第八笑 異変

とある商店街のシャッター通り。


 ピンクとブラックは先に茶羽博士から報告を受け、怪人と交戦している最中であった。


「ゼリゼリゼリ……。たった二人でこの俺を相手にできるとでも? バクショウジャーよ、ゼリ」


「気をつけろ、ピンクよ! 奴の触手攻撃は存外強力だぞ!」


「くっ……! あのアホ三人はまだ来んのかいな」


 二人の目の前には成人男性程の大きさのクラゲがおり、傘の部分から人の足が出ている、所謂ゼリーフィッシュスベリ―が相手であった。

 ゼリーフィッシュスベリーに腕はなく、代わりに太い二本の触手を操って二人を苦しめていた。


「くらえ! 爆笑鍼技、咲き乱れ鍼!」


 ブラックの両手から無数の鍼が放たれ、ゼリーフィッシュスベリーを襲った。


「ゼリゼリ。無駄だゼリ!」


 しかし、ほとんどが水分でできているゼリーフィッシュスベリーの体には鍼が通じず、貫通するだけでダメージにはならなかった。


「な、なにっ!」


「ウチに任せろや! ぶっ潰したるさかいに!」


 ピンクが一人で特攻し、連続張り手をお見舞いする。


「フッ。学ばない奴らゼリ」


 やはりこれもゼリーフィッシュスベリーの体を揺らすだけで、致命傷にも至らない。


「いい加減、離れるゼリ!」


「――危なッ!」


 ゼリーフィッシュスベリーの触手の薙ぎ払い攻撃に、ピンクは自身の体の弾力を生かし、辛うじて弾んで避ける。


「クソ! こちらの攻撃が通じず、奴にのみ攻撃手段があるとは……」


「こんなん、どないせいっちゅーねん……」


 狼狽する二人に、ゼリーフィッシュスベリーが迫り来る。


「ゼリゼリゼリ。今日こそお前たちバクショウジャーの最後だゼリ! この世は《T-up》が支配するんだゼリ!」


「ぬっ! 《T-up》だと!」


「イエロー達が言ってた奴らやな。近くにその大将がおるんか?」


「それを教えてやる義理はないゼリ」


     * * *


「フフ。古本屋やから大量のいかがわしい本を購入して出てきた男で試してみたら……。案外、いい仕事をしてくれますね、彼……」


「ホーント! 見た目と攻撃手段がキモイこと以外、パーフェクトだわ! バクショウジャーに優位に立ちまわれて、いい感じじゃない!」


 バクショウジャーの二人とゼリーフィッシュスベリーが交戦している場所から少し離れた高層ビルに、イーストウッドと阿月フレムがその様子を眺めていた。


「それにしても、もう人を怪人に変えられるくらい失笑力を使いこなせてるなんて……。イーストウッド! あんた、私の次くらいに凄いんじゃない?」


「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します。……ところで、阿月さんは失笑力の具合はどの様な進捗で?」


「ギクッ!」


「何やら先ほど、この近くに捨てられていた猫に対して話し掛けている様子でしたが……。失笑力を試す相手を見つけなくてよろしいので?」


「ギ、ギクゥッ!」


 イーストウッドの指摘に、フレムはバツの悪そうな顔をし、思わず擬音を口に出す。


「わ、わわ、私好みの人間が今回、その――見つけられなかっただけよ! この私の操る失笑力よ? そりゃもう高スペックな人間でないと……!」


「…………フム。まぁ、私自身の腕試しにはなったので、それはそれで良いのですが……」


 阿月フレムの狼狽ぶりに、これ以上指摘すると怒りだして面倒になると思ったイーストウッドは、再び自身が生み出した怪人の戦いぶりを見るのに集中することにしたのだった。


     * * *


「これでもくらえゼリ!」


「「――ぐっ!」」


 ゼリーフィッシュスベリーの触手攻撃に身構えるピンクとブラック。


「せい!」


「トウ!」


「――ゼ、ゼリ!」


「あ、あんたら……!」


 ゼリーフィッシュスベリーの触手は駆けつけたブルーとイエローの投擲物により防がれて、ピンクとブラックは助かった。


「良かった! 二人とも無事みてぇだな!


