好敵手→フレンズアピアー!

 移動した後、やはり不機嫌なシアンにチクチクと言われた。それに他貴族からの視線が槍の様だったため、恐らくお呼び出しがほぼ確定だろう。

 とはいえ、午前のみで全新入生の測定が終わり午後からはお待ちかねの模擬戦が始まる。


(試験の中で一番人が多いかも。やっぱりみんな戦いを見るのが好きなのか)


 模擬戦。学院がで授業でも取り組んでいる実戦演習の一つ。ルールは簡単、自分の側に現れるクリスタルを相手に破壊される、もしくは戦闘意思をなくしたら負け。使用の魔法に制限はなく武器の持ち込みも可能。

 今回はトーナメント制になっており、勝ち進めばシアンやトウリャン…そして最後に待つのはアイルが負け確の主人公との勝負。負けたアイルは貴族階級以外の生徒たちからも恐れられるようになり悪口に冤罪、前世で言うイジメが始まっていくのだ。

 じゃあ勝てばいいじゃない?いやダメなのだ。勝っても待っているのはルキアとのバトル。


(どっちにしろやだぁ)


「さぁやってまいりました。学院名物、新入生の模擬戦トーナメント!今年の優勝者は誰になるのか!」


 嫌でもストーリーは進行される。開催場所の闘技場でよく通る実況の声が開始を告げ、観客席がわああと盛り上がりを見せる。


「気になる対戦表は講堂に掲示してありますので、まだ見てない方、そして参加する新入生は是非ご確認を!」

「…ん?」


 実況の発言に目を丸くした。

 こうどう、こうどうはやはりあの講堂か。常に人がいて僕が未だに足を踏み入れたことのない食堂と繋がっているあの場所。


(え、見に行けないじゃん)


 ゲームでアイルはどのようにして見に行っていたのだろうか。まさか彼女が講堂に堂々と入って対戦表を見ていたとは思い難い。


(ど、どうしよ…)


「ラクリマさん?であってるかな?」


 考えあぐねていた中、聞いたことのある声の方に振り向く。そして私は心の中で悲鳴を上げた。なぜならそこにはいたのはリリース二周年記念と同時に実装されたキャラクターがいたからだ。


「初めまして。トフス・ウィンステルンって言います。一応男子寮の寮監と、4年生の授業を受け持ってるよ」

「どうして」


 主人公と出会うのはまだ先のはずなのにここにいるのか。疑問の本当の意味を知らないトフスは笑う。

 よくよく考えればそりゃゲームの展開速度やキャラ導入と現実となった今が同じわけない。主人公が知り合うのは周年のタイミングも関係しているのだから今の時点からいるに決まっていた。


「講堂に見にいくのは難しいだと思って。メモを渡しにきたんだ」


 渡されたメモには対戦表と私の初戦の順番が書いてある。

 なんだ、親切なだけかと緊張の糸が解けた。


「ありがとうございます」


 深くお辞儀をすれば、気にしないで〜と穏やかな笑みを浮かべる彼。


「戦い見てるからね。頑張って」

「は、はい」


 それじゃ、と言ってトフスは教員達が座る席へ戻って行った。焦りが杞憂で終わりホッとする。

 最初に戦う相手はモブの男子生徒。これに勝てばトウリャンとの戦いが待ってるためさっさと初戦は終わらせてこよう。


(思ったより楽だったな…)


