第二笑 決戦、笑力VS失笑力
俺はフェイスマスクを被り直し、全力疾走で代々木公園を目指す。
この道中で明らかに異常な景色が視界に広がっていた。
時刻は昼だというのに、毒々しい紫色の雲が空を覆っていたのだ。
「気味の悪い事しやがって。アイツら、何が目的なんだ?」
この空の原因は十中八九奴ら――失笑団の仕業だろう。
最後に電話口でした茶羽博士との会話を思い出す。
『こちらの上空にも怪しい色の雲を確認した。奴らめ、早速何らかの行動を実行したようだ。私と首領・ズベーリの詳しい説明は後にしよう。君は大至急、代々木公園に向かってくれ。他のメンバーには私から連絡をしておく。私もすぐに現場に向かう』
「博士の弟さん以外の事でも、あの二人に因縁が・・・・・・? ああ、もう! 考えても分かんねぇ。とりあえず現場に急がねぇと。何より橙里ちゃんが心配だ」
大好きなアイドルが別の男――しかもそれが悪の親玉だというこの現状がとてつもなく腹立たしい。
(ん?)
急がなければならないが、道端に何やら落ちている複数の物が気になり、足を止める。
それに近づいて正体を確認する。
「・・・・・・・・・・・・鳩?」
それはおびただしい数の鳩の死骸だった。
「ぽっ・・・・・・ぽー」
「うおっ! 生きてた。――って、あれ?」
周囲を見渡すと鳩以外にも犬や猫が地べたに横になっていた。
それでも全ての動物が呼吸しているのを確認し、ひとまず安心する。
「これは一体何なんだ? 新種のインフルエンザ?」
その時――
「! 危ねっ!」
一台の車がこちらに向かって突進してきたのだ。
車の導線上にいる鳩を急いで拾い上げてそれを避ける。
幸いスピードはそこまで出ていなかったのと、変身による身体能力向上の身のこなしで一大事は避けれた。
その後、車は電柱に追突し、ボンネットから煙が上がる。
「おいおいおい。急いでるって時にヒーローの前で事故んなよな」
渋々、車の運転手の安否の確認をする。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「んー? は~」
運転席に四十歳代くらいの男性一人だけが乗っており、力なく返事をしてきた。
見たところ外傷は負っておらず、車だけがお釈迦になった様子だ。
「頭とか打ってない? 救急車を呼ぼうか?」
「そうね~。パチンコ打ちたいね~。ドル箱持った店員さんも呼んでくれる~?」
「重傷だな。すぐに一一九番に電話するから待ってて。もしもし? 救急車をお願いしたいんですけど」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だるっ』
「え? ちょっと! き、切りやがった。どうなってんだ?」
「なんか・・・・・・体が重い。鬼美橙里ちゃんのライブに向かってたけど、もうどうでもいいや。考えるのも面倒くさい」
運転席のおっさんは両足をハンドルの上に置いてそのまま寝てしまった。
「・・・・・・この症状、まさか・・・・・・」
思うところがあり、念の為おっさんを車から出してベッド代わりにハマヒサカキの緑地帯に放り投げる。
そして代々木公園へと急いだ。
*
「・・・・・・首領・ズベーリ」
「おや? 来たのはお前だけか、五木」
場所は代々木公園の野外ステージ。
いつもなら家族連れやカップルで賑わっているこの場所は、今現在閑散としていた。
野外ステージ上には失笑団の二人と体を横にして眠っている鬼美橙里。観客席側に茶羽五木だけが居た。
「首領・ズベーリ様の強大な失笑力に怖気づいてみ~んな逃げちゃったのかしら~。おじ様が一人で来ても出来る事なんて知れてるでしょうに」
オスベリーナがクスクスと五木に対して嘲笑する。
「油断するなオスベリーナ。あんなのでも元バクショウジャー・・・・・・。どんな卑怯な手を使ってくるか分からんぞ。なにせ弟を犠牲にしてまで俺を倒そうとした男だからな~」
「・・・・・・・・・・・・今は私だけだ。しかし、彼らは必ず来る。笑力という、人々を笑顔にする力を持った選ばれし戦士達が必ずお前達の腐った野望を打ち砕いてくれる」
「その力を持っていたお前ら兄弟は相打ちでやっと俺を倒せたわけだ。無駄死にだったがな」
「無駄死にではない! 必ずお前の中にいる弟を救い出してみせる! 無論、そこに横たわっている女の子も含めてな」
「どちらも救えないさ。俺との戦いで負傷し、笑力が未だに回復しきれず、変身ができないお前ではな・・・・・・。力不足のガキ共もたかが知れている」
「ぐっ・・・・・・」
痛いところを突かれ、口ごもる五木。
残念ながら、今の彼に出来ることは五人が揃うまでの時間稼ぎが精一杯であった。
「それにこの娘は俺にとって復讐の要になる。ある意味、傷を癒すのに利用しているお前の弟よりも大事な存在だ。奪われる訳にはいかん」
「復讐の要だと? お前は私達兄弟だけが憎いのではないのか?」
「フン! 相変わらず鈍い奴だ。ならば教えてやろう。この娘はあの鬼美明日香の子だ」
「な、何だとっ! だ、だからお前はこの因縁の場所を選んだとういのか・・・・・・」
「もう問答は無用だろ。時間稼ぎに付き合ってやるのも飽きた」
首領・ズベーリが右手を観客席にいる五木に向ける。
掌に失笑力が集まり、黒と紫のプラズマが発生する。
「バクショウジャーのガキ共の前に、お前から消滅(け)してやろう。先にあの世で待っていろ。すぐに他の連中も送ってやる」
「首領・ズベーリ、お前・・・・・・」
「死ね、五木! 失笑波!」
ドス黒い高密度の失笑力の光線が、一直線に五木へと襲いかかる。
五木は思わず目を閉じ、体の前で両の腕を交差させる。
(スマン。バクショウジャーのみんな。無梨・・・・・・)
自分の死期を悟り、五木は仲間達に謝罪する。
「――させるかよ!」
一人の男が五木と襲い来る光線の間に割って入り、持っていた剣で光線を上空へと弾き飛ばす。
空へと弾かれた黒い光線は盛大な爆発を起こして霧散した。
「イテテテ・・・・・・。半端じゃねぇ失笑力の質量だったぜ。両腕がまだ痺れてやがる」
「! お前は・・・・・・」
「またアンタなの? しつこい男だね」
「攻ま――レッドよ、来てくれたか!」
「茶羽博士、まだ墓石に入るのは早いですよ。ちぇっ! 橙里ちゃんが起きていたらカッコイイ俺の姿を見せれたのに」
俺は剣を右手に持ち、ステージ上の首領・ズベーリに向けた。
「おい! この気持ちの悪い雲の原因はテメェらだな? さっさと取り除きやがれ!」
「それは出来んな。俺の目的の為に必要な事なのだ」
「・・・・・・この雲の性質は橙里ちゃんに吸わせたガスと同じもんだろ?」
「ほう、それが解るという事は何かしら影響が出たのを目の当たりにしたか?」
俺の様子に首領・ズベーリだけでなく、オスベリーナも嬉しそうに反応を示す。
「それは是非お聞かせ願いたいわね。この雲が世間にどんな好影響を及ぼしているのかを。フフフ・・・・・・」
「レ、レッド・・・・・・。この雲は一体?」
「あれの正体は愛しのアイドル、鬼美橙里ちゃんにあのクソ野郎が吸わせたガス――失笑気ガスってやつですよ。これを吸うと、感情が死んで廃人みたくなるらしいです」
「な、何という恐ろしい事を・・・・・・!」
「現にここに来るまでの道中、動物達が活気もなく倒れていて、おっさんが居眠り運転をする始末ですよ」
「そんな被害が出ているのか! 確かに言われてみればここまでタクシーで来る際、えらくブレーキを何度も踏むからメーター稼ぎかと思って腹を立てていたが・・・・・・。この雲が理由だったのだな!」
「ハーッハッハッハ! 素晴らしい成果だ。これは我らの理想とする無笑の世界へと確実に近づいている証拠。ガスの追加を急がなければな!」
「オーッホッホッホ! やっとこの世界からお笑いを無くせるんですのね。芸人なんてフザケるだけで女にチヤホヤされる職業が一番に淘汰されるなんて・・・・・・。本当に良い気味」
二人は俺の見た惨状を聞き、仰け反りながら高笑いしていた。
「チッ。何が無笑の世界だ。お笑いが嫌いなテメェらが笑ってちゃ世話ねぇぜ」
「・・・・・・・・・・・・それは違うぞ、レッドよ」
「え?」
失笑団を睨みつけている俺に、茶羽博士が静かに嗜める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
茶羽博士の言葉に、首領・ズベーリも黙って耳を傾ける。
「女性の方は知らんが、失笑団のボス――首領・ズベーリは私の知る芸人の中で一番お笑いを愛していた男だった」
「「ええっ!」」
茶羽博士から聞かされた驚愕の事実に、俺だけでなく、オスベリーナも同じリアクションを取っていた。
「失笑団のボスがお笑いを愛していたって・・・・・・? え? しかも芸人?」
「ど、どどどどどどどどどうゆう事ですか? 首領・ズベーリ様!」
俺達の狼狽ぶりを無視し、首領・ズベーリは茶羽博士を直視していた。
「『お笑いを愛していた』か・・・・・・。そんな時もあったな・・・・・・」
「しかし、お前は二十五年前のあの日にお笑いを捨ててしまった。それが今、このような結果になるとは当時、露ほども思わなかった」
「戯言を! 貴様が――貴様ら兄弟がここまで俺を追い詰めたのだ!」
激高した首領・ズベーリが、見せしめと言わんばかりに自分の胸部から無梨さんの顔を覗かせた。
「無梨!」
茶羽博士の声掛けに、やはり無梨さんは応えることなく、目を閉ざしたままだ。
「小僧! 真実を教えると言ったな・・・・・・。今こそ全てを話してやろう。二十五年前のこの場所で、何があったのかを!」
首領・ズベーリは体内に無梨さんを戻し、虚空を見つめて静かに話し始めた。
「ピン芸人だった俺と茶羽兄弟は同期の芸人で、お互いが笑いの仕事で切磋琢磨し合う関係だった。若手の頃はよく客前でスベってしまったり、安定した収入も得られず苦しい毎日だったが、充実していた」
「首領・ズベーリ・・・・・・」
「そんな苦しい日々を耐えれてたのは、アイドルである鬼美明日香の存在があったからだ」
あれ? 何かどこかで聞いた事ある様な・・・・・・。
「辛い時、悲しい時、別にそうでない時でも彼女の歌を聴いて自分を鼓舞させて舞台の上に立っていたのだ。それはいつしか感謝から愛情に変わり、鬼美明日香と夫婦になることが俺の芸人人生の目標になっていた」
う~ん、思い出せない。
「ある日、お笑い野外ライブの仕事が入ってきた。俺は仕事の内容を聞いて震えたよ・・・・・・。五人の審査員がライブに参加して芸人を評価する形式の物で、その審査員にアイドル枠としてあの鬼美明日香が来ると知ったのだから」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺はそのライブで鬼美明日香にアピールする絶好のチャンスと思い、新ネタを一夜にして百五十個作った。そこから自分が面白いと思うネタを厳選し、選りすぐりのネタを当日に持っていったのだ。・・・・・・結果、どうなったと思う?」
「そ、そこまで努力したんだからウケたんじゃないのか?」
「結果は正面から見る明日香ちゃんが可愛すぎてガッチガチになり、全てのセリフを噛み倒して客や審査員に笑いが伝わらず、その日のライブの最低評価を受けてしまったのだ。しかも、それだけではない! 明日香ちゃんがその日に一番面白いと評価したのは『チャバネゴキブリ』だったのだ! こんなにも彼女を愛している俺を拒絶し、同期のこいつらが先に明日香ちゃんに認識された事に絶望した。ライブが終わった会場で一人、俺は涙を流したのだ。笑いを憎み、愛した者に裏切られた苦しみにより、俺の中の失笑力が覚醒し、それにより芸人に対する憎悪を体現した理想の姿に生まれ変われた! その会場というのがこの場所なのだ!」
首領・ズベーリが左手を天に突き上げ、そこから暗雲が生まれた。
暗雲が勢いよく空へと放たれ、より一層周囲を暗くする。
「おお! 首領・ズベーリ様の過去のトラウマの怒りで、失笑気ガスが今までにないくらい排出されているわ!」
「小僧。これが真実であり、現実だ。好きなアイドルの前で恥を曝すよりも、感情のない大人しい状態の者であれば過度な緊張もせずに済む。今からでも遅くはない。俺達の仲間に――」
「ハッ! 胸糞悪い話しは終わりかい? クソスベリーさんよ・・・・・・」
「お前、話しを理解できていなかったのか? 好意を抱いている者にスベっているところを見られ、尚且つ他の芸人の方が面白いと言われる苦しみがお前には分からんのか!」
「ブッサイクなドルオタの被害妄想に付き合ってやれる程、暇じゃねぇんだよ! 何が『真実を教える』だ! ただ芸人が推しのアイドルの前でスベって落ち込んで不思議パワーに目覚めただけじゃねぇか! だいたい売れてない芸人だったクセに芸事に精進しないでアイドルだのなんだのほざいているのが気に入らねぇ!」
「レッド。私の胸ポケットにコンパクトミラーがあるけど、使うかい?」
(? 博士は何を言ってるんだ?)
