第6話
それは昨年──僕らが二年生の頃だったそうな。
紅葉の季節に海野は無落に言われた。
『あなたさえ良ければなのだけれど、一緒に死んでみない?』
それがファーストコンタクトだったらしい。
認知はしていたそうだ。瑠璃宮の名を知らない人など少なくとも校内には居ない。人脈の広い海野に限って無落を知らないわけもなかった。
ただ、あくまで言葉通り認知の域を出ない。人の言うイメージが果たして真実か否か、確かめようがないのだ。
何故なら友達ではないから。放課後に屋上で一人、暗瀬の死を想っていたところ、突然と横に並んで自殺の勧誘などされるような関係にないから。
怒りを覚えたそうだ。
瑠璃宮の名を背負う者が死に誘うことに衝撃を覚えるでなく、自らを殺そうとするその神経に腹を立てた。
だから、こう言った。
『良いわけねえだろアホの陽キャだって乗らねえよさっさと消えろ』
…………いや、まあ、分かるよ。割と正しい意見だからね。僕がアホな陽キャ以上の存在かどうかはともかくとして。
ただ、ちょっと口悪くない?
無落はその口の悪さに動揺一つ見せずにいたらしいけれど。
「うん。あたしも言いすぎたなって。後日謝ろうとした」
でも、と続ける。
それからのこと、偶然廊下で遭遇した無落に頭を下げようとした海野は恐怖した。
そこにいたのは、いつものことながら静かで煌びやかな瑠璃宮無落だった。
世界への不満なんて縁遠い彼女。
自分を囲う世界は平和に満ちている彼女。
そんな彼女が腹のうちでは死を望んでいる、その事実に打ちのめされた。脅威すら感じた。
「何食わぬ顔している人が人殺しだったら怖いでしょ? あたしにとっては自殺も同義。本当に……怖い。他に言いようもない」
殺人衝動を抱えているのに、今を生きている。
日常に潜む人殺し。
なるほど。そういう意見も、そういう見解もあるのか。
「ひとえと瑠璃宮さんが接点を持ったことを知って、真っ先に思い浮かんだのが自殺の勧誘だった。言葉にこそしてこなかったけれど、その……ひとえは以前から、もしかしたらって」
曖昧に誤魔化す。
そうか。僕はそんなに死んだように生きていたのか。暗瀬の幻聴の通りだな。
「まさかだろ。僕が……自殺だなんて。笑えない冗談だ」
白々しいセリフを吐く。
聞いてどう思ったのか、海野はぼうと空を見上げた。晴れ間の少ない空だ。
「分からないよね。なんで自分から死のうって言うの?」
「……それは……分からなくて当然さ。今に納得している人が、死のうとしている人の気持ちなんて分かるわけがないよ」
「今に……?」
「なにも好奇心で死のうって人はいないよ。それができる人はいない。自殺には必ず理由と決意が必要なんだ。好奇心は理由に足らないし、決意に至らない。覚悟ができている人の気持ちなんて、覚悟を知らない海野が…………僕らが分からないのは無理のない話なんだ」
「自殺を肯定しているようにも聞こえる……尊敬の方が正しいかな……?」
「いや、肯定も尊敬もしていない。もしも仮に海野や霞が自殺を仄めかしてみろ。僕はそれこそ死ぬ気で自殺を否定してやる。……ただ、死ぬ気のない人が自殺志願者に対してできることは何もない。同情も共感もできない。本当にそれができると言うのなら、そいつは同じ自殺志願者だ」
中学三年の時だ。とある女の子と友達だった。そこそこの人間関係があった当時の僕にとって、彼女は別段仲が良かったというわけではなかったし、遊びに行くこともなかった。
しかし、彼女の存在を忘れることはできない。
『君に分かるわけないでしょ! 同じ立場でもないのに!』
あの時の言葉が頭から離れない。
そのせいで簡単に同情や共感ができなくなった、なんて言い訳をするつもりはないが、脳裏にちらつくのは事実──。
──海野が唖然としていた。
いらないことを口にしすぎた。
「とにかく、教えてくれてありがとう。海野が瑠璃宮さんを警戒しているというのは伝わったよ」
話を戻すと、海野は静かに「うん」と頷いた。
そして続ける。
「だから、改めてハッキリ訊くね」その顔はたしかに強張っていた。「瑠璃宮さんから自殺に誘われた?」
「誘われてないよ」
変に間が空かないように即答したが、むしろ不自然に食い気味な答えになったかもしれない。自然体って、どうして意識をするとこうも難しくなるのだろう。
「本当?」
「本当だとも。僕が海野に嘘をついたことがあったか?」
「結構あった」
「…………結構あったね。うん、馴れ合いの範疇ではあったけれど。さすがにノーカンじゃない?」
常識を逸脱した嘘は過去一度も吐いたことがない。たしか存在しない漢字を作ってこんな文字も知らないのかよと馬鹿にしたことはあった(中学の図書室で辞書を引く姿がどうしようもなく可愛くて大笑いした後に鳩尾を殴られて決着した)けれど、本当にその程度だ。
その他も細々とした嘘はついたけど……え? マジで引っ張る気か?