 初戦を難なく勝利し、二回戦目のトウリャン戦となった。

 やる気に満ちている彼の周りにはピンク色のクリスタルが浮いている。弓を装備してきていることから、得意の魔導弓術での攻撃を使う予定なのだろう。


「アイル、よろしくな!」

「うん、よろしく」


 試合開始の合図とともに、魔法で作り出した鳥をクリスタルの破壊へ向かわせる。しかし相手も軽く対応。風の刃に鳥が切り裂かれた。

 そしてその後ろからは竜巻が複数。びゅうと吹き荒ぶ音がアリーナを埋める。流石、風属性を得意とするだけあってすごい威力だ。


「魔導弾」


 銃を使わず竜巻めがけて弾を放つ。高威力の魔法がぶつかりあい、激しい音を残して竜巻が消滅した。


「そこや!」


 桃色の光をまとう矢が3本飛んでくる。避けようにも竜巻を消したとはいえ未だ残る強風でうまく動けない。こちらが竜巻を消し去ることも作戦のうちだったか。


「吸収」


 手のひらに現れた黒い球体が矢を暗闇の奥へと飲みこんだ。

 驚いて動きの止まった今が距離を詰めるチャンス。一気に直線を駆け出す。

 ブンとクリスタル向けて拳を振るうがトウリャンと一緒に避けられ、負けじと回し蹴りを出される。

 見事にヒットし、その身長からは想像もつかない威力で吹き飛ばされた。


 影の分身体が。


「それは偽物だよ、トウリャン」


 背後から声をかけると彼は驚きながら振り向く。

 しかし遅い。クリスタルは手の中で砕かれていた。


「私の勝ちだ」


 影分身と影移動、これは闇属性の魔法に分類される初歩的な魔法だ。前世で有名だった忍者も使ったコピーを生み出す影分身。そして影移動は自分、もしくは他者の影に潜り込んだりそこから登場することができる。


「なっ!?」

「おっと危ない」


 振り返った時にバランスを崩しかけたトウリャンを支える。

 とっさとはいえ、フォークダンスとかで見るような構図になってしまった。これは流石に観客席の皆が悲鳴なり歓声を上げた。


(いやなんでこんな時に歓声?)


 こんな悪の権化扱いされている人間が距離を近づけていたら非難とブーイングの声が来るだろうに。なんでか原因を調べてみると、トウリャンの目隠しがずれて瞳が見えるようになっていた。

 くりっとしたピンク色の瞳、しかも近くで見れば肌はとてもきめ細やか。やはりこれがゲームキャラクターであるという事なのだろうか?

 立ち絵で見た時よりもだんぜん良くて、これには驚きである。


「顔、綺麗だね」

「は…。ちょ、戦い終わって言うのがそれか!はよ立たせ…え?」


 きっと彼は胸板を叩こうとしたのだろう。しかしそこに板はない。"ない"とはいえ叩こうとした先は柔らかく、指の関節は湾曲にそって柔らかく曲がった。


「アイル…女の子なん…?」


 見る見るうちにトウリャンの顔が真っ赤になっていく。どうやら知らなかったらしい。


「そうだよ。あといつまで掴んでるの?」

「ご、ごめん!!…あの、男子かと思ってて。シアンにも昼に聞いたらあいまいな返事しかしてくれへんかったし…えと、ほんまごめんー!」


 トウリャンは恋愛の経験が薄いのだろうか。勢いよく謝ったかと思えば、真っ赤な顔のままアリーナから全速力で去っていった。


「…あ。こけた」



 ***


 トウリャンとの戦いの次はご令嬢をひねり倒し、ようやくシアンと対戦がぶつかることとなった。

 3戦続けて相手を秒殺。雷属性も相まって移動が電光石火の如く素早い。そして試験好成績なだけあってやはり一筋縄で勝つことは難しそうだ。


(クールで真面目で優秀。そこは知っていたけど…)


「やっと来ましたか。開始時刻ギリギリとは、もしかして来ないのかと思いましたよ」


 この煽るような舐めた態度は何なのだろうか。ゲームでも確かにそんな場面があった。だからこそわからせ二次創作が増えてたのも知っている。しかし矛先が自分だとなかなかに腹が立つ。


「逃げるなんて、そんな情けないことはしませんよ」


 シアンがムッとした表情を反応する。火花が間を走ったところで開始の合図が鳴る。

 第4試合、シアン戦がスタートした。


「魔導銃」

「させませんよ」


 シアンが放った放電によって作成用の魔法陣が破壊される。そのまま追撃で雷属性の魔導弾が放たれるため、距離を取って今の彼が持つ魔法スキルを見極めることにした。


「さっきの威勢はどこいったんすか?もう少し楽しませてくださいよ」


 シアン、最高潮に機嫌がいいご様子。スキルの確認ということで避けたり結界で雷を直に受けたりしているだけなのだが、どうやらこちらが攻撃できない状態と勘違いしているらしい。

 雷が落ちた直後に鼓膜が破れそうな爆音が響く。結界によって観客達の耳は守られているとはいえ敵であるこちらの鼓膜は全く気にされていないのだろう。おかげで耳がキーンという音を立てはじめ、不安になってきた。