「仲間になる気は無いと?」
「アンタと違って、俺は面白いんでね」
「そうか・・・・・・。フフ。残念だ」
首領・ズベーリは背中に滞納していた大剣を引き抜き、それを俺に向ける。
こちらも剣を構え、臨戦態勢に入る。
「鬼美明日香さんの娘である橙里ちゃんを攫っていったのは過去の恨みか?」
「そうだ。この姿になり、肉体を失ってからも俺の心を踏みにじった鬼美明日香を忘れた事など一度もなかった。オスベリーナに鬼美明日香の近況について調べさせたら娘が屋外ライブをするとの情報が入り、この計画を実行する事にしたのだ」
「橙里ちゃんは直接は関係ねぇだろ」
「鬼美明日香の娘というだけで罪だ。鬼美明日香は現在、外国に居ることは確認済み。まずは日本を失笑気ガスで覆い、国民を腑抜けにした後、世界に向けて犯行声明を出す。鬼美明日香は己のせいで日本と愛娘が混乱に陥っているという罪の意識に苛ませ、苦しんでもらう。そして、失笑気ガスで世界を包み込み、笑いの無くなった大地を堪能しながら外国に居る愛しの明日香ちゃんを迎えに行くのだ。俺には勿論、誰にも笑顔を向けることのない大人しい理想のアイドルになった彼女をな・・・・・・」
「・・・・・・ドルオタの恥曝しが! ここまで拗らせちまうと救いようがねぇな」
「こんなにも恐ろしい計画を立てていただなんて・・・・・・。本当に堕ちるところまで堕ちてしまったのか、首領・ズベーリ」
「お前ら兄弟に復讐、鬼美明日香を手中に収める、笑いの無い理想の世界の建設・・・・・・一石三鳥――いや、バクショウジャーの根絶で四鳥か。これまでにない程の完璧な作戦だろ、五木」
「流石ですわ、首領・ズベーリ様。あなたの過去がどうであれ、お笑い芸人が活躍できない環境になるなら私は満足です」
「出来るもんならやってみやがれ!」
地面を蹴って、ステージ上の首領・ズベーリに一瞬で間合いを詰める。
ありったけの力を振り絞り、連続で剣戟を叩き込む。
「くだらねぇ復讐に橙里ちゃんを巻き込みやがって! 絶対に許さねぇ!」
「威勢だけはいいな。だが、それだけだ」
首領・ズベーリは俺の剣戟を全て大剣で防ぎ、横薙ぎで反撃してきた。
急いでジャンプし、空へと避難する。
「甘いわ! 失笑波!」
「――ッ! ぐわあああ!」
「レ、レッドー!」
失笑力のエネルギーの波動をモロに受け、吹き飛ばされた後、体を地面に叩きつけられる。
「っが! グフッ! ううぅ・・・・・・」
相当なダメージを負ったせいで変身が解ける。
全身に激痛が走り、すぐに体勢を立て直す事ができない。
「だ、大丈夫か? しっかり!」
茶羽博士が駆け寄ってきた。
圧倒的な力の差を見て、茶羽博士も焦っている。
「は、博士・・・・・・逃げて、ください。俺があいつを、止めないと・・・・・・」
「何を無茶なこと言ってるんだ! みんなが揃うまで、ここは一旦退却を――」
「そうはさせん」
「――!」
今度は逆に首領・ズベーリがこちら側に距離を詰め、五木の真後ろにまで迫っていた。
大剣を振り上げ、トドメの準備に入る。
「二人一緒に切り捨ててやる!」
「クソッ!」
勢いよく振り下ろされた大剣に恐怖し、五木は目を瞑る。
しかし、大剣が五木に届くことはなかった。
「――ぐおおお!」
「せ、攻増君・・・・・・!」
首領・ズベーリの凶刃を、自身の剣で受け止めた。
「お前らの計画は絶対に阻止してやる! 芸人を――ヒーローを舐めんじゃねぇ!」
「フフフ。やるな。だが、そんなボロボロの状態でいつまで持ち堪えられるかな?」
首領・ズベーリが徐々に力を強めて俺の限界を試してくる。
「ぐっ! ぐおぉぉ・・・・・・!」
「ほれほれ。どうした~? このままだと中年と無理心中だぞ?」
腹立たしい下卑たニヤケ面で首領・ズベーリが迫ってくる。
いよいよ体力がもたなくなり、片膝をつく。
「いい加減にしろ、首領・ズベーリ! 復讐を果たしたい相手は私だろ! 狙うのなら私を――うをっ!」
「博士っ!」
抗議の声を上げた五木博士の足元に、大きく乾いた音と衝撃が襲った。
「人の心配をしてる場合? あんたもお笑い芸人なら私の鞭の餌食になってもらうわ!」
「クソ! こんな状況じゃなければ、餌食になってみてもいいのに!」
俺と博士は首領・ズベーリとオスベリーナに挟まれ、危機的状況に陥っていた。
「死ね! バクショウジャー!」
「死になさい! 変態ジジイ!」
大剣と鞭が容赦なく襲ってくる。
(終わった・・・・・・)
死を覚悟した、その時――
「――ヌオッ」
「――痛っ」
謎の投擲物が首領・ズベーリとオスベリーナに接触し、二人が怯む。
投げられた物が地面に落ちて、金属音を鳴らす。そしてそれが鍼である事を認識する。
「こ、これって・・・・・・」
「ようやく・・・・・・来てくれたか・・・・・・」
博士と二人で鍼を投げ込まれた方向を見る。
「攻増! 博士! 無事か?」
「待たせてスマンかった! ここからはウチらも加勢するで!」
「遅れてメンGO! 全員集GO! マジで今日が失笑団の最GO!」
「博士から連絡を受けてたけど、本当にデカイなー。悪の親玉」
視界の先にはクロ、桃瀬、蒼太、突夫の四人の姿があった。
「お前ら・・・・・・! マッジで待ちくたびれたぜ!」
いつもなら憎たらしく感じる顔ぶれも、こんな時は本当に心強く思う。
「一人でよくここまで持ち堪えられたな! 流石だぞ!」
「今回ばかりは攻増さんに頭が上がりませんネ」
「どう? まだ戦えそう?」
「無理でもやるんやろ? 連絡受けて知ったけど、大事なアイドルが人質に取られてるんやもんな」
「あったぼーよ! お前ら、足を引っ張んなよ!」
四人が顔を合わせ、苦笑する。
「やっと揃ったか、バクショウジャー」
気付けば首領・ズベーリとオスベリーナはステージ上に戻っていた。
「ここでお前達を一網打尽にし、世界を――」
「ええっ! あの悪の親玉って元ドルオタの芸人で自分に振り向いてもらえなかったアイドルに対しての逆恨みをその娘で憂さ晴らしをしようとしてんの? ものごっつキモいやん!」
「そうだろ? 同じドルオタとして恥ずかしいよ。あんな勘違い野郎がテレビやネットに載るような事件を起こすんだぜ? こっちとしてはいい迷惑だよ。現に今だってとんでもない事をしでかしてるし・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・おい」
「博士の弟さんが親玉の身体にINしていル? それってマジかイ! 考えによっちゃ雌雄同体! これって所謂BL展開?」
「そうなんだ! かつてのアイドルの娘さんだけでなく、私の弟も人質に取られてしまってるんだ。あいつの身体に囚われていたんじゃ連絡もつかない訳だよ。あと、決してBLではないと思うよ?」
「・・・・・・おいって・・・・・・」
「ここに来るまでに倒れている人や動物達を見たよ。この薄気味悪い空が関係しているのは理解したけれど、この影響がどれくらいの時間や規模で世界にまで及んじゃうのか・・・・・・。いず れにしろ早めに解決することに越したことはないね」
「うむ。我らは笑力の心得がある故に、この状況下でも動けてはいるが、他の者達が心配だ。航空機に搭乗している者や、手術中である人々などに計り知れない被害が出るかもしれん。そうなる前に、この事象を引き起こした不届き者に天誅を下さねばな。まったく・・・・・・。よくこんな気持ちの悪い事を思いつくものよな。このような人間性だとアイドルはおろか、一般の女子にも相手にされぬのではないか?」
「いい加減にしろ、貴様ら!」
仲間内で話し合いをしていると、首領・ズベーリが急に怒声を発した。
「無視だけならまだしも、言いたい放題貶しおって・・・・・・」
何が琴線に触れたか解らないが、首領・ズベーリは肩をわなわなと震わせ、怒りを露わにしていた。
「絶対に――絶対に許さん!」
首領・ズベーリは地面に左手をつき、そこから紫煙を撒き散らす。
「うおっ! 今度は何だ?」
「ムッ! 奴の撒いた煙の空間の下から、何やら人の手が・・・・・・」
クロの言う通り、広がった煙の中から沢山の人の手が地面から這い出るように現れた。
そして、全身黒タイツに身を覆った人型の化け物共が姿を見せる。
『スベスベー!』
「な~んだ。いつも怪人とセットでやられに来るザコ戦闘員じゃん」
「でも・・・・・・いつもより数が多いようナ・・・・・・」
突夫の安堵の声に待ったをかける蒼太。
「フフフ。当然だ。貴様らを完全に葬り去るために戦闘員である《スーベッター》達を百人も召喚したのだからな」
「ひゃ、百人だと!」
「いつもの十倍やんか! マシマシやん!」
規格外の敵の数の告知に、博士と桃瀬が驚愕する。
「数なんて関係ねえよ!」
「せ、攻増さン・・・・・・?」
俺は全員を鼓舞するために、声を張り上げる。
「俺達には人々を笑顔にできる力――笑力がある! それに、こっちだって一人じゃない! そうだろ、お前ら!」
俺は一人一人に目を合わせ、檄を飛ばす。
「そうや・・・・・・。ウチらには暗い世界を明るく照らす笑力がある。そして、けったいな仲間がおるんや!」
「このミラクルパワーとクレイジーフレンドがいれば、何も恐れることなんてないですネ!」
「相手が百人でも千人でも、僕達ならきっと大丈夫! 乗り越えられる!」
「フッ。元より我は何も心配しておらぬ。我らが集まって成し遂げられぬ事など無いのだから」
「このロートルにも出来ることは、きっとある。後衛は任せてくれ」
仲間達の目が輝き、声に力が入る。
今までもこれからも、どんな巨悪にだってこいつらとなら立ち向かえる。
なぜなら俺達は――
「いくぜ、みんな! 変身だ!」
「「「「おう!」」」」
俺の掛け声に合わせ、全員が首から下げていた《爆笑ドッグタグ》を左手に持ち、頭上に掲げる。
そこから光の粒子が飛び出し、《殴打変身槌 ワハハンマー》が形を成して右手に収まる。
《殴打変身槌 ワハハンマー》の頭の中央にあるくぼみに、《爆笑ドッグタグ》をはめ込む。
『おちょこ』
『ハリネズミ』
『インプラント』
『アッパタイト』
『パリピ』
それぞれの《爆笑ドッグタグ》に刻まれた紋様の名称が《殴打変身槌 ワハハンマー》から鳴り、変身待機音声が流れる。
「「「「「変身!」」」」」
掛け声と共に《殴打変身槌 ワハハンマー》を自身の頭に打つ。
