第四笑 新たなる敵
「おいおい……。どうなってんだよ、コレ……。死んでないよな?」
「分からない。でも、みんな息はしているみたいだよ。……寝ているだけなのかな?」
《笑力計測グラスィズ》の反応があった池袋の大きな公園に駆けつけた俺と突夫は、変身した状態で驚きの光景を目にしていた。
それまで遊んでいたであろう子供たちや、会話を楽しんでいたと思われるカップルらが軒並み、芝生の上で倒れていたのだ。イエローと手分けして、急いで寝ている人たちの口元に手を当てて呼吸の確認を行う。
目の届く範囲でだが、全員が寝息を立てている現状に、少し安堵する。
「良かったー。生きてたわ……。しかし、何だよコレ? インチキ臭いインフルエンサーが流行らそうとしている新手のリラックス法か? それとも社会に対しての集団ボイコット?」
「だとしたら僕たちの出る幕ではないけど……。そうじゃないみたい。……これ、見てみてよ」
突夫――イエローに渡された《笑力計測グラスィズ》のレンズ部分を覗き見る。
そこには微弱だが、確かに失笑力の反応があった。
「確かに反応はあるけど……、なんか変じゃね?」
失笑団の怪人や戦闘員から放たれる紫色の負のオーラで強さを測るのがいつもの《笑力計測グラスィズ》の見方だ。
しかし、今回ばかりは違った。
「何で寝ている人たちから失笑力の反応があるんだ? しかも、オーラの形が変だしよ……」
《笑力計測グラスィズ》から見る失笑力のオーラは、寝ている人間たちを覆ってはいるが、薄い煙状でどこか一つに集約しているように見えた。
「失笑力の反応はあるけど、寝ている人たちが悪さをしているようには思えない。この失笑力のオーラ達が集めっている場所に行けば――」
「なるほど! この強制シエスタの首謀者が分かるわけだな!」
俺の解答にイエローが頷く。
「気を引き締めていこう」
* * *
俺とイエローは《笑力計測グラスィズ》の反応を頼りに、公園の中央部へと歩いた。
《笑力計測グラスィズ》はイエローが持っていたため、俺はその後ろを付いていく形になった。
公園中央部でイエローの足が止まり、周囲をキョロキョロと見渡す。
「大きいほう? 小さいほう?」
「トイレを探してる訳じゃないよ! 僕たちの上空に失笑力が集まっているのに、誰も何も無いから困惑してるんだろ!」
イエローに言われ、上を見上げる。
確かに、青空が続いているだけで状況の手掛かりになりそうな物は見当たらない。
「どうする? 何も無いんじゃ手の施しようがねぇじゃん。寝ている人たちをそのままにしておく訳にはいかないし、一人一人に正拳突きをして叩き起こしてみるか?」
「寝ている人にそれをしたら永眠しちゃうかもしれないでしょ! レッドはその辺で草むしりしてて! 僕一人で考えるから!」
「ちぇっ……」
イエローに頭脳戦力外通告をされた俺は、その場でしゃがんで地面の人工芝を引き抜く作業に勤しんだ。
「上に失笑力が集めっているのに、何もない……。一時的に集めていて後で回収に来るのか……。だとしたら他の所にも被害が……? もしかして目視できない程、小さい敵なのか? だとしたら攻撃してこないのは何でだ?」
イエローがブツブツと何か呟いている間に、自分を中心とした半径一メートルの人工芝を抜いた。
(次はどこを抜こうかな?)
