好敵手アピアー! 2
試験2日目。
まずはスポーツテストみたく多くの種目をこなしていく。生徒の測定が終わり次第、模擬戦が行われる。できるなら模擬戦はパスしたいというのが本音であったが、シアンとトウリャンとの勝負はここも含まれるそうで勝手に申し込まれていた。
「アイル・ラクリマ、防護結界の強度満点」
(また満点取れちゃった)
すでに6つの試験を受けているが…些細なミスがない限り満点が取れていた。いくらゲームと設定資料集で予習済みとはいえ、こんな簡単に点が取れて大丈夫なのかと少し不安になってくる。まして今は二人と点を戦っているのだ。不正を疑われたら何も反論ができない。
「よし。ランク値6以上の人たちは魔力維持の試験用結界に入ってー」
フィジが担当している魔力維持の試験に呼ばれた。この試験は、七星魔法とは別に存在する飛行魔法を使って、一定の高さで浮き続け同じ出力で魔力を出し続けられるのか測る内容となっている。そのため、落ちた時用にフィジが入学式で抱えていたぽよよんとした何か緩い生物が大きくなってクッションとして控えている。
しかしこの試験、アイルにとってはただフヨフヨしているだけで終われない。
(主人公との初接触イベントが接触事故から始まるのは、ネタなのだろうか?)
主人公は参加している一年生キャラから一人を選択して魔力維持の試験を隣同士で受ける。だが慣れてない飛行魔法で制御ができなくなって、アイルに突っ込み衝突。フィジのフヨフヨ生物に落下した後、専用スチルと共に選択したキャラが駆け降り手を差し伸べたり抱えられたりエトセトラ。
アイルそっちのけで素敵シーンが展開される。
(設定資料集にも落ちる直前でフワッと着地。みたいなことしたら良い…とかいう雑な事しか書いてなかったしどうすればいいんだろ)
「やばい、不安になってきた」
それはこっちのセリフだ。
「なら、この勝負は俺が勝つな」
選択されたグルーシャはニヒヒと笑う。
勝つだけじゃなくて操作危うくなった時点でこの子を降ろしてくれ。思わずため息がこぼれた。
そして対策が浮かばないまま、指示を受け魔法陣を展開し始める。
「それじゃあ、開始!」
足元に魔法陣を出現させ、靴の外側から翼をはやす。これがアイルの飛行魔法だ。まぁ実際は自分自身に魔法をかけるため、翼はアクセサリーみたいなものでしかない。
一定間隔で翼がバサッと仰ぐ音を聞きながら、私はひたすら主人公への対策を練る。多分今から場所少し変えてもこっちに向かってくるだろう。システム的に。
魔法で対応しようにも、闇属性が光相手に効くわけもないし。
「どうするか…」
「何が?」
「うわ!?」
背後からの声に振り返るとルキアがいた。いつからいたのだろう、全く気配に気づかなかった。
気配遮断魔法ならば使い慣れている分こちらもすぐに気づくことができたはず。もしかしたら、軍直伝のリアル気配殺しみたいなことができるのかもしれない。さすが軍人、警戒度を1上げておこう。
「いつの間に」
「最初からいたけど。真っ先にハジいってて怪しかったから」
「何もしてないのに怪しむとか…軍人のご子息ならもう少し納得できる理由だと有難いですね」
自分より立場が上の人に対して使う言葉選びではなかったかもしれないが。今は別のところ行ってほしいから仕方ない。突進してくる主人公の巻き添え喰らわれても困る。
「…お前思った以上に口悪いんだ」
「貴方も人のこと言えないのでは」
「確かに」
話し方嫌がって離れてくれると思ったのだが彼は動く気がない様子。フードを被ってるせいで表情も掴めないし、これはどうしたものだろう。
「あの、もう少し距離開けていただけませんか?」
「なんで」
「何がとは言えませんが危ない」
やっぱ企んでるじゃん、ルキアは若干の警戒を見せて言う。
(企むというか対策を迷っているだけであってだな。時間も近づいてきているし。この人を上に浮遊させる?もういっそ闇属性の魔法で包み込んでしまう?…いや、後者は彼の警戒を一歩進めてしまいそうだ)
何なら軍の隠密部隊所属相手になにをどうしたらいいのか。大変困った。
少しでも動いたらザシュなんてことが起きそうな空気感の中、ぶち壊すようにひときわ大きな悲鳴がこちらに近づいてきた。
「うわぁぁぁぁあ!?どいてーー!!」
ある意味でナイスタイミング。イベントが始まったことで主人公がこちらへやってくる。ルキアは舌打ちを残して去っていった。
(…まぁ、対策浮かんでないし私は確実に逃げれないけどね)
制御の効かない自転車の如くこちらに突っ込まれ体がぶつかる。
衝撃の後に痛みが広がる。そしてそのまま背中からフヨフヨ生物に急降下。結界の外からは悲鳴が聞こえているが下はあの生物が…。
「おいフィジなんでクッションいなくなってんだ!」
「クッションじゃなくてフヨフヨって名前が…ってあれ、なんでいなくなってるの!?」
(なんてこった)
魔法を準備しなければ。この高さから落ちたら確実にまずい。
「それ」
闇属性の魔法で作り出した鳥にイザーナを背負わせる。こちらはこちらでフワッと着地するために風を起こして…
「え?」
まだ魔法を発動していないというのに下から風が巻き上がってくる。そのお陰で淑やかな着地に成功。
誰の魔法だろうか。威力的には誰でも使えそうなもの、教師たちが咄嗟に助けてくれたのか。
「ラクリマさん大丈夫か!?」