『なんでやねん!』の音声が鳴り、五人の体が光に包まれる。
笑力のポジティブパワーが全身にみなぎり、特殊スーツとして姿を現す。
「変身し終える前に片づけてやる。行け! スーベッター達よ!」
「「「スベスベー!」」」
首領・ズベーリの指示で、スーベッターが束になって変身前の五人に襲い掛かる。
「そうはさせんぞ! 五人の前にまず、私から――グボッ!」
変身途中の五人を庇おうと前に立った五木博士。しかし、スーベッター達のリンチの格好の餌食となってしまう。
「そんな年寄りは後にしてガキ共を――」
「「「スベギャアー!」」」
「――っ!」
首領・ズベーリが命令を下そうとしたスーベッター達が宙に浮かび、頭から地面に落ちて消滅した。
「チッ! 間に合わなかったか・・・・・・」
「よ、良かった・・・・・・。時間稼ぎにはなった・・・・・・」
五木博士に群がる戦闘員を打破し、救った五色の影が首領・ズベーリの前に立っていた。
「器の小ささ折り紙付き! おちょこレッド!」
「全ての悪を串刺しに! ハリネズミブラック!」
「歯は一生の相方! インプラントイエロー!」
「三度の飯よりカツ丼! アッパタイトピンク!」
「歌って踊れば万事解決! パリピブルー!」
「爆笑必至の笑(ショー)タイム! お笑い戦隊――」
「「「「「バクショウジャー!」」」」」
各々の変身ポーズと全員での名乗りを完遂する。
失笑団の野望を打ち負かす、五人の笑力の使い手が爆誕した。
「博士、無事ですか?」
「ああ。お陰様で助かったよ」
「良かった。失笑団は俺達に任せて、博士は橙里ちゃんを――人質の救助をお願いします!」
「博士の弟さんも絶対に救ってみせるさかい、安心してください!」
「承った! みんな、世界の平和を頼んだぞ! そして無事、全員で戻ってこれた暁には笑顔で祝勝会だ!」
「「「「「おう!」」」」」
俺達はそれぞれの役割を果たすため、走り出す。
「生意気な! 我ら失笑団の野望の邪魔はさせん! スーベッター達よ、ヤッてしまえ!」
『スベスベー』
首領・ズベーリの号令により、スーベッター軍団が俺達に襲い掛かってくる。
「返り討ちにしてやるぜ! おちょこメッタ切り!」
「「「ス、スギャアー!」」」
変身した事により、《殴打変身槌 ワハハンマー》がレッドの専用武器である《おちょこソード》へと変化する。
レッドの剣技により、スーベッター達が無残に切り刻まれる。
「爆笑鍼技! 無限鍼地獄!」
「「「イ、イギャイー!」」」
ブラックが放つ大量の鍼が敵を襲い、鍼達磨の骸と化す。
「デンタルモデルスパークリングカッター!」
「「「イッタイギャアー!」」」
イエローの専用武器である二つのデンタルモデルを両の手に構え、スーベッター達を噛み倒す。このデンタルモデルは相手の身を食いちぎる恐ろしい武器なのだ。
「お前らの野望、笑いの無い世界? そんな世界、キモくて絶望! 脱帽、しちゃいなよ? 俺の奏でるこの熱いリリックに! スベスベしか言わないボキャブラの低さ! 美容通販のみで発揮される語彙の拙さ! もうお家の地面に帰りな! それが嫌なら俺がライムとテメエらを刻んで無理やりにでも地面に這いつくばらせてやろうカ!」
「スベスベ! スベ、スベスベスベ? スベスベスベスベ、スベスベ! スベスーベ、スベ。スベスベスベ! スベスベスベスベスーベ!」
「スベスベのシラケるオウム返し! 受けた側の俺は今からテメエらに贈る意趣返し! 面白くないお前らラップはスベからく、謝罪の対象! お前らの大将、アイドルに復讐ってマジキショ! そんなキモキモ集団に明日は来ないぜ、ずっと! なぜなら俺達が許さない! 繰り出すぜ! テメエらを仕留める為のスベり止めアッパーカット!」
「「「グギャリャー!」」」
ブルーの専用武器、《ディスリブルーマイク》は使用すると突如としてラップバトルが始まり、自身のバイブスを上昇させる。
極限まで高めたバイブスの効果でバフがかかり、相手に強烈な一撃を与えるのがブルーの戦い方だ。
*
――俺達が戦闘員を相手にしている頃、博士は橙里を救うべくステージ上に移動していた。
「お嬢さん、お嬢さん! 起きなさい! ここは危険だよ! 私と一緒に避難するんだ!」
「・・・・・・う、ん・・・・・・。え? おじ様、だれ? ここ、どこですか?」
博士が寝ていた橙里をゆすって起こす。起こされた本人は自分の現状が分からず、不安の表情を浮かべている。
「説明は後だ。すぐにここを――」
「あら? 私との鞭遊びよりも、小娘との逃避行がお望みなのかしら? 妬けるわね」
「――ッ!」
「あ! あなた、偽物のマネージャーの・・・・・・!」
博士と橙里の前に、オスベリーナが立っていた。
オスベリーナは鞭をしならせながら、二人のもとへゆっくりと近づいていく。
「フフ。余計な事をする悪~い二人には、しばらく動けないくらい痛い思いを――きゃっ!」
「させるかいな! あんたの相手はウチがしたる! 二人は離れといて!」
「ピンク! ありがとう! 助かったよ!」
「えと・・・・・・。よく分からないけど、ありがとうございます!」
ピンクの助太刀により、博士と橙里はその場から離れる。
「この・・・・・・! よくも私に掌底を・・・・・・!」
「突っ張りや!」
「どっちでもいいわ! あんたみたいな生意気でワガママボディのガキは鞭で縛ってボンレスハムの刑で辱めてあげるから覚悟なさい!」
「やってみい! 人前で恥ずかしげもなくボンテージ姿を晒しているイタくて性悪なオバハンに灸を据えたるわ!」
一歩も引けない女の闘いが、ここに開幕した。
*
「うぐわあっ!」
「イエロー! 大丈夫ですカ?」
「むう・・・・・・。さすがに手強いな」
「クソ! 四人がかりでも敵わねぇのかよ!」
「フンッ! 集まってもこの程度か、バクショウジャーのガキ共・・・・・・」
ザコ戦闘員達をあらかた倒した俺達は、すべての元凶である首領・ズベーリに挑んでいた。
しかし、その圧倒的な失笑力の前に全員が為す術なく倒れる。
「不可思議だ。打撃も刺し傷も、まるで効いておらぬ」
「あいつは博士の弟――無梨さんの笑力を利用して復活したって言ってた。だから、元々の失笑力だけじゃなくて無梨さんの笑力を吸収して凄くパワーアップしてるんじゃ・・・・・・」
「強さの理由に納得! それを聞かされた僕達気の毒!」
「ハハハハハ! ご明察だな! 無梨の笑力により、俺はさらに力を得た。並みの笑力ではこの体に傷をつける事すら叶わんぞ!」
「このままでは防戦一方どころか、全滅だ・・・・・・。何か打開策を練らないと・・・・・・」
首領・ズベーリの言葉に、イエローが頭を悩ませる。
『キャー!』
突然――女性の悲鳴が上がり、視線を声のする方へ向ける。
博士と橙里ちゃんが安全の為に離れた位置にいたが、そこに打ち損じた一体のスーベッターが襲い掛かろうとしていた。
「た、大変だ! 橙里ちゃんが!」
「ここは僕らに任せて、レッドは博士たちのもとへ!」
「イエロー・・・・・・。で、でも俺が行ったら三人であいつを――」
「急げレッド! 想い人のピンチなのであろう? ならば、ここは我らを信じて救ってこい!」
「ブラック、お前・・・・・・」
「絶対に叶わぬ恋でも、一途なところはカッコいいですヨ! 頑張って、レッド!」
「うるせえ! ・・・・・・ありがとな、ブルー」
俺は三人の仲間に背中を押され、橙里ちゃんと博士を救いに向かう。
(俺が戻るまで、誰も死ぬんじゃねえぞ)
「くだらん友情ごっこだ。自分達で状況を不利にしているのが分からんのか?」
「友情! 愛情! 根性! これ、勝利に必定!」
「我らを甘く見るなよ! 貴様に必ず勝って世界を救い、仲間と笑って帰るのだ!」
「笑いの力で人々を不幸にするあなたに、僕達は負けない! 行くぞ!」
「ザコ共が! 『笑い』の文化と共に消え去るがいい!」
自分達を亡き者にしようと大剣を振るう巨悪に、熱きお笑い魂を持った三人のヒーローが立ち向かって行った。
*
「スベスベー!」
「ひぃっ!」
「危ない! お嬢さん、私の後ろに――」
「爆笑剣技! おちょこ三枚おろし!」
「グロギャアー!」
橙里ちゃんに触れようとした不埒な輩は、俺の剣によって体幹部,右半身,左半身へとそれぞれ切り分けられて倒れた。
「あ! あなたは・・・・・・」
「やあ、橙里ちゃん。また会ったね」
俺はフェイスマスクの下で、とびっきりのキメ顔をする。
「何度も助けていただいて、すいません。私、ご迷惑ばかり掛けてばかりで・・・・・・」
橙里ちゃんは暗い表情で俯きながら謝罪してきた。
「いやいや、例には及ばないよ。それに、これは君のせいじゃ――」
「いいえ。私って、昔から根暗でドジで周囲の人を苛立たせてばかりで・・・・・・。そんな私でも、歌をうたっている時は楽しくて自分を好きでいられてたんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「柄にもなくSNSに自分の歌を投稿したりしたら、それを見た芸能事務所の人が声を掛けてくれて・・・・・・。大好きな歌でなら、こんな自分でも変われると思ってたんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、ダメでした。毎回、ライブや収録の前になると緊張して不安になって泣いちゃうし・・・・・・。いつもマネージャーやスタッフの人達が励ましてくれるけど、それもなんか申し訳なくて余計に辛くなっちゃって・・・・・・。SNSとか見てても、『親の七光り』とか『ブスのくせに調子に乗り過ぎ』とか『歌声が聴いてて不快。自分の方が上手く歌える』っていう投稿を目にして、さらに落ち込んで周囲に気を遣わせて・・・・・・」
「橙里ちゃん・・・・・・」
「おじ様から聞きました。この空のことや、あの大きい人の目的・・・・・・。私の母親が原因なんですよね? 私が世間様の目に触れる様なことさえしなければ、歌で自分を表現しようとしなければ、こんな沢山の人に迷惑を掛けずに済んだのに!」
「それは違う!」
「――ッ!」
自己嫌悪に陥っている彼女に、俺は向かっ腹が立った。
(確かに、人を苛立たせる女の子だ。何で必要以上に自分を責める? 何で君の事を想っている俺らファンを無視して、誹謗中傷するくだらない人間に目を向ける?)