「ちょこまかと…これで終わりにしてあげます」


 電光石火の速さで近づいてきたシアンはクリスタルめがけて蹴りを放つ。観客の誰もが負けを確信した攻撃、しかし私は彼の影を引っ張り体勢を崩させる事で破壊を回避した。


「なっ!?」

「足元注意ですよ」


 魔力で作った杭を影に打ち付け、彼が起き上がるまでの時間を稼ぎこちらは魔導銃を取り出した。


「あらかたわかりました」


 この戦いで使っている魔法はレベル15までに取得する魔法スキル『電気ショック』『落雷』『魔導弾:雷』の三つのみ。ただ本人の技量によってやたらと強く見えていたのだ。

 例え初期スキルでも、本人の力量で化ける。これはゲームでは味わえないだろう。


「今度はこちらのターンです」


 シアンが放ち続けていた魔法の痕跡から雷属性を黒い球体に集め、そこから電流をバチバチと放つ闇の獣を作る。彼に向かって獣を放てば、当然シアンは対抗するために魔法を放つ。しかし獣はやられることなく防護結界に鋭いかぎ爪が入った。


「残念、それは雷属性です」


 この世界には同属性の魔法を放った場合、威力の強い方に吸収されるという現象が存在する。ゲームでは当然なかったわけだが、現実となればこんなことも起きるようだ。

 よって、この獣に対して彼は得意属性が使えない。複数の属性を得意とするキャラには使えない技だが、得意属性がひとつであるシアンには苦戦するものだろう。


「この…!」


 スコープを覗き、狙いを定める。


「そこだ」


 ぱりん!という大きな音が響く。闇をまとう魔導弾は彼のクリスタルに命中、華麗に砕け散っていった。

 まさかといえる俺の勝ちに、いまだ会場は静かなまま。

 結界の閉じる音がよく聞こえる。


「シアン様」


 彼は無言のまま下を向いて動かない。


「ありがとうございました」


 目線を合わせないシアンに対してお辞儀をした。

 わからせ大成功。心の中ではガッツポーズを決めながら。


「…る、」

「え?」

「話がある。このあと休憩入るから、一緒に図書館へ来てください」


(ふむ、令嬢では無く本人にシバかれるパターンかあ)


「…え、普通に入るのですか?」


 訳もわからないまま気配遮断を使いつつ、私を誘ったシオンと、同じくシオンに呼ばれたらしいトウリャンと一緒に図書館まで来た。闘技場からは距離があり、かつ攻撃系の魔法使用を禁止されているここ選んだ理由はなんなのだろうか。


「変な誤解されてません?」

「いやそんな」

「ったく、入りますよ」

「普通に話したいだけやと思うから。ささ、アイルも入ろ~」


 2人に続いて図書館の中に入ると、アニメで見た莫大な本の海が広がっている。前世の教育機関とは比にならないほどの本、本、本。その中で本を読んでいるグリムの姿は確かに図書館の住人だ。

 そしてこんな時でも本を読んでいるとは、さすがである。


「グリムさん」

「あれ、シアンさんにトウリャンさん…それにアイルさんも!」


 グリムは声をかけたシアンよりも先に私のところに来て「本当に遊びに来てくれたんですね…!」と両手を包み喜んだ。


「二人は知り合いなんですか?」

「はい。入学式の日にお会いしまして」

「そうだったんかー。って昨日の夕食時にグリムさん会ったことない言ってたの嘘やんか!」

「あれはその…アイルさんとお友達になってからお伝えしたくて…。それにノエルさんやグルーシャさんとか、ほかの方も多い中でアイルさんにご迷惑をかけてしまう事があったらと思うと…」


(ていうか夕食一緒に食べてるんだ、この三人)


 三人は同じ高級貴族寮に入っており、設定資料集だと部屋も近くてグリムに勉強を教えてもらうショートストーリーが存在していた。


「なあアイル、どんな風にグリムさんと出会ったん?」

「ああそれは」


 会った経緯を2人に説明する。話している時の彼の表情はとても嬉しそうで、悪い印象を持たれてないのだとどこか安心する自分がいた。


「まだ二日…随分と仲が良いようで」

「シアンも仲良くしたらええやん」

「さてどうしましょうね」

「…そうしてると本当に嫌われるで?」


 全く、と腰に手を当てるロボロ。

 嫌っているのはあちらではと言いたいが火に油なので、別のことを聞いた。


「そろそろ私をここに連れてきた理由を聞いても?」

「…確かめようとしたんですよ」


 貴方がトウリャンさんに変な魔法をかけたんじゃないかって。

 その直後に怒った本人をグリムと宥めると、シアンは理由を話し始めた。

 トウリャンが昨日の試験前に話しかけていたことをシアンは知っており、その時に何か魔法をかけられたのではと疑っていたらしい。そして今日の衝突事故でトウリャンが助けた事は操られているからではと推測。不機嫌ながらも実技を一緒に回ったのは様子を観察するためだったそうだ。

 ただ証拠もないので先生に言うこともできず、さらに試合終了後の私を見て自分の目で確かめることを決意。

 図書館ではそもそも、限られた魔導師以外の魔法は入り口に入ると強制消滅させられてしまう特殊結界がかけられているのだそうだ。


(設定資料集に書いてなかったが?)


