三合目 日本酒を広めよう 2
「これからの時代は海外です。和食がピックアップされている今こそアメリカ、ヨーロッパを日本酒が席巻する時なんです!」
巧が五時間目の講義を終えて家に帰ってくるなり、開口一番、ササは言ってきた。どうして自分の部屋にいないんだ。と、聞く前にササは話を続ける。
「国内での需要が見込めない、今。ワインや焼酎といったライバルが多い今こそ、外に目を向けるべきなんです。でも、不思議なんですよ。フランスでも若者のワイン離れが深刻化している中で日本酒の需要が、まだ微々たるものですが、増えているんです。どこも悩みは一緒なんでしょうね」
日がな一日テレビでも見ていたせいか、いろいろと感化されていた。
「でも、どうやったらいいんでしょうね? 私ができることってなんでしょう」
ササは人差し指を頬にあて、首を傾げながら自問するが、答えは出てきていない。最終的には、「やっぱり、自分の周りから染めていくことにします」と、決まり文句を言いながら、「と、いうことで、今日は私が料理を作りました」と、手をパチパチさせながら、巧をテーブルの前まで促す。
「さ、乾杯しましょうか」
昨日に続いて、晩酌を強要してくるササに巧は「日本酒っていうのは祝いの日に飲むもんじゃないのか?」と、聞いた。
「なにいってるんですか。もちろん、祝いの日には当然飲んでもらいたいですけれど、正月だから、花見でとかの理由で飲んでもらってもかまいませんし、何にもなくても、どさくさでも飲んでもらって構わないのがお酒です」
「都合のいいことだ」
「柔軟性があると言って下さい。さ、今日も一日お疲れ様でしたということでカンパーイ!」
ササのノリに巧は苦笑しながら付き合う。彼女の行動は強引なところもあるが、嫌いではなかった。
ササは、寝る時間がくると、あてがわれた部屋に入っていく。
特に装飾もしていない殺風景な部屋であるが、長居する気もないササにとっては、あまり気になることではなかった。
今日の昼間も一人で考えていた。テレビの中では日本酒をなんとかしようと様々なアプローチがなされていると特集されていた。このままでいいと考えているのが自分だけではないとほっとしたが、今の自分の行動が正しいのか、自問してしまう。
初めは怒りしかなかった。ここまで蔑ろにされるまで放っておくなんて、今までの人たちはなにをやっていたんだ。なにより、他の精霊はこの現状を見てもなにも思わなかったのかと憤った。それを自分が変えてやる、そう意気込んだはいいが、うまいアイデアは出てこなかった。自分がこの二日で行ったのは、周りの二人に対してお酒を飲んでもらったことだけ。しかも、まだファンになってもらったわけではない。こんなことをしていて自分はあの人たちにもっとちゃんとやりなさいなどと言えるのだろうか。
そして、ササにはもっと重要な別の気持ちも生まれてきていた。
おいしそうにお酒を飲んでくれている巧を見ると、そんなものより、私の方がおいしいですよと言いたくなる。自分の中身がなくなれば、自分もいなくなる。そうなれば、自分がやらなければいけないことができなくなる。
けれど、自分が生まれてきた意味はおいしく飲んでもらうこと。自分以外のお酒が本来持って生まれた幸せを享受しているのを見ると、嫉妬してしまうのはただのワガママなのだろうか。
「どうするのがいいのかな」
ササは自分の気持ちを図りかねていた。
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