「橙里ちゃん、君の素敵な歌声で心から救われた人は必ずいる! だって・・・・・・俺もその一人だから!」
「えっ! レッドさんが?」
驚いた表情を見せる橙里ちゃんに、俺は頷く。
「日々の仕事や怪人との戦いで傷ついて帰った時はいつも、スマホ,CDプレーヤー,映像付きDVDを三つ同時に視聴している!」
「そ、そんなに・・・・・・?」
「君の事を悪く言う奴らなんて気にするな! 君の歌声は悪の組織と死闘を繰り広げるヒーローの心を奮い立たせる素晴らしいものなんだぞ! 俺や他の人達を笑顔にしてくれる女神みたいな存在なんだ! だから橙里ちゃんも笑っていてくれ!」
「レッドさん・・・・・・」
「もっと自分に自信を持っていい! 俺らファンはずっと、橙里ちゃんの味方だからさ」
「あ、ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」
顔を赤らめて、頬を両手で覆う橙里ちゃん。
(一つ一つの仕草がやっぱり可愛いなあ。ん? この流れ・・・・・・イケるんじゃ・・・・・・)
「橙里ちゃん、この戦いが終わったら俺と――グバッ!」
バキンッ
「キャアッ! レッドさん、大丈夫ですか?」
「あっ、すまんレッド。オバハンをそっちに吹っ飛ばしてもうた」
「おお、ピンク! 敵の女幹部を一人で倒すなんて凄いぞ! レッドが巻き込まれてしまったが、敵の戦力を削れたのは大きい」
「「――きゅう~・・・・・・」」
凄まじい衝撃が頭に走り、地面に倒れる。何事かと思ったらピンクにノックアウトされたオスベリーナが俺の上で伸びていた。
「ほれレッド! 休んでないで親玉を倒しに行くで! 三人が心配や!」
「お前が敵幹部を俺に当てたんだろうが! 見ろ! あの女がぶつかった所のマスク部分が欠けて、目とかが剥き出しじゃねえか! ここ攻撃されたらどうすんだ?」
「え! その顔、前説の芸人さん・・・・・・」
「唾つけとき!」
「雑に片付けるな! 全くもう! 博士、あいつらが心配なんで、もう行きます。橙里ちゃんを頼みますね」
「うむ。私も何か出来る事を考えよう。二人とも、気を付けるんだぞ」
「「はい!」」
「あ、ちょっと――」
俺とピンクは首領・ズベーリと交戦している三人のもとへ急いだ。
背中越しに橙里ちゃんが話し掛けてきた気がするが、急いでたので上手く聞き取れなかった。
「・・・・・・行っちゃった」
「しかし、どうしたものか・・・・・・。失笑気ガスにより、人々の感情が希薄になっている。つまりは世の中から笑顔が消えてしまっているということ・・・・・・。こんな空気では笑力が発揮できず、バクショウジャー達も全力が出せない。何か、大勢の人の笑顔が戻る方法を考えなければ・・・・・・」
「・・・・・・あの、大勢の人を笑顔にすればバクショウジャーの力になれるんですか?」
「ん? ああ、そうだが・・・・・・。その方法が思いつかんのだよ。クソ! 無梨がいれば漫才を披露して、人々に笑いを提供できたのに・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・私に、協力させてください!」
「え?」
*
「――失笑波!」
「「「ぐわあー!」」」
「フン! もう諦めたらどうだ? 力の差が嫌という程、身に染みたハズだ」
「みんなー! 無事かー!」
俺とピンクが戦地へと到着する。
「ひ、酷い! みんなボロボロやんか!」
ピンクの言う通り、地面に倒れている三人の体は、所々切り傷や焼け焦げた痕があった。
無理をさせ過ぎたと思い、心が痛む。
「ぐくっ・・・・・・。ち、遅刻ですヨ、レッド」
「ハハ。い、いつもの戦闘みたいに・・・・・・逃げちゃったのかと思ったよ・・・・・・」
「ハァハァ・・・・・・。そ、その様子だと・・・・・・博士達は救えたみたいだな・・・・・・。でかしたぞ」
「バカ野郎、お前ら。・・・・・・・・・・・・ありがとな」
(こいつらが仲間で、本当に良かったよ)
「残念だ。あと少しで三人を始末できたのだが・・・・・・」
「テメェだけはマジで許さねぇぞ。クソ野郎!」
「そうや! お仲間のオバハンも、戦闘員達も片づけたんや。あとはアンタだけやで!」
「ほう。オスベリーナを・・・・・・。だが関係ない。俺一人いれば『無笑の世界』は完成する。お前らが数で勝ろうが、俺には敵わない」
「そんなの、やってみなくちゃ分かんねぇだろ!」
俺を剣を構え、地面を踏み込んで首領・ズベーリとの距離を詰めようとした。
「――待て! レッド!」
ブラックが声を振り絞り、俺の動きを制止させる。
「な、何だよ・・・・・・?」
「先程の話を忘れたのか? 奴は博士の弟君の笑力までも我が物とし、計り知れぬ力を得ている。我らが三人がかりでも、防戦一方がやっとだったのだ。お前一人ではどうにもならんぞ」
「じゃ、じゃあどうすれば・・・・・・」
「・・・・・・ぐっ。や、奴と弟さんを、引き離すしか方法はないと思う」
「イ、イエロー・・・・・・! 無理せんと、ウチの肩を借りぃ」
ふらつくイエローをピンクが支える。
「イエロー、それはどういう事ですカ?」
「首領・ズベーリは博士の弟さんとの戦闘で体を失った。今は自分を保つ為に、弟さんの体を間借りしている状態なんだと思う・・・・・・。でないと、失笑力に対して一番の有効打である笑力の技が効かないのはおかしい」
「なるほどな! だから弟さんをあのアホから引っぺがして、体を失った状態に戻して弱体化さすんやな!」
戦いに希望の光が見えたかの様に思えた。
しかし――
「流石のイエローの分析力ですガ、どうやって弟さんと引き離しましょウ?」
「「「「うっ・・・・・・!」」」」
一番の問題点はそこだ。
攻撃が効かない相手に、どう対処すればいいのか。
「無駄な議論は済んだか? いい加減、貴様らの顔も見飽きた。もう終わりにしてやろう」
「ぐぬぬ・・・・・・。そ、そうだ! ウチのピンクはアイドルで、お前の推しだったアイドルと同じ事務所なんだ! 秘蔵の写真とかあったらやるから、もう少し考える時間をくれ!」
「笑止! ガチ恋勢だった俺は、暇さえあれば彼女の背後に付き纏って一眼レフで撮影を続けてきたのだ! 彼女の笑顔や怯えた表情、困惑した顔や青ざめた様子など数え切れぬ程の写真を所持している! どうだ、羨ましいか?」
「ストーキングを勘付かれてるから、ほとんど負の感情しか撮れてねえじゃん! 推しのメンタルまでも追い込みやがって! マジでド畜生だな!」
「愛とはこれ程までに人を狂わすのですネ」
「愛ちゃうわ! ただのドルオタの愚行やないか! ホンマにキショいな、こいつ・・・・・・」
首領・ズベーリのおぞましい過去に、ピンクが自身の体を抱き寄せて震えていた。
「今から死にゆく貴様らにどう思われようと関係ないわ! フンヌッ!」
「――グッ!」
首領・ズベーリが怒りに任せて、大剣を横薙ぎで振るう。
とっさにおちょこソードで攻撃を受ける。
しかし――
「「「「「うおわあっ!」」」」」
力負けしてしまい、攻撃を受けた剣も折れ、五人とも衝撃で宙を舞うことになった。
「ク、クソ! 力の差があり過ぎる・・・・・・」
「こんなん、カツ丼百杯食べても勝たれへん・・・・・・」
「な、何か二人を引き離す方法は無いのか・・・・・・?」
五人は全身を襲う痛みに耐えつつ、地面から体を起こす。
「諦めろ。笑いが薄れている世界で、貴様らは存分に力を発揮できない。ましてやパワーアップを果たしたこの俺が相手では、初めから勝負にすらならなかったんだよ・・・・・・。本当にこれで最後だ。五人仲良くあの世へ逝け!」
「ぐうっ・・・・・・!」
首領・ズベーリが俺達に止めを刺そうと、右手に失笑力のエネルギーを集中させる。
攻撃から逃れようとするが、五人ともダメージを負い過ぎてその場から動けないでいた。
「死ね! 失笑――グヌアッ!」
「っ!」
俺達に失笑波を繰り出そうとした首領・ズベーリが、技の途中で片膝をついて苦しみだした。
「ぐ、ぐうおわああああ!」
「な、何や? 一体、何が起きてるんや?」
「分からなでス。でも間一髪、助かったみたいですネ」
「むっ! 見よ、皆の衆! 首領・ズベーリの胸から薄頭皮の中年の顔が・・・・・・!」
ピンクとブルーが胸を撫で下ろしていると、ブラックが首領・ズベーリの体の異変に気付く。
蹲っている首領・ズベーリの胸の中央から、目を閉じた無梨さんが顔を出していた。
「無梨さん! 自分で這い出てきたのか?」
「それにしては、まだ意識が戻ってないような・・・・・・?」
「これは彼女のお陰だよ」
「うおっ! 博士、いつの間に? てか、えっ? 何で君が!」
俺とイエローの疑問に、こちらに近づいていた博士が答えてくれようとした。しかし、その両手にはスマホが握られており、目の前の人物を動画撮影していたのだった。
「みんな! さっき画面に映った大きな鎧の人がこの空の元凶なの! この空のせいでみんなの調子が悪くなってるらしいの! お願い、力を貸して!」
俺の想い人でありアイドル、鬼美橙里が博士の持つスマホの前で身振り手振りを交えながら力強い声で語っていた。
「バクショウジャーが鎧の人と戦っているところ、観てたよね? 沢山の人の笑顔が、バクショウジャーの力の源だって聞いたんだけど・・・・・・。みんな、苦しいよね? 辛いよね? それを解決する為に、バクショウジャーが頑張ってくれているの」
「橙里ちゃん・・・・・・」
ライブ配信をしている彼女の顔は、まっすぐ画面を見つめ、凛々しさに満ちていた。
「私は今まで自信が無いままアイドルとして活動してきたけど、私の歌を聴いて笑顔になれるって言ってくれた人がいたの。それも、沢山の人を・・・・・・。今まで歌ってきたのに、そんな事も気付けないなんて、ホント・・・・・・バカだよね」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから私、歌います! 支えられているばかりじゃイヤ! みんなの笑顔を取り戻せるなら・・・・・・それでバクショウジャーの力になれるなら・・・・・・今ここに、鬼美橙里の生ライブ配信を始めます!」