「ここは一度、上空の失笑力に向かって攻撃を――って、レッド! ダメじゃん、人工芝を抜いたら! 無梨さんの頭皮みたいになってるし!」
「だって、イエローが草むしりしてろっていうからさ……」
「場所考えてよ! レッドはもっと緊張感を――」
『フフフフフ……』
「「――ッ!」」
突然の第三者の笑い声に反応して、俺とイエローは背中合わせになり、臨戦態勢をとる。
現場に一気に緊張感が増し、注意深く周囲を見渡す。
「フッ。お前の言う通り、今めっちゃ緊張してるわ……」
「……ここぞって時に、動けないのは無しだよ?」
『ほう! 素晴らしい反応です……。これは敵に回すと厄介そうですね……』
「「ムッ!」」
二人で声のする上空を見上げるが、そこには当然――空しかない。
しかし、その位置は失笑力が集合している所でもあった。
「いい加減、姿を見せろや! テメェばっかり俺たちを見て楽しみやがって! 気色悪ぃんだよ!」
『ンフフフフ……。これは失礼いたしました。確かに、人工芝を引き抜くヒーローの姿は滑稽で楽しめましたよ』
さっきから聞こえる男の声の方向に二人で顔を向けるが、何もない――ように思えた。
『それではオーディエンスに応え、お見せしましょう……。我々の正体を!」
「! そ、空が……!」
「――ッ!」
二人で見ていた上空の一部がカーテンのようにうねり、捲れ上がった。
人の気配を感じなかったその場所には四つの人影が存在し、上空からこちらを見下ろしていた。
「な、何だお前らは! どうやって浮かんでんだ、それ……」
「お、お前らが公園の人たちを眠らせていた元凶だな?」
二人して現状に狼狽しながらも質問すると、俺たち側から見て右端から二番目の男が鼻を鳴らし、口を開いた。
「初めまして、バクショウジャーさん。そしてご名答……。眠っておられるオーディエンスの方々はこの私、フォレト――」
「やっと面と向かって話せるわね、バクショウジャーのアホども! この私を待たせるなんて、何様なのかしら? 罰として私の召使い――ダメ! それじゃご褒美だわ! 待って! 何かいい案がないか考えるから! どうしようかしら? 私のような美少女に関われること自体、すべてが相手のメリットになってしまうわ! もう! 美少女に生まれて逆にごめんなさい!」
「……阿月さん……。私の自己紹介がまだなので少し、静かにしていただけだすか?」
「ハァ? 私に偉そうに命令しないで! 生意気よ! 罰として――やっぱりダメ! 私に関われること自体、相手の至福にしかならない! 一体、どうしたらいいの!」
「「…………」」
右端から二番目の男は、一番右端の少女と何やら揉めだした。
男は金髪の長いウェーブの髪の上に、黒のシルクハットを被り、ベネチアンマスクをしている。いわば、マジシャンの出で立ちだ。
少女のほうはパッチリとした大きな瞳に紅いストレートロングヘア。ピンクのリボンが胸に中央に位置している可愛らしいチュールワンピースに身を包んでいた。
強気な少女に対し、ほとほと困り果てている様子の男の会話を聞き入っていた。
しかし、二人が言い争いを終えぬまま、今度は一番左端の男が話し始めた。
「まったく! 仲間同士で争うなど言語道断! 二人が動かないのであれば俺たちだけでバクショウジャーを相手にする! なぁ、根暗子!」
「…………」
「どうした! 不安か! 安心しろ! 戦闘は俺がやる! お前は後方支援を頼む! お前の能力的にも、それが一番だろう! なぁ、根暗子!」
「…………ちがう」
「なんだ、どうした! 声が小さくて聞き取れんぞ! 根暗子、腹の底から声を出せ!」
「…………わ、私の名前、ね、根暗子じゃ、ない。……ね、寝子。せ、性格と名前……一緒にしないで」
「そうだったか! スマン、根暗子よ! 俺としたことが、あっはっはっはっはっは!」
「…………うう。は、話を聞いてない。声が無駄にデカい。うるさい。死んでほしい……」
「「…………」」
こっちはこっちで色々と酷い状況だった。