「ふふ。あははっ!」
突然海野は笑った。どこまでも眩しい笑顔は見慣れたものだが、一体どこに笑うポイントがあったというのだ。
「そうだね。ひとえが自殺だなんて……あり得ないことを聞いた。ごめん。クラのことを乗り越えて今があるのに──あたしったら、本当に大馬鹿者だ。分かってなかった、ひとえがどれだけ強い人なのか」
「うん。まったくだよ」
分かってないなあ。
強いってなにそれ。誰だよ。
おまえの目の前に居るのは、自殺に誘われて、同意して、今の事実を聞いて僕は無事に無落と死ねるのかと不安がっている、どうしようもない弱虫だよ。
×
「千里は本当にひとえを信じたの?」
やあ、暗瀬。君が僕の前に居るということは、ここは夢なんだね。
……信じたと言うと? 今日に公園で話したこと? あ、今の時間によっては昨日になるか。
「今は午前三時。ま、昨日の話になるね」
そっか。
うん。きっと信じたと思うぜ。
「じゃあ、なんでひとえは千里との関係に亀裂が入ったと確信したの?」
……それは。
「あの時点でひとえは直感したんだ。『海野は無落が僕を自殺に誘ったと予想している』と。自分がどう言い訳したところで彼女には届かないと。本能的な直感」
……僕は酷い奴だ。
「仕方ないんじゃない? 数式みたいなものでしょ。人が何かをする時には必ず結果が付きまとう。簡単にどうこうできることでもないよ」
もっとやり方があったのかな? この先……僕の生き方に。
「それを考えるのは今じゃない。全てが終わってから。今はただ、君が納得できるように」
わかった。
また会える?
「勿論。生きていれば」
×
死ねばではなく?
生きていればまた?
おかしな話ではないか──と思いもしたけれど、そもそも実際に暗瀬と対話をしているわけではなく、あくまで僕の脳内での出来事なのだ、おかしくてなんぼだろう。
やっぱ、ツッコミどころは欲しいよね。
「……つーか、訊きたいことは他にあったよな」
夢の中だと思考が定まらないことがよくある。非日常を当たり前のようにして過ごしていたり……夢なんてそんなものだろうけど、目が覚めてみれば『あの時こうできたはずなのに』と後悔が生まれる。
どうしようもないことなのに。
……いいさ。
生きていればまた会える。
何度だって、死ぬまでは。
×
四月十三日。
亀裂が入ったままと夢の中で自覚させられても尚、僕と海野は校内で上っ面だけを見せ合う。
どうにも気持ち悪かった。お互い腹の中で『こいつ嘘ついてんだよなあ』と思っているのだから当然だろう。
初めてだ。心を許した友達相手にここまで悪き情を覚えるだなんて。
僕がはっきり言えば解決するのだろうか? いや……まさか。冗談じゃない。
「ひとえ」
無落の声がしたと思ったら、彼女は海野の席に座っていた。
気づけば昼休みに入っている。海野と霞は席に居なかった。
「どうしました? 考え事なんかして」
「僕に考え事は合わないって?」
「お昼にしましょう。弁当は持たない人でしたよね。食堂に行きますか」
「マイペースすぎない? 別にいいけどさ。会話しようよ、会話」
無落は小さく笑い、その血染め色の目を細める。その様子を見て悪い気はしない。素直に笑えると言うのはいいものだとすら思えてしまう。
それだけ魅力的な表情を眺めていると、教室内の人の視線が僕らに集まっていることに気づいた。ヒソヒソとこちらには聞こえない程度で何かを話している。無理のない反応だとは思うが、あまり気分が良くなる様子じゃない。どうしても二年の頃を思い出してしまう。
気遣われ、
同情され、
非難され。
いや……自衛に入るよりも、ここは一つ成長したところを見せてやろう。
「いいのか? 周りの目とか」
と、無落に訊く。彼女は裏のない笑顔で答えた。
「可愛いものですよ、好奇心があるって。人の本性が全面的に出ますから。わたしは好きです」
「大人の余裕だね」
「いえ。人間としての器です」
なんて誇らし気に言うけれど、無落も無落で死を抱えているんだよなあ。人間ってのは分からないものだ。
僕らは席を立ち、並んで教室を出ようとする。が、ドアの前で二人組の女子に呼び止められてしまった。
「ねえねえ。二人ってそんな距離感だっけ?」