『ウオオオオオオ! いいぞ! 橙里ちゃん大好き! 生歌聴けて幸せ!』
『頑張れバクショウジャー! いつもみたいに面白おかしく勝利してくれー!』
『なんか起きたら緑地帯の上にいて、体中が痛いけど橙里ちゃんのライブが観れてラッキー!』
「ぬおっ! コメントが凄い勢いで増えてるぞ! アイドルとはこんなにも影響力があるものなのか? 素晴らしいな! これならバクショウジャー達も力が発揮できるかもしれない!」
一人の少女が決意と共に、透き通るような美しい声で歌いだず。
その声は疲労困憊の体を癒し、不思議と勇気を与えてくれる・・・・・・。聞き慣れても飽きが来ない、俺の大好きな人の歌だ。
橙里ちゃんが歌いだした事により、コメント欄が絶賛の嵐で溢れかえっていた。
「橙里ちゃん、俺達の為にそこまで・・・・・・」
「レッドさん・・・・・・。あなたの言葉で私、勇気を持てました! これまで助けてもらったお礼をさせてください! やれるとこまでやってみます! だから・・・・・・負けないで!」
言い終えるのと同時に、橙里ちゃんはスマホに顔を向けて再び歌いだす。
「ムムッ! 人々の笑顔が戻ったからか、段々と力が漲ってくるぞ!」
「た、確かにブラックの言う通り、今まで受けた傷の痛みが和らいでいる気がしまス!」
「ウチの事務所の歌姫も、戦う女の仲間入りやな!」
「これなら、イケるかもしれない・・・・・・!」
ブラック,ブルー,ピンク,イエローの声に覇気が戻り、体中に闘志が燃え盛る。それは勿論、俺も同じだ。
「橙里ちゃん、ありがとう・・・・・・。君の勇気、決して無駄にしない!」
「クソがあああああ! 小娘! その不快な歌を止めろおおおおお!」
復讐の道具としてしか見てなかった女子に、ここまで追い込まれるとは予想だにしていなかったのだろう。首領・ズベーリが自身の弱体化の原因であるライブを阻止しようと、鬼気迫る形相でこちらに迫ってくる。
「――ヒッ・・・・・・!」
「橙里ちゃんっ!」
「させませんヨ!」
向かってきた首領・ズベーリの右足に、ブルーがしがみついて動きを止めた。
ブルーだけじゃない。右腕にブラックが、左腕にピンクが、左足にイエローがそれぞれ首領・ズベーリの四肢を自分達の体を使い、動きを封じたのだ。
「ぐぬあ! は、離せ! ゴミ芸人共!」
「絶対に離すものか! 過去の偶像に固執する悪鬼め! 年貢の納め時だ!」
「こ、こいつ・・・・・・! 弱ってるハズやのに、まだ凄い余力を残しとる!」
「レッド! 僕達が首領・ズベーリを止めている間に、弟さんを引き離して! 正直、長くは持ちそうにない!」
「お、お前ら・・・・・・」
「レッド、頼む! 弟を・・・・・・。無梨を救ってやってくれ!」
「博士・・・・・・。よし! やってやるぜ!」
俺は跳躍で首領・ズベーリとの距離を詰め、胴体に飛びつく。
首領・ズベーリの胸から飛び出している無梨さんの首根っこを掴む。
「うおらあぁあああぁぁッ!」
首領・ズベーリの体を足で押し、無梨さんの頭を引っ張る。
「や、やめろぉおおぉぉ! 俺から無梨を抜くなあぁぁぁああぁぁぁ!」
俺を振るい払おうと首領・ズベーリが体を動かそうとするが、仲間達の必死の抵抗によってその行動も阻止される。
「レッド! 遠慮なんかせんと、おっさんをぶっこ抜いたらんかい!」
「我らに構わず、力一杯抜くのだぞ!」
「引いてダメなら押したり、前後に動かしてみて!」
「少しずつ、出てきてますヨ! もうちょっとで飛び出してきそうでス!」
「無梨さん! すぐにそんなとこから解放して、気持ちのいい娑婆に出してやるからな!」
「クソ! そんなに強く待つな! 俺の中から・・・・・・出てしまう!」
「全員、この状況と私の弟を出しにしてワザと卑猥な風に言ってないか?」
みんなの協力で、首領・ズベーリの体から無梨さんを上半身まで抜き出すことができた。
「も、もう少しで・・・・・・! 抜ける!」
「これ以上・・・・・・抜かせてたまるか!」
「「「「――ぐわッ!」」」」
首領・ズベーリが最後の力を振り絞り、ブラック達を振り払って無梨さんの頭を掴んでいる俺に襲い掛かってきた。
(ま、まずい! やられる!)
「レッドさん、お願い! おじ様を助けて! みんなを救ってー!」
「ッ!」
諦めかけたその時、橙里ちゃんの声援で心が震え、力が沸き立つ。
「うおらっ!」
「ぐおッ!」
俺を引き離そうとした首領・ズベーリの手を、足で蹴り上げて防ぐ。そのまま後ろに仰け反り、全力で無梨さんを首領・ズベーリから引っ張る。
「ふ――んぬおぉぉぉおおお!」
「ち、力が・・・・・・入らん・・・・・・! こ、このままでは・・・・・・!」
そして――
スポン
「――や、やったぜ!」
「「「「よっしゃー!」」」」
「ぐうわあああぁぁぁぁぁ! お、おのれバクショウジャーァァァァァッッッッ!」
見事、無梨さんを首領・ズベーリから引き離すことに成功した。それと同時に、首領・ズベーリが断末魔の叫びと共に紫煙となり、雲散霧消したのだった。
「・・・・・・・・・・・・」
「ぶ、無梨さん! 大丈夫っすか? てか、何で褌?」
首領・ズベーリから救った褌姿の無梨さんに声を掛けるが、仰向けの状態で目を閉ざしたまま、何の反応も示さないでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ま、まさか・・・・・・このまま目を覚まさないってことモ・・・・・・」
「嘘やろ! あれだけ皆で頑張ったのに・・・・・・。そんな、殺生な・・・・・・」
「我らのしてきた事は、無駄であったというのか・・・・・・」
「クソ! 僕がもっと早く作戦を思いついていれば・・・・・・」
他の仲間達もそれぞれ思いの丈を口にし、自身の不甲斐なさを悔いていた。
「・・・・・・無梨・・・・・・」
博士が未だに目を覚まさない自分の弟に寄り添い、目に涙を浮かべながら何度も名前を呼ぶ。
「無梨、後輩達が頑張ってくれたんだ! 助かったんだよ? 頼む。目を開けてくれ!」
「博士・・・・・・」
「お願いだ、無梨。もう一度声を――音を聞かせてくれ!」
博士は感情に身を任せたまま、大きく振り上げた腕をそのまま無梨さんのお腹に叩き付けた。
「博士! そんなにしても無梨さんは――」
「(パチクリ)」
「――えっ! 嘘ッ? 起きた!」
「(ブーッ!)」
「「「「「クサッ!」」」」」
博士の腹部殴打で目を覚ましたかと思ったら、強烈な臭いの屁をこく無梨さん。
その臭さたるや、まるでスカンクの如し。
「おお無梨! 再びお前に会えて嬉しいぞ! 全くお前は・・・・・・。昔から心配ばかりさせおって! 今度は私がお前を守ってやるぞ! そうでないと、兄として立つ瀬がないからな!」
「(ブーッ! ブッブブーッ!)」
「フフ・・・・・・。そうだな!」
「「「「「いや、ワケわからん!」」」」」
五人の正直な感想がそのまま口から飛び出していた。
「博士、何ですの? このハゲ――いや、弟さんオナラで会話してますやん!」
「昔から弟は口下手の人見知りでね・・・・・・。人前で喋るのを恥ずかしがっていたんだが、オナラで会話や意思表示をする特技を身に付けたんだ。そのお陰で好きだった芸人となり、兄弟漫才師として活躍できたのだよ。慣れてくれば皆も聞き取れるハズさ。しかし、あまりにも絵面が汚すぎると言われ、テレビなどのメディアには出られず、仕事は劇場だけだったがね・・・・・・」
「話をするより、人前でオナラをする方が恥ずかしいのでハ・・・・・・?」
「ふ、褌姿はどうしてなんですか?」
「これは弟の普段着だよ? 無梨は暑がりだから通気性に特化した褌が好きなのさ」
「褌に通気性とか求めんなし! その格好の方も恥ずかしいだろ!」
「(ブーッ! ブッブッ! ブブッブブーッ! ブピッ!)」
「・・・・・・あの、博士? 弟君は何と仰られているのだ? さっぱり分からんのだが?」
「ふむふむ。えっ! ずっと私達のマンションの真下の階に居た? だから《笑力計測グラスィズ》がお前の笑力を感知していたのか! お前のオナラの香りを感じたのも、女幹部が窓ガラスを割ったから微かに臭っていたんだな。しかし、何故別の階に部屋を借りたんだ?」
「(ブブブーッ! ブッブッブウブーッ! プピーッ!)」
「いつか現れてくれるバクショウジャーの後輩達専用の休息所として、自分の貯蓄をはたいて部屋を借りたのか・・・・・・。私に黙っていたのは負担を掛けない為と・・・・・・。借りれた矢先に首領・ズベーリに体を乗っ取られ、財布に入れていた賃貸契約書の場所を根城にされていた訳か。本当にお前は水臭いというかオナラ臭いというか・・・・・・。最初から私に話していれば速めに助けに行けたものを・・・・・・」
「俺ら、よく失笑団の奴らとエレベーターとかでニアミスしなかったな・・・・・・」
「運が良いのか悪いのカ・・・・・・。距離的に近いのに、大分遠回りした感じが否めませんネ」
当の本人達からしたら感動の兄弟の再会かもしれないが、傍から見たらハゲた褌姿の屁コキ男に一方的に話し掛けている中年男性の図なので何ともシュールである。
「あの、バクショウジャーの皆さん・・・・・・」
「あっ! 橙里ちゃん!」
おずおずと声を掛けてきたのはマイスイートエンジェルの橙里ちゃん。
今回の戦闘では彼女の協力が得られなければ勝利は無かっただろう。
本当に感謝してもしきれない。
「おお! アイドルのお嬢さん! 君の配信のお陰でバクショウジャーに力が戻ったよ。ありがとう!」
「い、いえいえ! 私はその、出来る事をしたまでで、ファンの人達やおじ様が手伝って下さったし・・・・・・。えへへ・・・・・・」
博士の感謝の言葉に照れ笑いを浮かべる橙里ちゃん。