銀髪で凄い声量の男は、筋骨隆々で耳にピアスを開けて両手にはバンテージが巻かれていた。その男と話していた女性は、黒髪のセミロングで服も真っ黒のドレスを着ていた。顔も黒いレースで隠れており、表情が見れない。しかし、銀髪の男に対して少々辟易しているのは見てて分かった。
「なぁ、おい。二組の雑な漫才を見に来たんじゃないんだよ。お前らの目的を教えてもらいたいんだけど……」
「――ぐッ!」
俺の呆れた表情に、シルクハットの男が反応を示す。
コホンを小さく咳払いをして、声高らかに話し出した。
「いろいろと立て込んでしまい、申し遅れましたね。……私の名はフォレトス・イーストウッド。見ての通り、マジシャンを生業としていました」
「あっ! ズルい! 先に自己紹介なんて! 生意気よ! ハイハーイ! 私は阿月(あつき)フレム! 自他共に認めるしかない、絶世の美少女天才子役――だったわ……。でもでも、美少女は現在進行形だから! そこ、勘違いしないでよね!」
「ムッ! 名乗りを上げるのか! いいだろう! 俺は金・王静(キン・ワンジン)! 格闘家だったものだ! 好きな食い物は豚丼! 座右の銘は『当てて捻じ込んで砕け散れ』だ! よろしくな!」
「…………」
「……いや、蔵土さん。人見知りなのも分かるのですが、自己紹介は済ませておかないと……。人としての最小限のファーストコンタクトですので……」
「もう! またなの? いつまでもウジウジしてないでちゃっちゃとやんなさいよ! 喪女が美少女を待たすなんて大罪よ! それとも偉大な私に緊張でもしてるのかしら? 可愛いとこあるじゃない。私ほどではないけど」
「根暗子! 気合いだ! 根性だ! 負けん気だ! 俺たちの熱き想いを二人に分からせてやれ!」
「…………か、勝手に言いたい放題行ってくる…………。イヤだ、帰りたい。全員、死なない程度に事故ればいいのに……」
黒ドレスの女が指をモジモジさせながら、ゆっくりと小さく語りだした。
「…………く、蔵土寝子(くらどねこ)。う、占い師、だった……」
それだけ言うと、土偶の如く黙ってしまった。
「……で? お前ら、何がしたいわけ?」
「フフ。それは私がお話いたしましょう」
喋りだそうとした阿月フレムを遮り、イーストウッドが喋り始めた。
「我々はここに! 芸能界の根絶を宣言します!」
「げ、芸能界の……」
「根絶……?」
突拍子もない発言に、俺たち二人は呆気に取られていた。
「その意味不明な目標と、眠らされた人たちと何の関係があるんだ?」
「関係はございません。これはただのデモンストレーションでございます」
「「ハァ?」」
イエローの疑問に、イーストウッドは意味不明な回答をする。
「先の戦いであなた方と首領・ズベーリが対峙したとき、空が失笑気ガスで覆われた」
「「……」」
「その時、心身ともに疲れ切って衰弱した我らに不思議な力が宿った――そう! 失笑力に覚醒したのです!」
「「なッ!」」
とんでもない事実を聞かされてしまった。
一般人の中から失笑力に目覚めるのは、よほど芸人を憎んでいないと無理だと思い込んでいた。
しかし、目の前の四人は何があったか知らないが、負の感情にとらわれて失笑力を悪用しようとしているのだ。
「ホント、最っ高の力ね! この力があれば嫌な奴らに復讐なんて訳無いわ!」
「素晴らしいぞ、この力は! 普段のトレーニングが馬鹿らしく思えてくるほどだ! そうだよな、根暗子!」
「…………うるさい。でも力については、ど、同意。ふひひ…………」
「……デモンストレーションっていうのは、自分たちの失笑力を試すのと、僕たちをここに誘い出すためか?」
「60点でございます」
「赤点は免れたな」
「レッド、黙ってて」
「そんな事を言われて赤点だけに、目が点になっちゃう! レッドだけに……」
「「「「「…………」」」」」
「黙るから許して……」
人工芝でも抜こうかな。
「残りの点数は何だ?」
イエローの言葉に、イーストウッドはニヤリと笑い、シルクハットに手を伸ばした。