「いきなり仲良くなったよね! もしかして付き合ってたり?」
悪意のない、好奇心旺盛な笑み。なるほど、これは可愛らしいもんだ。
僕と無落は顔を見合わせて肩を竦めた。
「そんなんじゃないさ」
「その程度に見えます?」
……無落が自信満々に言った。言いやがった。霞の時の対応からまるで成長していない。呆れを通り越して無落こそ可愛い存在に思えてきた。
とにかく、より騒がしくなった教室を抜け出して食堂にやって来た。
注目が最小限になるように端の席に向かい合って座る。少量の定食を摂取しながら、改めて瑠璃宮無落の存在感に打ちのめされる。
彼女の一挙一動が美しく完成されている。そりゃあ注視もしたくなるな。こんな人間、今後目の前に現れるかどうかってレベルだし。
何を話すにしても緊張するんだろうな。それは大人にしたって同じこと。僕だって以前なら無落を目の前にこんなこと言い出せなかったかもしれない。
でも──今は言える。
「海野を心中に誘ったな?」
お互いの器が空になったところで切り出しす。
特に驚いた様子もなく、無落は小さく頷いた。
「……怒りました?」
「怒ってない。けど、それはあくまで結果的に海野が生きているからだ。もしもあいつが無事じゃなくて、その原因が君にあったと知ったら──」
死ぬほど恨んでた、と素直に言う。
目つきが鋭くなったことを自覚する。『もし』の話で熱くなるなんて馬鹿らしと思われるかもしれないが、友達の生死が関わればそうも行かない。
家族が、恋人が亡くなって、どうして『死』に対して鈍感でいられる?
「僕が何を言ってるんだって話だけどね。他人の死に怒りを感じるというのに、僕は友達に打ち明けることなく死のうってんだから。自分勝手の極みだ」
「それは捉え方の問題ではないでしょうか」
と、無落は人差し指を立てた。
「もしわたしが海野さんの立場ならば、たしかに自分勝手だと思います。しかし、友達の死を本気で想える人は今の時代そういませんよ。そこまで自虐的にならなくていいかと」
「……煽てるなよ。友達が死んだら誰だって同じ反応をするさ。これは僕の特別なんかじゃない」
「真剣ですよ。事実、わたしは親友の死にそこまで感情的になれなかったし、友達の死を自慢話にしかしない人を知っている。誰もがあなたのような善人ではありません」
そう言われて悪い気はしなかった。
本当に僕はいい奴なんだと錯覚してしまいそうになる。そんなわけがないのにね。暗瀬に笑われてしまうよ。
しかし、こんなことを真剣に言うのなら、今からする質問にも嘘は交えないことだろう。
「どうして海野だったの?」
「彼女も羽倉さんの死でかなり気を落としていましたから。もしかすると──そう思って先走ってしまいました。本来ならば下調べをさせてから誘うつもりだったのですが……」
「誰にだよ。怖いよ財閥」
嘘が含まれていたのなら気が楽になったのに。
「とにかく、彼女はわたしの想像よりもずっと強かった。アレだけの闇を抱えておきながら、それでも真っ直ぐに生きようとするその心意気は素直に褒められたものかといえばそうではないのでしょうけれど……」
「──闇?」
「はい。彼女にフラれた後に分かったことなのですが──」
「や! 二人とも!」
──心臓が止まるかと思った。いつのまにか、海野がテーブル横に居たのだ。それも満面の笑みで。
話に没頭しすぎていた。それはどうやら無落も同じことのようで、彼女もまた目を丸くしていた。
この人もこんな顔するんだなあ。
「瑠璃宮さんって女の子好きなの? 彼女にフラれたって」
「よく堂々聞けるよね、海野って」
……じゃなくて。
海野は昨日、無落への恐怖と警戒心を口にしていた。なのに今はどうだ。まるで古くからの友と居るようじゃないか。
なんだ? この矛盾は。
口にしていいものなのだろうか……。
「いえ、フラれたというのは……。……そうですね。女の子大好きです。基本同性がオカズです」
真実を伝えることも無理に誤魔化すことも面倒だと判断したのだろう、とんでもないカミングアウトをする無落だった。
あれ。離れた場所に座る男子たちの声が大きくなったような気がする。もしかして、僕と一緒に居る以上に黒い噂が蔓延するのでは?