「橙里ちゃん、本当にありがとう! 俺、君の推しで良かったよ!」
「――あっ・・・・・・」
「えっ! 何で博士の後ろに隠れるの? 何か気に障ることした?」
橙里ちゃんは俺から身を隠すように博士の背中に回り、顔を見せなくしていた。
「え~、何でだよ~・・・・・・」
「まあまあ。女の子には色々と準備があんねん。ウチがその原因を作ったのもあるけど、もう少し待ってあげてや」
「ピンクが原因? まあ、推しの為に待つのはファンの宿命みたいなもんだから、別にイイけどさ・・・・・・」
ピンクに窘められて、橙里ちゃんとの会話を我慢する。
他の男共がニヤニヤと下衆な笑みを浮かべていたのは腹立たしかった。
「でも、これで世界は平和になったんだよな? 俺達、勝ったんだよな?」
「そやな! レッドの言う通り、失笑団のアホ共を全滅さしたから一件落着やな!」
「・・・・・・・・・・・・そうとも言えないかもですヨ?」
「「え?」」
ブルーの言葉に、俺とピンクは眉根を寄せる。
「おいおい・・・・・・。無梨さんを首領・ズベーリから救い出して、奴は消え失せたんだぜ? もう何も出来やしねぇだろ?」
「空を見てくださイ。首領・ズベーリが居なくなったのに、まだ汚い紫色のままでス」
「・・・・・・ほ、本当だ・・・・・・。何でだ?」
「じ、直に戻るんとちゃう? 宅配ピザを頼んでいる間にお日様が顔をチラ見せしてくるやろ」
「・・・・・・何か嫌な邪気を感じる」
ブラックの言葉に、全員に緊張が走る。
「――ッ! みんな、伏せて!」
イエローが叫ぶや否や、紫色の発光が視界に入る。
そして凄まじい爆音と共に、衝撃が俺達を襲った。
「「「「「「「「うわああああああああ(ブーッ!)!」」」」」」」」
何かが俺達の近くに落ち、その風圧で後方に勢いよく飛ばされた。
地面に打ち付けられた体の痛みに耐えて立ち上がり、全員の安否を確認する。
「み、みんな無事か? 橙里ちゃんは?」
「な、なんとカ・・・・・・生きてまス・・・・・・」
「急に何やねん! 元気過ぎるデリバリーかいな?」
「博士、大丈夫ですか?」
「ああ・・・・・・。ありがとう、イエロー。君が私達に覆いかぶさってくれたから、大事には至らなかったよ。お嬢さんも、怪我は無いかい?」
「は、はい! 無事です! ここ、怖かった~」
「ぐくっ・・・・・・! さっきの光、もしや・・・・・・」
「(プボッピーッ)」
「よかった! 全員、生きてんな」
とりあえず全員の無事が確認できて安堵する。
「でも、さっきの光は何だったん――」
「全員、空を見よ!」
「――えッ?」
ブラックが指差す方へ顔を向けると、
「な、何だよ、アレ!」
その光景を見て、俺は自分の目を疑った。
『ハーハハハハハハ! バクショウジャー共よ! 俺はまだ死なんぞ!』
視界に映ったのは空いっぱいに広がった紫煙が、巨大な首領・ズベーリの頭部を形作り、俺達を見下ろして語り掛ける光景だった。
「デカッ! 何がどうなってんの? あいつ、消えたんちゃうの?」
「(ブウブッププピポブーッ!)」
「そ、そうか! 首領・ズベーリは無梨の笑力を吸収してパワーアップを果たし、肉体は無くとも多少は活動できる状態になっていたのか!」
「シット! あんな状態の敵をどうやって倒せばいいんですカ!」
全員が上空を見つめるだけで、文字通り手も足も出ない状態だ。
『ここで貴様らを打ち倒し、俺を追い詰めた鬼美明日香の娘の体を依代にして復活を遂げてやる! 感動の親子の再会をプレゼントしてやろう』
「そ、そんな・・・・・・」
それは死刑宣告とも受け取れる残酷な仕打ちだ。
恐怖のあまり、橙里ちゃんは自分の身を寄せてガタガタと震える。
「ふざけんなよ、クソ野郎!」
「レッドさん・・・・・・」
「橙里ちゃんは絶対に守り抜く! テメェは地獄に直送してやるから二十四時間耐久ヲタ芸ダンスをしながら推しに対して一生反省の弁を述べとけや!」
橙里ちゃんの前に立ち、堂々と勝利宣言をしてみせる。
『フン! 相変わらず、威勢だけはいいな。だが、どうやって俺を倒すつもりだ?』
「それは・・・・・・・・・・・・イエロー、何かいい考えない?」
「カッコよく決めたと思ったら人任せかい! 危うく見直すところだったよ!」
『失笑波!』
「「ぐわあッ!」」
アホなやり取りをしていると、間髪入れず首領・ズベーリが失笑波を打ってきた。
それも一発だけじゃない。上空の紫煙からまるで雨のごとく降り注いでいた。
「こ、こんな猛攻に耐えきれませんヨ! どこか安全な場所ニ・・・・・・」
「奴が空を支配している以上、安全な場所なんぞなかろうて! クッ・・・・・・! 鍼で防ぐのが精一杯だ!」
『グハハハハハ! 五木! 無梨! 貴様らとの関係も最後だと思うと、笑いが止まらんぞ!』
「首領・ズベーリの奴め! 笑力を傷つけることに使いおって・・・・・・! 罰当たりが!」
「鬼美ちゃんはウチの後ろにおり! 離れたらアカンで!」
「ハ、ハイ! ピンクさん、ありがとうございます!」
「なーに! 後輩を守るのも先輩の役目やからな!」
「えっ? 後輩・・・・・・?」
「ッ! いやいやいや! 今の忘れて! 無理なら頭に突っ張りするケド?」
「今メッチャ忘れました! 好配な株を守るって事ですよねっ? ねっ!」
「聞き分けが良い子は好きやで!」
それぞれが首領・ズベーリの攻撃から身を守っていたが、それも段々と限界に近付いていた。
「ヤ、ヤバイ! 反撃の手段が無い! このままだとマジで全滅かもしれねぇ・・・・・・」
「(ぽんぽん)」
「!」
急に肩を叩かれて驚く。
振り返るとそこには無梨さんが立っていた。
「な、何すか無梨さん? もしかして、この状況を打破する秘策があるとか?」
「(ブビビビーブッ! ブブブブッブブーッ!)」
「分かってたけど、やっぱり分からん!」
案の定、会話が激ムズなので博士に通訳を頼む。
「博士、無梨さんは何て言ってるんです?」
「そ、そうか! その手があった!」
「えっ? やっぱり何か考えが?」
無梨さんのオナラを聞いて、博士は目を輝かせる。
「五人とも聞いてくれ! 今から五人の笑力を無梨に注いでほしい。戦況を変えられるぞ!」
「弟君に笑力を・・・・・・?」
「注ぐって、どうやってやるんです?」
ブラックとイエローの問いに対し、博士はニヤリを笑う。
「今までバクショウジャーは私と無梨だけだったから使えなかった技がある。その技は無梨の本来のポテンシャルを引き出し、全ての失笑力に打ち勝つだろう」
「ファンタスティック! それでその技というのハ?」
ブルーの期待に応えるように、博士は無梨さんに合図を送る。
「無梨! フォーメーション『キャノン』だ!」
博士の言葉を皮切りに、無梨さんが頷く。
「(ブ――――――――ッ!)」
すると無梨さんは開脚をし、とてつもないオナラで空を飛び、そのまま落ちてきた。
「「「「危ない!」」」」
俺以外の四人が無梨さんを助けようと動き、地面に落ちる前にキャッチする。
仰向けの状態で大の字で落ちてきた無梨さんをブラックが右腕,ブルーが左腕,右足をイエロー,左足をピンクが持っていた。
「完成だ!」
「「「「「何がっ?」」」」」
博士の理解不能な言動に、全員でツッコミを入れる。
「博士これ、ただハゲた褌のおっさんを支えてるだけちゃいますの?」
「フッ。それでいいのだよ」
博士は得意げに言うと、高らかに宣言しだした。
「これぞ、『転失気肛砲ブリブリキャノン』だ! 無梨は笑力の力を利用して武器になることができる! この形態も力の一つだ。そして、この時の無梨は仲間の笑力を己の力に変換することが可能だ。私の時は一人だったから重くて持てず、弟の持ち腐れだった。しかし、君達五人なら弟を扱えるハズだ! さあ、首領・ズベーリにドデカい一発をお見舞いしてやれ!」
「あの~、俺は?」
四人が無梨さんの体を支えており、俺の役割だけが不明瞭だった。
「レッドはトリガーを押してくれ」
「なるほど! で? そのトリガーはドコなんです? 視覚的に見当たんないんスけど・・・・・・」
「『転失気肛砲ブリブリキャノン』のトリガーは無梨の両乳首を同時押しだ! 頼んだぞ!」
「頼まれねぇわ! 何が悲しくておっさんの乳首を押さないと――うわ! 無梨さんがこっち見てる! 目で『優しくして?』って訴えてくる! 怖い!」
俺だけ損な役回り過ぎるだろ。
『フン! つまらんコントは済んだか? ふざけた格好のまま、全員で仲良くあの世へ逝け!』
とうとう痺れを切らした首領・ズベーリが無差別ではなく、俺達に向けて失笑波を打ってきた。しかも、これまでとは比べ物にならない程の大きさだ。
「レッド! 覚悟を決めて、乳首を押して!」
「レッドよ! 急ぐのだ! 弟君の乳首を押して世界を救え!」
「お前らは右足と右腕だからいい加減なことを言えるんだよ! 場所代われ!」
「大変でス! 首領・ズベーリの技がすぐそこまで迫ってますヨ!」
「アンタ・・・・・・。みんなを、推しを救いたないんかッ!」
「・・・・・・レッドさん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クソッタレ!」
俺は急いで無梨さんの頭側に駆け寄る。
(推しにこんな姿を見られるのは辛過ぎるぜ)
「ヨシ! 全員、定位置に着いたな。六人の笑力が高まっているのを感じるぞ!」
確かに博士の言う通り、お互いの笑力が強くなって、無梨さんに注がれているのを感じる。
『消え失せろおおおお! バクショウジャーアアアアアア!』
特大の失笑波との距離は、既に十メートルを切っていた。
「「「「レッド!」」」」
皆の想いと期待に応えて、ハゲのおっさんの両乳首に、自分の両人差し指を置く。
少しくすぐったかったのだろう。無梨さんはビクンっと体を揺らし、熱い眼差しで下から俺を見つめてくる。
それをガン無視し、失笑波衝突まで三メートルを切った頃に、深く深呼吸をする。
