三合目 日本酒を広めよう

「起きなさい!」

 巧の朝はセットした目覚ましよりも早い時間に起こされた。

 何事かと、目を擦りながら声の方を確認すると、朝陽が仁王立ちで立っている。

「なんで、お前がいるんだよ」

 今まで、起こしに来ることはあった。けれど、部屋の中にまで侵入してくることはなかったはずだ。

「そんなことより、ササさんはどこ? 昨日は鍵を渡してないはずだからこの部屋で泊まったはずよね?」

 朝陽の質問に巧はぼうっとしながら考える。

 昨日は朝陽を送り返してから家に戻ってきた。自分の部屋に入れないため、今日は巧の部屋に泊まるとササは言い出し、すぐに寝るから構わないかと、巧も了承した。布団は一組しかないので、ササに使うよう促したが、彼女は「擬瓶化しますので大丈夫です」と、言っていた。

 巧は部屋の中をぐるりと見渡すが、それらしいものは見当たらない。どこにいったのかと考えていると、自分の布団がモゴモゴ動き始めた。

「騒がしいですねぇ」

 むにゃむにゃ言いながら、巧と同じ布団の中からササが姿を現す。

二人ともあまりのことに言葉を出すのも忘れる。ササだけが素知らぬ顔で、「どうしましたか?」と聞いていた。

「あんた、なんで一緒の布団で寝てたのよ」

「知らない、知らないって。俺だって驚いてるんだ。寝る時はたしかに一人だったはずだ」

「でも、実際に」

「まあ、待て。こういうときは本人に確認しよう。なぁ、なんで俺と一緒だったんだ?」

 自分が昨日からのことをいくら語ったところで、それはどうしても言い訳じみたものになるだろう。巧は話の主導権をササに渡し、彼女の話を待った。

「それは、巧さんの寝相が悪くて、私に抱きついてきたからじゃないですか。男の人ってやっぱり、力強いんですね。私、無駄な抵抗しかできませんでした」

 ササは思い出しながら頬を染め、「でも、あんまり思い出さないで下さいね」と、言った。純情可憐な少女の呟きに朝陽の拳がわなわな揺れる。

 巧も否定したいが、確証のないことなので、強くは言えない。寝相が悪いのは事実であるし、寝ている最中のことなど覚えていない。下手な言い訳が通じる相手でもない。大人しく引っ叩かれる覚悟を決めたところで、「なぁ~んて、冗談ですよ」と、ササの明るい声が響く。

「本当は私もよくわからないんですよ。寝る時には瓶の姿に戻ったはずなんですが、気づいたら人型になってました。もしかして、一度人型で顕現してしまうと、戻りにくいとかあるんでしょうか」

 ササは今も戻ろうとするが、昨日に比べるとさらにうまくいかない。なおかつ、人型の方が楽という回路になってしまったのか、元の姿に戻ることさえも煩わしく思うようになっていた。

「ですから、大丈夫ですよ。私は清廉潔白のままですから、なんの心配もありません」

「べ、別に心配なんかしてないけど、それでもやっぱり、よくないの。だから、今日からササさんは隣の部屋で暮らすこと。布団や最低限の日常品は運び込んで貰うから、心配しないでいいから」

 朝陽はそういって、ササに鍵を渡す。彼女は心配するなと言うが、本心はどうなのか見えてこない間は用心しなければいけない。そして、ササは大和撫子という言葉がよく似合う女性だった。そんな少女が巧の近くに四六時中いたらと考えるだけでモヤモヤが止まらない。

 本当は昨日の内に鍵を渡しておくはずだったが、お酒を飲んで、忘れてしまっていた。朝起きると、はっと、二人のことが気になってしまい、いてもたってもいられなくなっていた。

「それに、巧は講義もあるでしょ。今日は語学もあるんだからちゃんといかないとダメよ」

 朝陽の言葉で巧が時計を見やると八時を指していた。大学までは五分程度しかかからないが、今からゆっくりと準備を始めればちょうどいい時間だろう。

「私もついていっていいですか?」

 ササは手を挙げて聞いた。若い人が集まる場所に興味があったが、その提案はすぐに「ダメ!」と否定されてしまった。

「あ、あの、別にあたしが言うことじゃないんだけど」

 強い口調になってしまった朝陽がしどろもどろに二の句を繋げようとしているが、彼女の気持ちを考えて、ササは「わかりました~。今日は大人しくしておきます~」と、少し頬を膨らませながら従った。

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