「わたしの性癖はさておいて、海野さん、何か御用ですか?」
「うん。用がある。二人に」
海野は僕に視線を巡らす。
決して純粋ではなく、どこか企みのありそうな笑顔を浮かべて言う。
「着いてきて」
×
この学校の校舎は三年前に大規模な改装・増設工事が行われた。元々古びた本館と部室棟だけだったところを、新たに特別教室棟と部室棟を設立。無駄に広くて過ごしやすいのは確かにそうだが、絶妙に移動教室の際が面倒。
本来の役割としては用済みとなった旧部室棟は物置にされているが、時折少数生徒の溜まり場になることもあるとか。
「──って言う認識だけど、間違ってる?」
僕は一歩先を行く海野の背中に訊ねた。
「合ってるよ。一部無知な点があることを除けば」
棘のある返答に僕は肩を竦めた。
そして隣の無落に目をやって補足を求める。
「無落は?」
「わたしもひとえと同じ認識です。こうして立ち入ることも初めてでして」
本館とは真逆の古びた建物を珍しそうに眺める。白が貴重の清潔感と近未来感に溢れたあちらとは違い、足を進めるたびにどこか軋む音のする木造建築。横に広い二階建て。今は四月だから気温に文句はないが、きっと夏にはとことん暑く、冬も冬で寒いだろう。
しかし、とても雰囲気のある空間ではあるのだ。
僕だって立ち入るのは初めてだし、この学校の過去に興味があるわけでもないのだが、当時活用していた人たちの記録──歴史が自ずと見えてくるようである。
無関心の相手にすらそう思わせる老朽具合は、取り壊しの日も近いことを考えさせた。
「ここだよ」
海野は二階の教室の前で立ち止まる。三回のノックをすると、中から「どうぞ」と女の子の声がした。
中に入ると、そこは至って普通の部室。十畳ほどの広さ。中央に四つの机を集めて繋げている。
奥──窓際の席に女の子が座っていた。
黒縁眼鏡のショートヘア。清楚な雰囲気の漂う彼女はどうやら読書中だったらしく、栞の飛び出した本が机に置いてあった。
「……なに? また面倒事ですか?」
と、僕らを見てあからさまに嫌悪感を出す女の子。敬語だから後輩なのかと思ったら、靴の色が同じ赤だ。
「うん! 悪いけど面倒事。めっちゃ拒否権あるよ」
海野の素直すぎる肯定に彼女はため息を吐く。
いや、そもそも面倒事ってなに?
「紹介するね、お二人さん」
海野は女の子の横に駆け寄って密着する。
「この娘は
彼女──蓮城さんは顔にかかった海野の金髪を払い、押し除けた。
「いいです、自分で言えます。名乗れますよ。勝手にわたしを紹介しないでください」
「あはは。ごめんごめん」
ではどうぞ、海野は彼女の隣に座る。
「改めて。蓮城いのり。ここの部長やってる。今後縁があればよろしくお願いします」
今は縁がないときっぱり言う蓮城さん。自己紹介から「早よ出てけ」と伝えられるとは、随分と強気な人だ。
「えっと、僕は……」
「いえ、結構です。夢乃夜ひとえと瑠璃宮無落。知っています。二人とも有名ですから」
「…………有名、ね」
方向性は違うけど、まあ有名だよな。
「詰めるような言い方、嫌いじゃありませんよ」
無落は笑顔で蓮城さんの向かいに座った。その流れで僕も無落の隣──海野の向かいに座る。
「そう? ありがとうございます。わたしはわたしのこう言うところが嫌いですけどね」
やばいこの人。僕と無落のこと死ぬほど嫌いじゃんか。
「早速仲良しさんになったね。安穏安穏」
海野は満面の笑みで頷いた。これは煽りが入っているのか……?