「結果として何も魔法は使ってなかったし…。トウリャンさんもグリムさんも自分の意思で仲良くしてることが…わかりました」

「そうだったんやなシアン。まぁ…」


 とりあえず謝ろうか。シアンの背中をポンポン叩くトウリャンは言った。

 しかし僕私としては別に謝られてもなぁって感じではある。わからせ成功だあ!とノリノリだったのに。


「いや、あの」

「すみません…でした」


 シアンは頭を下げた。


「自分は大丈夫ですから、顔をあげてください」

「…。」


 本当に大丈夫ですよ、というがそれでも彼は頭を上げようとしなかった。

 さすがに気になって彼の顔を覗こうとする。すると雫が床にぽたり。


(泣いてる!?)


「そんな、泣かないで大丈夫ですよ」


 宥めようとするが聞こえるのは鼻を啜る音のみ。


「シアンが泣いとる。…ノエルでもほとんど見たことないとか言ってたのに」

「よほどだったんですね…」


 慌ててるの私だけかと言いたいが、グッと堪えてシアンの方へ行ってしゃがみ込む。

 ゲーム内でまったく涙を見せるシーンなんてなかった彼が唇をキュッと結んで、声を出さないように我慢しながら涙をポロポロ流してた。


「顔、凄いことになってますよ」

「うるさい」


 やっと顔をあげて目をガシガシと拭いている。


「負けたし、勝手に誤解して…無駄に気ぃ、張って…ほんと最悪。煽ったらボロが出ると思ったのに…」


 ちゃんとわからせはバレていたらしい。そして自覚有の煽りだったとは。


「まったく…。悪いことをする気はありませんし、これからは変に煽んないでくださいよ?」


 シアンの頭をガシガシと撫でる。思ったよりふわふわしてて撫で心地は猫みたい。モフモフの。

 図書館がシン…と静まり返る。そしてふと我に返って思う。


(まずいまずいまずい、やらかしてるこれ!)


 あの猫要素があるとはいえクールなシアンに悪役がやっていいものじゃない。

 気づいて手を頭から戻そうとすると彼の手が上から被さり動かせなくなる。引き抜こうにもぎゅっと握られ完全に捕まった。


(もしかしてめちゃくちゃキレてる…?)


「し、シアン様…申し訳」

「別に俺嫌がってないんすけど」

「え、つまり?」

「…言わせないでくださいよ」


 うるうるとした涙目でこちらを睨みつけてくる。しかし怖さよりもかわいいが強い。こんなのシアン推しの人が見たら悶絶ものだろう。


(悶絶…あれ、これって主人公がもっと後の話で見れる要素では)


 キャラの育成度や親交度によって見れる恋愛要素多めの親愛ストーリーでなければこんな姿…いや、そもそも頭を撫でること自体出来なかったはず。

 これは偶然にしても凄いことが起きているかもしれない。撫でるのを再開すると心地よさそうに目を細めるシアン。なるほど、シアン推しの相互さんが『シアン撫でろ 飛ぶぞ』と育成時に言ってきたのはこういう事だったのか。


(いまやっとわかったよ…ありがとうシアンに諭吉を溶かしていた相互さん)


 これは確かに、かわいい。


「…なあ、もうシアン泣いてないから撫でへんでええやろ」

「あれ、トウリャンさん嫉妬ですか?」


 ちゃうわ!と大声をだしてグリムに怒られるトウリャン。その光景を見ていたシアンは楽しそうに笑っていた。


(出会ってから、そういえば初めて見たかも)


 ゲームで見ていた時よりも段違いで彼の笑顔は素敵だった。

 これが画面越しと生きている人の違いなのかもしれない。


「アイルさん」

「はい」

「俺も貴方と…友達に、なりたいです」


 段々と声が小さくなる彼。思わず顔の筋肉が緩んでいく中、私は応える。


「ええ、もちろんです。よろしくお願いします」


 こうして、好敵手は友達となったのである。



「あ、あの…私も友達に…」

「ぜひ。先輩兼友達です」

「…ちゃっかり乗らないでくださいよグリムさん」

「なあなあアイル、俺も頭撫でてほしいな?」

「ちょ、トウリャンさんまで!!」


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