トウリャンが下まで降りてくる。右手から魔法陣が消えたことから、先ほどの風は彼の魔法だった事が判明した。
「…な、なんで」
「んーっと、尊敬する人の影響かなぁ。人命が優先や!とにかく、無事でよかった!」
やはり序盤の彼はとてもやさしい。焦っていた心にはとても沁みる。
「助けてくださりありがとうございました。でもその、試験が」
「ええねんええねん、残りの試験で補えば良いだけや」
互いにがんばろと微笑む彼に感動を覚えながら私は返事をした。
その少し遠くではグルーシャが降りてきてストーリーが進んでいる。
「おいイザーナ!大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫…あはは」
「どこが。…ほら」
スチル絵にあったグルーシャが手を差し出し、その手を借りて立ち上がる主人公。なんだかスチルならではのエフェクトみたいなキラキラが見える気がするが…あちらはあちらで問題はなさそうだ。
ぶつかったところはまだジンジンしているが接触イベントは一件落着である。
「ラクリマさんに謝罪しないんかアイツ」
隣でトウリャンが少し苛立っているような声色で言う。さすが正義感の強いキャラ、こういった時の礼儀もしっかりしているようだ。
かといって、別に主人公ってこういう時自分のことで精一杯だから私としてはどうでもいい。正直、早く端に行きたい。
「トウリャン様、僕は大丈夫ですから」
まだ試験中の生徒たちが降りてくる前に、いったん結界の端へ移動しようと提案した。しぶしぶといった感じではあったが了承を得て、ささっと主人公たちから距離を取る。
「そういえば…アイルさんっていうんやろ?さっき防護結界の試験を見てて知ったんやけど」
「はい。アイル・ラクリマです。好きなように呼んでいただいて構わないですよ」
「やった!じゃあアイルやな!俺のことも自由に呼んでもらって構わんし、畏まらないでええよ」
別に俺は貴族家系じゃないし、ひらひらと袖を揺らす姿はどこか愛嬌がある。
後に手のひらクルで敵意むき出しになるとはいえここで断るのは何も知らない彼に失礼だ。というわけでこのご厚意に甘えることにした。
「ありがとう、トウリャン。よろしく」
「うん!よろしくな~」
試験の制限時間も終了し、浮かんでいた生徒たちが降りてくる。点数をそれぞれ教師から聞かされると、不機嫌そうなシアンも何故か合流。
残りの試験を3人で回ることとなった。…いや、てっきりトウリャンも主人公たちのところへ戻ると思っていたのだが。
「だって、試験受けてすぐに互いの結果知れた方がより熱くなれるやん」
だそうだ。
「トウリャンさんの考えには賛成です。あんま乗り気しないけど」
「シアンは昨日のランクでメルエルさんとアイルの2人に負けてるから拗ねてるんよ。今のところ点数は全部満点でリードしてるんやけどなぁ」
トウリャンがこっそり耳打ちしてくるが、それはある程度わかってたことなのでクスリと笑ってしまった。余計にシアンがムスッとした表情になったことは言うまでもないだろう。
2人とそのあとも反射神経や精密な魔法人の展開速度などスポーツテストらしさのある内容から、ゲームらしい魔法を使った試験など様々なものを受けていった。
最後に受けるのは魔法の操作性試験。内容は1人ずつ1分間に現れる的へ魔導弾を撃ち込むシンプルなもの。魔導弾を撃つ狙撃魔法以外の魔法は使用禁止。制限時間内に撃った数によって点数が決まる。
「試験場所が三つに分かれてますね」
「それじゃあ分かれて受ける?」
「いや、1人ずつ同じところで受けましょう」
シアンは模擬戦前に実力を見ておきたいのだろう。こちらとしてもぶつかった時にのために構わない。しかも点数はわずか一点差。わからせをすると決めた以上、ここで満点に近い点をとりあの表情の裏にある舐めた態度を変えてもらわなければ。
「わかりました。誰から行きますか?」
「じゃあ俺から行く〜」
袖をヒラヒラさせながら、トウリャンはトタトタと先に試験場所へ向かっていった。
そこには担任が試験監督として任されている様で、こちらに気づいた彼はニコニコと笑いながら手を振っている。
「お〜3人で一緒に動いてるんだねー。うん、アイルに友達ができたようでよかったぁ」
「なんで先生が喜んでるんや。…もしかして知り合い?」
「ううん、本人じゃなくて亡くなったアイルのご両親とね。一時期お世話になってたんだ」
(初耳ですが)
設定にも書いていなかった情報が突然聞こえてきた。妙に親し気だし北の大地にあるラクリマ家に迷わず着た事もゲーム的なあれこれと思っていたが、まさか親と知り合いだったなんて。
それは事前に伝えておくべきだろう担任よ。
「…親、亡くなってるんですか」
「ええ、もう10年以上前ですけどね。おかげでほかのご令嬢がたのような生活とは縁遠いものでしたよ」
思い出される魔獣狩り、そして衣食住安定のためのダンジョン巡りの日々。血と涙しかなかった。
「そうですか」
会話が終わった。しばし沈黙が続く。
こちらから話すことも浮かばず、トウリャンの方へ視線を戻すと試験が始まっているところだった。
開始のブザーで的が出現。高さのある的に動く的…跳ねてる的、瞬間移動する的。種類豊富なモーションだけでなく一つ一つがやけに硬く、トウリャンの威力では一度で壊しきれなくなっていた。まさかと思い他2つの場所を確認すれば的は動かないし高さもそこまでない。
(あの教師まさか…!)