「おお! レッドも来てくれたか!」


「これで全員集合やな!」


 三人の到着に、二人は安堵する。


「ゼリゼリ。五人揃ったところで、俺に攻撃が当たらなければ意味はないゼリ!」


「甘いよ。それは自慢の触手を見てからいうんだね」


「な、なにっ! こ、これは……!」


 イエローの言葉の真意を、ゼリーフィッシュスベリーはすぐに理解する。


 ゼリーフィッシュスベリーの触手がみるみるうちに凍っていき、無残にも砕け散ったのだ。


「おお! 奴の触手を封じたぞ!」


「凄いやん!」


 ピンクとブラックの歓喜の声が上がる。


「な、何故ゼリ?」


「それは僕たちが投げた物が関係してるからですヨ!」


 ブルーとイエローが投げた物。


 それはドライアイスの塊だった。


「ほとんどが水の体のお前でも、凍らせちまえばその強みも意味が無くなる。……だろ?」


「く、くそ! ゼリ……!」


 ゼリーフィッシュスベリーの顔が焦りで曇る。


「見事だ、お前たち! して、どうやってドライアイスを用意したのだ?」


「そうやそうや。相手がクラゲって情報、博士にも言ってなかったから知らんハズやん」


 ピンクとブラックの質問に、イエローが口を開く。


「ここに向かっている時、遠目から二人が苦戦しているのが見えたんだ。相手が相手だけに、どう戦うか考えていたら、近くにロケ車が停まっていたんだよ」


 続いてブルーが説明する。


「そこには撮影クルーとか居て、ドラマを撮ってたらしいんですヨ。恐らく何かの演出に使うだろう、バケツに入った沢山のドライアイスが用意されていたのデ……」


 最後は俺が話を締めくくる。


「盗っちゃった」


「「ド、ドロボー!」」


 なんてこと言うんだ。


「正義のヒーローが窃盗してどないすんねん!」


「しょうがねぇだろ! お前らを助けるためだ!」


「怪人と我ら、今どっちが悪者なのだ……?」


「固いことは言いっこなしですヨ、ブラック」


 頭でっかちの二人は臨機応変さが足りない。


「まぁまぁ……。この事については後で博士に相談するとして、今は目の前の怪人を倒すことに専念しようよ?」


「「う、う~ん……」」


 イエローの提案に、渋々納得するしかない二人。


「さあて、クラゲ野郎……。氷漬けになる覚悟はできたか?」


「フン! たった二本の触手を凍らせたくらいで図に乗るんじゃないゼリ! こちとら体内にまだまだ沢山の貯蔵はあるんだゼリ!」


 俺の挑発に、ゼリーフィッシュスベリーは傘からさらに十本の触手を出して余裕を見せる。


「あ、あいつ……! まだあんなに触手を隠しもっとったんか!」


「僕の職種は芸人! 奴の触手は剣呑! それでもドライアイスは軽便!」


「ブルーの言う通り! すべてのドライアイスを使って凍らせちゃえば、触手の本数なんて関係ない!」


「あまり気が進まぬが、イエローが言うなら仕方あるまい」


 五人全員が両手にドライアイスが入ったバケツを持つ。

 一斉に投げてクラゲの氷彫刻を作ってやる寸法だ。


「そうはさせるかゼリ!」


 自身のピンチを察してか、先手必勝と言わんばかりにゼリーフィッシュスベリーが触手を伸ばし、攻撃してきた。


「甘いぜ!」


 俺はギリギリのところで触手を躱し、戦闘スーツに触手がかする程度で済んだ。


「――ッ!」


 その時、それは起こった。

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