあると思いますが、楽しくやりましょう」

 丁寧な対応をしてくるが、その視線はササへしか向けていない。わかりやすい男だった。

「そうですね」

 巧は気のない返事を返し、ササはただにこにことしている。

「では、会場に向かいましょうか」

 曽根の言葉で二人は最後尾から集団についていく。

 到着したのは、どこにでもある居酒屋チェーンだった。座敷の個室に通されると、そこにはビールや数種類のチューハイ、烏龍茶やカルピスといったソフトドリンクがピッチャーで等間隔に置かれている。

 各人思い思いの席に座ると、誰彼かまわず、目の前のジョッキに飲み物を入れていく。巧はササのグラスに烏龍茶を入れ、自分のグラスにはビールを注いだ。

「みなさん。今日は当サークル『へべれけ宣言』のイベントに集まっていただき、ありがとうございます。今日は無礼講で楽しんで行って下さい。では、今日のこの時、この出会いにカンパーイ!」

 幹事の挨拶で会場のボルテージは一気に上がる。何回も参加しているようなメンバーはいきなりビールを空けて、周囲を煽る。それに釣られて、各人のペースも上がっていった。

 ササはただにこにこしていたが、和服姿の美少女に人が群がらないはずがない。

「休日とかなにしてるの?」

「彼氏いるの?」

「きみ、可愛いねぇ」

 軽薄な声をかけられる。巧は横に座った子の話に適当に相づちを打っているが、正直、気が気でなかった。ナイトを気取るわけではないが、あまり面白くない。

 ササはただにこにこと、「さすがですね」「知らなかったです」「すごーい」「センスいいですね」「そうなんですかぁ」と、相手を立てる。時間が経ってもぼろを出さない対応に、どこでそんなことを覚えてくるのか不思議になった。

「あれ? ササちゃん、飲んでる?」

 コップの中身は減っているが、口をつけている姿を見たことのない男性陣はササにアルコールを勧めてくる。

「はい、頂いてますよ。ほら、顔も赤くなってきていますし」

 たしかに、ほんのり赤くはなっているが、これは室内が暑くなっているからだろう。アルコールを飲んでいないササでさえ、そうなのだから、お酒を飲んでいる女の子たちはどこかぐったりとしていた。

「大丈夫?」

「大丈夫?」

 男たちはツーマンセルの陣形を取りながら、女の子たちを介抱している。そのやり取りは慣れたもので、優しくも見えるが、素面の状態で彼らの表情を見たならば、嫌悪を感じるような軽薄で、下卑た笑みを浮かべているのがわかる。

 幸運にもササ担当になった男も、周囲を羨ましそうな目で見ながら、早く自分もそうなりたいと、自分からササにお酒を勧める。

「ほら、飲んでみてよ」

 男がグラスを差し出し、ササは「いや、ですから」と断りを入れようとしたところで、急に眼の色が変わる。

「そのお酒、なんでしょうか?」

 にっこり、にっこりと微笑みながらササは聞いた。男は少し、ぎくりとしながら、「いや、普通のビールだけど。もしかして、カクテルとかの方がよかった?」と、ごまかす。

「そうですか、そうですか」

 けれど、確信めいているササにとって、その行動は愚かでしかない。

「そのお酒、まぁ、私はビールやカクテルなんてものは死んでも飲みたくありませんが、中身が違うことくらいは見たらわかりますよ」

「そんなことないって。そだ、なら、なに飲むの? ソフトドリンクってわけじゃないよね? こういうイベントだもん。飲まなきゃ、損だよね」

 男はなんとしてもササを酔わそうと必死だ。

「話を逸らさないで欲しいですね」

 けれど、ササも引かない。

「そのお酒、度数がおかしいですね。これビールと言っているのくせに度数が三十度くらいあります。こんな環境の中飲んだら、すぐに倒れてしまいますよ」

「そんなことないって。普通、普通だって」

 男はそれでも、ごまかそうとするので、ササは大きくため息を吐いた。

「ただ、騒ぐくらいなら、別にいいかなと思ってました。こういう人たちもいる。お酒を口説く道具にしか思っていないのは仕方がないとも思います」

 ササは相手の目を覗き込むように話しかけた。

「今だって、無理にお酒を勧めてくるのは、正直、頂けないとは思っています。けど、アルコールを飲んでもらうのならばと、目を瞑ろうとしたんですけどね」

「………」

 先ほどまでのやんわりとした笑みはなく、冷徹なものの見方にお酒を勧めた相手も黙ってしまう。

「でも」

 ササは相手からグラスを奪い取り、「それはやりすぎですよ?」と、グラスを逆さにし、中身を相手の頭上にぶちまける。

「お、おい。なにするんだよ」

 呆気にとられていたが、さすがにこの暴挙には相手も金縛りが解け、声を荒げてササに詰め寄る。けれど、ササは動じることがない。それどころか、相手の瞳を睨み返す。

「知ってます? 精霊って怖いんですよ。場所によっては悪霊として捉えられていたりもします」

 本当に怒っているのだろう。この表情に巧は見覚えがあった。たしか、初めてササと会った時はこんな顔をしていたはずだ。

「あなたの水分を蒸発させることは簡単なんですけど、私はあなたたちがいなくなることに全然、これっぽっちも心を痛めることはありませんが、それでも、そんなあなたたちでもいなくなることで悲しむ人たちがいるでしょうから、このくらいで勘弁させてあげます」

 ササはパチンッと指を鳴らすと、巧を除く、部屋の人間全員がバタンと倒れた。

「お、おい!」

 さすがの事態に巧もどうしたものかと声をかけるが、ササは「大丈夫です。彼らは酔って寝ているだけです。巧さんも酔っ払いが寝ているようにしか見えないでしょ? それに、起きたら今日の記憶をなくしているだけしか罰を与えてません」と、事もなげに言う。

「あ、もちろん、女の子は先に起きるように調整してますよ。彼女らにはなにも罪はありませんが、安易にこのような会に参加しないよう今回のことで懲りて欲しいですね。あと、男性陣にはもう一つ、罰としてもうお酒を飲めない身体にしてやりました。これで、今回のようにむりやりでなく、言葉で勝負するようになるでしょう」

「それでいいのか?」

 飲める人口が減ることは彼女にとって、嘆かわしいことではなかったのだろうか。

「いいんです。あーいう人のせいで、お酒そのものを嫌いになる人の方が絶対多いですから」

 彼女は後悔していない。お酒を楽しんでもらうことが彼女の使命であって、量を飲んでもらうことが目的ではない。ただ、後悔があるとすれば。

「あんまり、この能力は使いたくなかったのですが」

 巧の前でこんなことをしたことだろうか。

「あ~。ちゃんとした能力もあるんだな」と、巧の反応は素っ気ない。

「それだけですか?」

 怖がられるのではないか、自分から離れるのではないか。そんな恐怖を持っていたササにとっては拍子抜けである。

「ん? お前、精霊なんだろ。そのくらいの能力を持ってても不思議じゃないだろ」

「なんか、適応しすぎですね」

「そうか? でも、あんまり逆らわないようにしないといけないな。俺も記憶を消されちまう」

 巧は相手を不安にさせないように、努めて明るく軽口を叩く。今日、話しかけてきた男共の軽薄な言葉とは違う、自分へ向けた優しさのある言葉にササの笑顔もパッと明るくなった。

「もう、こんな綺麗な女の子を捕まえてひどいですよ」

 二人は会費だけ幹事の近くに置いて、会場を後にする。

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