シィラを見れば彼は笑ってこういった。
「2人の時も難易度上げといてあるから頑張ってね〜」
これがランク13を取ってしまったゆえなのか。悪戯心によって高難易度のシューティングゲームとなった操作性試験。
「なんで俺たちの時だけ難易度高くなってるん?」
「その割に俺より高い点取ってるじゃないですかトウリャンさん」
本来なら満点を取ってもいいはず2人が打てた的の数は点数一覧的には7、8割。明らかに僕と一緒に回ったことによる被害を受けていた。
これが悪役令嬢のポジションゆえなのだろうか。こんなところから周りに迷惑をかけていくようになってしまうなんて。
「次はアイルの番だよ~。結界の中に入ってね~」
担任に言われ結界の中央に立つ。トウリャンと担任の応援の声を聴きながら魔法陣を一つ展開した。
「作成、魔導銃」
魔法陣の中から、魔力で作り出した遠距離狙撃用の銃を掴みスコープを覗く。
「おぉーあれが例の魔導弾専用銃!」
「道具使用って…先生これいいんですか?」
「ありあり〜。ていうかあの銃が力を抑えてくれるわけだし」
カウントダウンが0になった瞬間、空中に複数の魔導陣が刻まれ中から的が現れた。
狙いを定め1つ、2つ、3つ。的確にかつ速攻で魔導弾を放つ。
「…速い」
「いや速いだけじゃない、的も硬くなっているはずなのに1発で破壊してる」
遠くにある的は撃ち終わり、残り時間を見れば30秒弱。
「変形」
すぐさま近距離用へと銃身を変え、残りの的も徹底的に破壊し尽くしていった。
「これで、終わり!」
一際大きく響いた銃声と共に最後の的を撃ち終えた。念のため自分のいる結界を見渡すが、的は綺麗さっぱりなくなり魔法陣だけが宙に浮いていた。
タイマーはまだ10秒を残しカウントダウンが止まる。これは明らかにカッコいい満点取得だろう。魔法陣の中に銃を戻し三人の方へ体を向けた。
「いかがでした?」
「す、すごいよアイル!魔具で力抑えてるのに、それでもあの的を撃ちぬくなんて!」
昨日と同じく私以上に担任が喜んでいる。両親と知り合いだったと言っていたし、姪みたいに見られているのだろうか。
「そういえば先生が言ってた銃が力抑え込むって…どういう事や?」
「あぁ、それは」
説明しようとしたところで、すぐ隣に並ぶ結界から大きな歓声が上がった。人集りで見えなかったので、飛行魔法で上から確認をしてみる。どうやら、隣に設置されていた二つの結界でグルーシャとイザーナが見事的を撃ち切ったようだ。
(なるほど、通りでこちらに何か言ってくる者がいなかったのか。これはモブもといNPCの特質として今後使えるかもしれない)
「はあ。抑えてても満点取るとか…規格外のバケモンと変わらないですよ」
「でも闇属性の威力って他属性とは比べものにならないから。あの銃のおかげで50秒はかかってたんだよ」
それにアイルなら、ね?頭の中に入ってくる、背筋が凍るような声。声の主である担任を見れば、濁ったような恐ろしい、それでかつ禍々しい瞳をこちらに見せていた。
(今のは伝達魔法?というかゲームで見ていたあの温厚キャラはどこへ)
もしかして裏の顔あるんだよね実は〜的なやつだろうか。両親と交流のあった設定も書いてなかったことも引っかかる。身の危険を察知して、この場から離れるべきと脳内会議で議決される。
「ふ、2人とも。行きましょ、ほらほら」
「ちょっ、引っ張らないでくださいよ!」
「どうかしたん?」
令嬢たちから呼び出されるかもしれないが、後のことは考えず2人の手を引いてほかの場所へ移動した。
「ふふ、怖がっちゃって」
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