「ニッッップゥーシュートォォオオオオオオオ!」
無梨さんの両乳首を押し、失笑波に向けている肛の門から絶大な威力の笑力の塊が飛び出した。それは黄土色の螺旋状の光線となり、特大な失笑波を打ち破った。
『な、何だとッ!』
そしてその光線は空を我が物顔で支配している首領・ズベーリへと届く。
『ぐうッ! クッサ! そ、そんな――バカなああああああ!』
黄土色の光線が首領・ズベーリを貫くと同時に、紫煙に穴が開いてそこから青空が顔を覗かせる。その勢いのまま、波紋となって紫煙は中心部から消え去り、いつもの空を取り戻した。
「やったぞ、みんな! 巨悪に打ち勝ったぞ!」
「凄いです、バクショウジャーの皆さん! カッコいい!」
後ろで博士と橙里ちゃんが歓喜の声を上げていた。
俺達は無梨さんを手放し、地面に背中を強打しているのを尻目に、五人でハイタッチを交わした。
「――うう。グヌゥ・・・・・・!」
「「「「「ッ!」」」」」
「う、嘘・・・・・・! あの人、まだ生きて・・・・・・!」
橙里ちゃんが驚くのも無理はない。
視線の先には今までとは打って変わって、見るに堪えない程に小さくなった紫煙の首領・ズベーリがいたのだ。
「まったく、しぶといやっちゃなー」
「僕らの膝下くらいまで小さくなってますヨ。放っておいても勝手に消えそうですネ」
息も絶え絶えの首領・ズベーリ。しかし、そんな奴に近づく一つの影があった。
「ムッ! あやつは・・・・・・」
そこには失笑団の女幹部、オスベリーナが首領・ズベーリに寄り添っていた。
「おいたわしや、首領・ズベーリ様。私がバクショウジャーのガキに後れを取ってしまったばっかりに、こんな弱々しい姿になってしまって・・・・・・」
オスベリーナは目に涙を浮かべながら、首領・ズベーリを抱き寄せる。
「首領・ズベーリ様! 私を依代にお使いください!」
「「「「――なっ!」」」」
「あのオバハン、何を言い出すんや!」
オスベリーナの発言に対して驚いたのは俺達だけではなかった。
「オ、オスベリーナよ・・・・・・。自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
「私が芸人の彼氏に捨てられて悔しくて毎晩泣いていた時、突然現れたあなたがずっと話を聞いてくれた・・・・・・。それだけで私、十分救われました」
「オスベリーナ、お前・・・・・・」
首領・ズベーリから手を放すと、オスベリーナは立ち上がり両手を広げる。
そこには覚悟を決めた強い女性の顔があった。
「さあ! 共にバクショウジャーを倒し、無笑の世界を創造しましょう!」
「・・・・・・フッ。そうだな・・・・・・。無笑の世界の為、ここで討たれる訳にはいかん!」
「マズイ! あいつらを止めねぇと!」
「礼は言わんぞ! オスベリーナ!」
「「「「「――ああっ!」」」」」
二人の行動を阻止しようとしたが、間に合わなかった。
俺達の前に再び、首領・ズベーリが顕現した。
「・・・・・・オスベリーナよ、お前の想いは無駄にせんぞ」
首領・ズベーリはゆっくりと俺達に向き直り、大剣を抜く。
「バクショウジャーよ、今度こそ最後だ! 失笑団のボスとしての覚悟を見せてやる!」
「みんな、気を付けるんだ! 《笑力計測グラスィズ》で測った奴の失笑力が、今までと比べ物にならないほど上昇している!」
「今度こそ正真正銘の八重歯、よしんば、正念場、ですネ」
「オバハン・・・・・・。敵ながら仲間を思いやる、見事な最期やったで」
「全員、気を引き締めて! 僕達は誰も欠けちゃならないんだから!」
「大丈夫だろ! 俺達なら!」
俺は仲間を鼓舞する為に、声を張り上げた。
「俺達五人と、博士に無梨さん。さらに橙里ちゃんの八人いれば敗北の二文字は無いぜ!」
「よう言うた、レッドよ!」
俺の激励に、ブラックが賛同する。
「実は前に話した気になっていた事を鍼灸院で試し、成果が得られたのだ!」
「『気になっていた』って、それってこの戦闘で役立つことなの?」
イエローの質問に、ブラックが力強く頷く。
「さらにこの戦いで自信が確信に変わった! そこでレッドに一つ、頼みたい事があるのだ」
「俺に?」
ブラックから告げられた言葉は、衝撃的な物だった。
「首領・ズベーリとサシの勝負をしてもらいたい」
「「「「「「「えっ!(ブッ!)」」」」」」」
その場にいる全員が驚きの声とオナラを隠せなかった。
ブラックは静かに語りだす。
「笑力で力を増強した時と違い、今の首領・ズベーリは仲間の体を取り込んだ失笑力そのものの存在だ。だから笑力も有効打となろう」
「・・・・・・」
「しかし、やはりその力は本物だ。全員で挑んでも、勝てるか分からぬ。先程イエローが言った通り、我も誰も死んでほしくない」
「・・・・・・・・・・・・」
「だから弟君が武器になった時の力を応用する。我の鍼にみんなの笑力を集め、敵を討つのだ。しかしそれには、大分時間を要する。だから――」
「・・・・・・分かったよ」
「レッド! いいのか? 相手は首領・ズベーリだぞ! もっと違う作戦を考えよう!」
「博士、ありがとうございます・・・・・・。でも、ゆっくり考えている暇はない。そうでしょ?」
「あなたが心配! 僕は後輩! だけど心は超絶信頼!」
「フッ。ありがとうな、ブルー」
「必ず帰ってきてよ。まだ見せてないリアクション芸、百個はあるんだから」
「イエロー。そんなにリアクション芸をしたら、また救急車を呼ばれちまうぞ?」
「ウッ・・・・・・、ウッ・・・・・・。も、戻って来んかったら、祝勝会の料理・・・・・・全部ウチ一人で食べちゃうんやからな!」
「ピンク・・・・・・。それいつもじゃない?」
「レッドさん・・・・・・」
「橙里ちゃん、これまで本当にありがとう。アイドルの君をここまで危険にさらしてゴメンね?」
「ッ! そんなことないです!」
「と、橙里ちゃん・・・・・・」
「確かに怖い思いもしたけど、あなたに関われて、少しだけど勇気と自信を持てるようになったんです。・・・・・・だからお願い。勝って!」
「・・・・・・推しにここまで言われたんじゃ、成し遂げない訳にはいかねぇな。任しといてくれ!」
「(ブーッ! ブッ! ブボッピ! プブップブーッ!)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。やっぱ分かんねえ」
「レッド。頼んだぞ・・・・・・。全てはお前に掛かっている」
「心配すんな。ご指名通りの働きはしてやるよ」
俺はブラックと拳を合わせ、首領・ズベーリと対峙する為、歩き出す。
「待つんだ、レッド!」
「?」
博士に呼び止められて、足を止める。
「丸腰では心許ないだろう? 無梨!」
「(ブッ!)」
博士の掛け声で、無梨さんが顔を上へと向けた。
「(ハァ――――――――ッ!)」
無梨さんは口から黄色い息を吐き、それを自分自身へと纏わり付かせた。
黄色の煙が段々と消え、無梨さんが異形の姿で現れる。
鍔の部分が無梨さんの顔で、柄の部分に対して上空を向いている。
顔は開口しており、その口から黄土色の鋭い刀身が鈍く輝いていた。
「無梨の能力の一つ。『口臭剣クチクセイバー』だ! 遠慮なく使いなさい」
「ありがとうございます」
ポイ
「コラコラコラ! 弟を雑に地面に投げ捨てるんじゃない! 何が不満なんだ!」
「不満に決まってんだろ! 何でバクショウジャーの武器はキモいのが多いんだよ!」
絶対にヒーローが使う様な武器じゃ無いことだけは確かだ。
「さっきの戦闘で剣を折られたんだから贅沢を言っちゃダメですヨ! 無いよりマシでショ?」
「そやで! キモクサい剣なんてメッチャ新しいやん! 時代の先取りや!」
「だったらお前らが使えよ! 時代の先駆者の称号をやるからよ!」
「「・・・・・・」」
「黙って互いに押し付けあうな! 納得してねぇけど、この剣もどきで戦ってくるわ、もう!」
『口臭剣クチクセイバー』を渋々手に取り、首領・ズベーリの前に立つ。
「待たせやがって・・・・・・。お仲間との今生の別れの挨拶は済んだのか?」
「律儀に待ってるなんてお利口じゃないか。仲間とじゃねぇけど、お前に一生の別れを告げてやるよ。覚悟しな」
「フン! オスベリーナの協力により、純粋な失笑力で復活した俺は慣れない笑力の力に振り回されることはなくなった。パワーダウンなどと期待するなよ? 確実に貴様を葬り、鬼美明日香に復讐を果たして無笑の世界を創ってやる! それがあいつとの約束だからな・・・・・・」
「へっ! やれるもんならやってみやがれ! この世から笑いは無くならないってことを分からせてやる! 行くぞ!」
「来い、バクショウジャーのレッド! 無笑の世界の礎となれ!」
俺のクチクセイバーと首領・ズベーリの大剣が打ち合い、火花を上げた。
「始まったか。皆の者、我の体に触れてくれ。この一本の鍼に笑力を集中させる」
ブラックは両手で鍼を持ち、胸の前で支えていた。
「「「了解」」」
ブルー,ピンク,イエローがブラックの背中に手を当て、笑力を流す。
すると鍼が薄く輝きだし、強い笑力を感じる事ができた。
「どや? 成功か?」
「いや、まだだ! 首領・ズベーリを消滅させるにはこの笑力の強さでは足りぬ!」
「ハァ、ハァ・・・・・・。意外と体力を持っていかれますね、コレ」
「一人で頑張っているレッドの為に、急いで完成させないと・・・・・・!」
「――あ、あの!」
「む? 貴殿は・・・・・・」
「私にも協力させてください!」
「鬼美ちゃん、アンタ・・・・・・」
「また沢山の人に呼び掛けて、笑顔の力を集めます! 眺めて願ってるだけじゃイヤ! 私も出来る限りのことをします!」
「おお! これぞ大和撫子なり! 協力、感謝いたす!」
「はい! あの、おじ様・・・・・・また配信の――」
「安心したまえ! もう準備できてるよ!」
「ッ! ありがとうございます!」
『また何か始まったぞ! 橙里ちゃん頑張り過ぎ! 体とか大丈夫?』