そこから既に通話状態になっているスマホを取り出し、俺らに向ける。
『ごきげんよう。バクショウジャーの諸君。……と言っても、人数が足りないようだね』
「「――うっ!」」
イーストウッドのスマホから紫煙が飛び出し、身の毛もよだつ鋭く赤い眼光がこちらを捉えていた。
『まあ、いい。イーストウッドから私たちの目的は聞いたかな?』
「ま、まず、お前は誰なんだ? 首領・ズベーリの関係者か?」
『首領・ズベーリ? ……フ、フハハハハハハハハハ!』
イエローの質問を嘲笑する紫煙の人物は、淡々と語りだした。
『あんな偶像に固執した哀れな男と一緒にしてもらっては困る。我々は芸能界そのものを憎み、滅ぼす者。名乗るならTalent unnecessary pentagon(タレント・アンネセサリー・ペンタゴン)。……《T―up》とでも呼んでくれ」
「Talent unnecessary pentagon。……直訳でタレントを必要としない五芒星、か……」
『そして私は《T―up》のリーダー。……カルマだ』
「《T―up》の、リーダー……」
「カルマ……」
俺とイエローは新たな敵の予感に、強く身構える。
『今回はイーストウッドの失笑力で皆を眠らせている。事件を起こして駆けつけた君らに宣戦布告をする為だ。もとより、一般人を傷つけるつもりはない』
「宣戦布告っていうのは何だ……?」
『首領・ズベーリとの戦闘で、君らに協力していた鬼美橙里だよ』
「橙里ちゃん!」
急に想い人の名前が出て、心臓が早鐘を打つ。
「な、何で橙里ちゃんが話に出てくるんだ!」
『私たちの邪魔になりえる存在の君たちに、協力者であり、タレントの彼女は危険分子とみなしている。しかし、若い彼女を傷つけるのも忍びない。正直、彼女を歌を認めている自分がいる』
「じゃあ、好きのままでいいだろ!」
『そうはいかない。タレントごと芸能界は潰す。ただ投降――タレント活動を自主的に辞める者がいるなら我々も手を掛けるつもりはない』
「つまり、鬼美橙里にアイドルを辞めるように進言しろと……?」
「アアッ!」
イエローの言葉に、俺は激昂する。
「ふざけんじゃねぇぞ! 俺のオアシスに何人たりとも手出しはさせねえ! 相手してやるよ! かかってこいや!」
「レッド、落ち着いて! 今は相手の力も分からず、人数的にも不利だ。頭を冷やして!」
『フン! 今回は顔合わせだけだよ。好きなタレントがいるなら、そいつにタレント活動を辞めるように言ってやるんだな。我々は無差別に攻撃する野蛮な活動家ではない。もっとも、抵抗するなら容赦しないがね』
「クソ! ゲス野郎が!」
カルマが俺の反応を見て、せせら笑う。
『もう、一通り話はしたな。ありがとう、イーストウッド。皆を起こしてあげて』
「かしこまりました。カルマ様」
カルマの指示に従い、イーストウッドが懐からトランプを出して、それを宙に投げる。
大量のトランプが散らばり、寝ている人々の体に触れた。
「人々から私の失笑力を取り除きました。失笑力は全てトランプの中でございます。寝ておられる方々も、いずれ起きだすでしょう」
その言葉通り、トランプが剥がれ落ちた人から、徐々に目を覚ましだした。
全員がなぜ寝ていたのか、不思議そうにしていた。
『それではバクショウジャー、私たちはこれで失礼するよ。次にあった時、邪魔をするなら容赦はしない』
「ま、待て! 何でお前たちはそこまでタレントを嫌うんだ? 聞かせてくれないか?」
『それは言えない。何故なら私たちの傷を抉ることになるからだ。どうしても知りたいなら、私たちに勝って無理矢理にでも吐かせるんだな』
イエローの質問にカルマが冷たく言い放ち、イーストウッドがマントを自分らに覆いかぶせたのと同時に全員が姿を消したのだった。
「《T―up》……。カルマ……。奴らは一体……?」
俺とイエローの二人は新たな敵、新たな戦いの幕開けにプレッシャーを感じていたのだった。
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