「それで、千里」蓮城さんが腕を組む。「面倒事の詳細は? わたし、次の時間体育だから早めに戻らないといけないんですよ」
「うん。じゃあもう本題に入ろっか」
そこに笑顔はなく、ただひたすらに真剣さがあった。何を笑い飛ばすこともできず、誤魔化すことは不可能。
明確な答えを出さなければならないと思わされる。
「ひとえと瑠璃宮さんには、この部──請負部に入ってもらう」
×
請負部。部員一名。部長、蓮城いのり。五年前、とある男子グループがノリで結成した。
活動内容は人助け。自主的に悩んでいる人を探すのではなく、生徒からの依頼を請負部が請負か否かを判断するそうだ。
──しかし。今まで一度として、持ち込まれた依頼を断ることはなかった。
「……その割には耳にしない部活だね。嫌味とか皮肉とかじゃなくて、単純な疑問なんだけど」
「人の悩みというのは簡単に打ち明けられないものだということは想像できますか?」
蓮城さんは鋭い目つきで言う。
「たしかにくだらない依頼を持ち込む人もいますが、しかしその全員が真剣に考えて、それでもうまくいかずにここへやって来る。恥を殺してね。請負部にしか打ち明けていない悩みを請負部が秘密裏に解決する。依頼の解決は消失と同義。請負部の名が広まらないのはごく自然のこと。
そもそも、請負部の名は真剣に悩んでいる人以外に口外しないようにという条件があって依頼を請け負っている。耳にしない? 当たり前でしょう。あなた達は悩みがないと言うことなのだから」
……正直、少し舌を打ちたいところではあった。
僕と無落は抱えている悩みがあるからこそ自殺をしようという決意に至ったのだ。口外していないから伝わり用がないのは当然のことだが、だからと言って知ったようなことを口にされるのはたまったもんじゃない。
眉根を寄せる僕に対し、無落はその笑顔を崩すことなく言った。
「いいですね。偏見に塗れた身勝手な想像で毒を吐く。嫌いじゃないですよ。賢い見た目に反しているところが、ええと、ギャップ萌え? というやつですね」
「そ? ありがとう。わたしはわたしのこう言うところが嫌いですけどね」
「二人とも十年来の友のようだねー」
海野の発言に僕は苦笑する。どっからどう見ても殺伐としてるんだろうが。
「……話、戻すけどさ。僕と無落をこの部に入れると言ったよね」
「うん。入ってもらう。勝手でごめんだけど、こればっかりは引けない」
「なぜか訊いても?」
と、無落が僕の言葉の続きを奪う。
「ごめん、その前に」海野は僕らから蓮城さんへ視線を移した。「部長さん。二人の入部は認めてくれる?」
「いいですよ。それ自体が依頼だというのなら、嫌々ながら請け負います。しかし、入部するというのなら、積み上げてきた過去を無碍にさせるような行いは許さないですよ」
マジで素直だなこの人。素直で、そして……真面目な人。
「ありがと! やっぱ持つべきは蓮城いのりだね!」
さて、と雰囲気を改める海野。
「二人を入部させたい理由はあたしの勝手で……。何か、こう…………ここでの活動で心境の変化があればいいなって」
目を伏せ、肝心な部分をあやふやにする。
口にしたくない言葉。それを何も知らない蓮城さんに広めるわけにはいかないと言う意識。
「あたしなりに必死で考えたつもり。誰かと関わって、笑顔と縁が生まれて、この先が続く。二人の未来に良い影響が与えられたらって……あは、ごめん。うまく伝えられないや」
僕と無落は何も言わなかった。
伝わっていないわけがない。しかし、それを口にしたところで信用はされないのだろう。現に、こうして海野は僕と無落が自殺するのではないかと危惧しているのだから。
関係に亀裂は入ったままだ。
でも、こうして期待してくれていると言うのなら、僕は──
「……無落。僕は入ってみていいと思うが、君はどうだ?」
無落は静かに頷いた。
微かに笑みを浮かべ、どこか遠くを見るようにして言う。
「やれることはやりましょう。その結果得るものがなかったとしても、あるいは後悔を重ねることになったとしても、何一つ問題はないのですから」
「ああ。そうだな」
やれることはやる。失敗も成功も挫折も貫徹も零から百までなにもかも、死ねば全て無に還るのだから。
昼休みが終わる。
話が落ち着いた後でも蓮城さんからの嫌悪感は止まることを知らず、それは少し異常に思えた。
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