『空が晴れたのはバクショウジャーと橙里ちゃんのお陰なんでしょ? ありがとう!』
『空が晴れた瞬間、ちょっと臭くなかった?』
俺と首領・ズベーリは激しい剣戟の攻防を続けていた。
「元アイドル好きとして忠告してやる! こちら側が想い、慕っていても向こうは簡単にそれを踏みにじる! それでもお前はあの小娘を愛せるのか!」
「余計なお世話だ! 俺は彼女の笑顔が好きなんだ! 聞き惚れる歌声で救われたんだ! 例えどんな結末が待っていようとも、この感情が消えることは無い!」
「バカが! 口先ではどうとでも言える! 実際に裏切られ時、お前は俺と同じ道を辿るだろう! それが今から楽しみだ!」
「――ッ」
確かに、好きな女性に傷つけられた経験は俺にはまだ無い。
それは想像もできないし、したくもない。
だけど――
「俺は大好きな推しを憎んだり傷つける事だけは――絶対にしないっ!」
「――グオッ!」
「そこだ!」
全力の薙ぎ払いで首領・ズベーリの体勢を崩し、クチクセイバーを頭に振り下ろす。
「甘いわ!」
「――チッ!」
すぐさま体勢を立て直した首領・ズベーリに、クチクセイバーの一閃を防がれてしまった。
「うおおおおおおッ!」
「ぐぬあああああッ!」
俺と首領・ズベーリの勝負は、一瞬の気の緩みも許されない鍔迫り合いへと移行した。
その時――
「ッ!」
後方でとてつもない光の輝きを感じた。
目の前の首領・ズベーリも俺から視線を外し、光の方を見て驚愕している。
俺も首だけ後ろに回すと、そこには――
「待たせたな、レッド!」
強い虹色の光の柱を、頭上で持ったブラックが立っていた。
《笑力計測グラスィズ》を使わなくても分かる。
ブラックが持っているのは沢山の笑力が注がれた鍼だ。
「い、いつの間に・・・・・・あれだけの笑力を・・・・・・!」
「フフッ。どうだ? 俺の仲間はスゲェだろ?」
笑力の強く美しい光に困惑している首領・ズベーリに対し、仲間自慢をしてやった。
「首領・ズベーリよ・・・・・・。貴様が苦しめた我の仲間や大勢の人々。そして、アイドルの姫君により集められたこの笑力の光鍼・・・・・・。受け止める覚悟は出来ているか?」
「グウウ~・・・・・・」
ブラックの言葉に、首領・ズベーリは動揺を隠せないでいる様子だ。
「た、確かに凄まじい笑力だ・・・・・・。だが、所詮は細い鍼! 当たらなければ意味は無い! お前が近づけばこの小僧共々切り捨ててやる! 投擲するにしても、この鎧を貫かねば意味は無い! 違うか!」
「・・・・・・その通りだ。これをお前に刺すのは困難を極めるであろう」
「ちょっ! ブラック! あんた何を弱気なこと言い出すんや? ウチらと鬼美ちゃん達が一生懸命に集めた笑力やで!」
「勝負を捨てるなんて、ブラックらしくないですヨ! せっかくの笑力をみんなに還元! ブラックまさかの敗北宣言?」
「あの『気になっていた』ってのは何だったの?」
焦るピンク達をよそに、ブラックは静かに言い放った。
「だから――だからこれはレッドの肛門に突き刺す!」
「何でだバカ!」
このクソッタレは何を言い出すんだ?
「思い出してみろ! タコスベリーを一撃で葬ってみせた跳躍力とパワーを! あんな芸当が出来るようになるのは間違いなく、我が一族が探している『笑いのツボ』の効能であると確信した! それを実証すべく、我はバイト先の鍼灸院で患者の肛門に鍼を刺しまくったのだ! 結果は上々! 皆が大声を出し、飛び跳ねるほど元気になったのだ! いやぁ、まさか肛門の中にツボがあるとは恐れ入った! さすが『笑いのツボ』と言ったところか・・・・・・。だからこの鍼をレッドの肛門に入れパワーアップさせ、笑力と『笑いのツボ』の力で奴を滅する!」
「「「なるほどー」」」
「どんな理屈だ! 電話口で聞いた悲鳴はそうゆう事だったのか!」
「でも大丈夫なんですカ? 視力が悪いあなたではレッドのヒップホールにも鍼を刺すのも無理なんジャ・・・・・・」
「案ずるな! これまで何度もレッドの尻に鍼を刺してきたのだ! 今の我なら例え、目を瞑っていてもレッドの尻にだけは鍼を刺すことが出来る!」
「捨てちまえ! そんなゴミみてぇな特技!」
「皆、最後の仕上げだ! 『笑いのツボ』を刺激する笑力の鍼を完璧にさせる為、今一度――力を貸してくれ!」
「「「任せろ!」」」
「やめろお前ら! 余計な事するな!」
「私も! お役に立てるように精一杯歌います! みんな、いっくよー!」
『『『よっしゃああああああ――――!』』』
「橙里ちゃん! マジで今は頑張らないで! 頼むから大人しくしてて!」
「こ、これがバクショウジャーの友情・・・・・・! 推しを信じ続けた者の奇跡なのか?」
「全然違うわ! どうしよう? 前も後ろも敵だらけだ!」
首領・ズベーリだけではなく、何故か俺もピンチになっていく不思議な状況に、心と体が追い付かない。
「むむっ! キたキたキた! 最高の笑力の鍼の完成だ! 両者とも、覚悟はいいな?」
「「ま、待てええええええっ!」」
「笑鍼千万! 穿て! 肛の門より悪しき笑気、いざ退散!」
「「やめろおおおおおおおおおおっ!」」
ブラックの手から虹色に輝く笑力の鍼が放たれる。
それはブレることなく凄まじいスピードと勢いのまま、鍼は俺の大事な大事な穴に侵入を果たした。
俺の体は虹色に包まれ、鍔迫り合いの状態から難無く力で押し切り、クチクセイバーの刃が首領・ズベーリを一刀両断した。
「「ぎいやぁぁあああああああああああああああああああっ!」」
首領・ズベーリはとてつもない笑力の斬撃に、俺は無理矢理パワーアップした代償としての地獄のような尻穴の激痛に対して悲鳴と絶叫を上げていた。
「ぐわああああああああ! お、おのれバクショウジャー・・・・・・! 笑いとスベる芸人がいる限り、俺は――必ず還ってくるっ! つ、次こそはアイドルと芸人共に絶望を与えてやる! それまで束の間の芸人人生を楽しんでいろ! グ、グハハハギャアアアアアアアアアアアアア!」
バクショウジャーと沢山の人々の笑顔の力により、首領・ズベーリは完全に消滅した。
みんなで取り戻した青空から見える太陽も、笑って祝福しているように思えた。
「や、やったんやな? ウチら、勝ったんやな!」
「・・・・・・・・・・・・あの~」
「ああ! 僕らバクショウジャーだけじゃなく、鬼美さんや沢山の人達の協力で勝てたんだ! やっぱり笑いの力は最強だよ! 改めて芸人とヒーローで良かったと思える!」
「え、え~と・・・・・・」
「引き寄せた勝機! 全力の勇気! 最後はみんなで完全笑利!」
「質問、なんですけど・・・・・・?」
「この勝因は『笑いのツボ』だけではない。最高の仲間と笑いを愛する全人類の想いがもたらした結果だ。我は今、猛烈に感動している!」
「も、もしもーし・・・・・・」
「いやぁ・・・・・・。一時はどうなるかと思ったが、私達の後輩は順調に育っているようで嬉しいよ。なあ、無梨?」
「(ブッ!)」
「――あの! 皆さん!」
「「「「「「うん?(ブッ?)」」」」」」
橙里の大声に、皆が反応を示す。
「勝利の余韻に浸るのを邪魔したくなかったんですけど・・・・・・。すぐそこで黒焦げになって地面に転がっているレッドさんが心配じゃないんですか?」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー(ブー)」」」」」」
橙里に言われるまま、全員で視線を移す。
そこには変身が解け、白目をむいて服ごと真っ黒焦げになっているレッドこと、赤利攻増が倒れていた。
笑力の鍼をその身で受けたからか、ズボンが破れてお尻丸出しであった。
大量の笑力の使用は、それだけ体に負担が掛かったのだろう。
辛うじて息をしていることは確認できた。
「これは・・・・・・やな」
「そうだね」
「ですネ」
「それがよかろう」
「じゃあ、みんな! 私達兄弟のマンションで祝勝会だ! なんなら無梨の借りた君ら後輩専用の部屋で盛り上がろうじゃないか!」
「(ブブッブーッ!)」
攻増以外のバクショウジャーの面子は、それだけ言うと踵を返して帰路に着こうとしていた。
「ちょちょちょ! イイんですか? レッドさんを放っておいて! あれだけ頑張ってくれたのに?」
橙里がバクショウジャー達の様子に驚愕していると、イエローが口を開いた。
「もう救急車を呼んだから心配ないよ。一人の若者が推しのアイドルを目の前にしてテンションが上がって爆発したってテキトーに理由づけもしておいたから大丈夫。後はプロに任せるよ」
「鬼美ちゃんも、早く事務所に無事なことを連絡しないと心配してると思うで。途中まで一緒に帰ろ?」
「ブラック。またギョーザを作ってくださいヨ。次こそは奪われない様に気を付けたいでス」
「? まあ、よかろう。このまま材料の買い出しにでも行くか」
「・・・・・・ええ・・・・・・」
何事もなく歩いていく六人に橙里は若干引いてしまったが、渋々と後ろから付いていく。
少し歩いて振り返る。
「・・・・・・ありがとう。お節介焼きで少しカッコ悪い、最高のお笑い芸人さん」
頬を緩ませ、顔を赤らめた橙里の視線の先には攻増が居たが、本人がそれに気付くことはなかった。
「とっても楽しそうにしているお爺さんが言ったこととかけて、我々と解く」
「「「「その心は?」」」」
「どちらも爆笑じゃ(バクショウジャー)であろう」
「「「「上手い! 座布団百枚!」」」」
「(ブーッ!)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
攻増は薄れゆく意識の中で、仲間達が笑いあっているのを聞いた。
怒る気力はもはや無く、足音が遠のくと同時に聞き覚えのあるサイレンが近づいているのに安心を覚え、そのまま気絶したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます