好敵手アピアー! 1

 入学式から次の日。午前中のオリエンテーションを経て、とうとう勝負の約束をした実力測定試験が始まる午後になった。

 今日行われるのは新入生全員の魔力保持量の測定及びランク付け。スポーツテストみたいな内容は明日からだ。


「ホールに着いたら、入り口にある説明用紙を持って好きな席に座ってください。説明を読み終わって心の準備ができた人から、ホール前方の測定場所に来てね」


 それじゃ移動だよ~。とのんびり手を振った担任は一瞬でその場から消えてしまった。

 担任であるシィラが独自に作り出した転移魔法を使ったのだろう。あの力さえあればもっと簡単に移動ができるのに。


(いつか自分でも作ってみるか)


 現在はホールへ移動する集団の後ろを静かに歩いている。気配遮断も強くかけて変にサボりと言われるのは避けたかったため、振り返ったらいると気づくくらいの加減に調節した。

 前世よりかは歩くスピードを遅くせずに済む階段を下りている最中、試験の勝負相手の一人トウリャンがこちらへ近づいてきた。僕よりも少し背の低い彼はこちらを覗くように顔を上に向ける。


「こんにちは。シアンから話はいっとると思うけど、トウリャン言います。」


 今日から2日間、よろしくな。そう言う彼は余るジャケットの袖を揺らした。まだ悪認定されていないトウリャンの話し方はとても穏やかで優しさがある。できるならこの話し方のままでいてほしい、切にそう思う。あの敵意丸出しの発言を前世メンタル豆腐の人間が耐えきれるわけがない。


「あ、私は」

「トウリャン様!?その方に近づいてはなりません!」


 前を歩く集団からトウリャンがいなくなったことに気付いた令嬢たちが悲鳴に近い声を上げ慌ててこちらにきた。令嬢たちの顔はまるで鬼。般若の面をつけているのではと感じてしまうほどに目が吊り上がっていた。


(恐ろしや、懐狙いの令嬢がた)


「呪われたラクリマの家系…この方と目を合わしたら不幸が降りかかると言われてるのですよ!地域によっては石にされるという話もあるくらいです」

「でもほら、目隠してるし…」

「それでもしトウリャン様に何かあったら…私…」


 そのあとに続くセリフは何だろう。またいい嫁ぎ先を探さねばなりません!とかだったらアイルよりよっぽど悪役が似合いそう。


「はあ。そんなにいうなら斜め下に向けてる目線をあなた方に合わせますけど…よろしいですか?」


 今度はちゃんとした悲鳴をあげ、トウリャンを連れ令嬢たちはそそくさとホールへ向かってしまった。


「汚らわしい貴族の恥が…」


 そんな棘を残されながら。

 誰もいなくなった階段でため息が漏れた。多分あちらはこっそり言ったつもりなのだ。これからもこういう事があるのかと思えば、つくづく闇を抱える系の悪役というのは災難ばかりなのだなと全悪役キャラを同情してしまう。


(あれ、でもトウリャンは普通に交流してきた。あの感じだと周りから話は聞いていそうなのに)


 てっきりラクリマと戦うけど色々やばそうだし話しかけないでおこう、的なものを想像していたのだが。

 噂より勝負優先なのか。それはそれで年相応な感じがある。


「あ、ラクリマさん。はいこれ、記載してある説明を読んでから試験受けてね」

「ありがとうございます。フィジ先生」


 ホールに辿り着いた頃にはすでに、魔力測定の試験が開始されていた。とりあえず端の席に座り、もらった説明書へ目を通す。とはいえ内容は設定資料集も読んだことで把握済みだが…。


(読んだかどうか確認するための視線追跡の魔法。教師陣も余念がないな)


 狩猟の際に使われる魔法の中には視線や声、手をかすかに降った時に発生する微風にさえ追跡ができる魔法が存在する。どうやらこの紙は媒体であり、発動者が手に取った者の視線を追跡つまり説明書を読んだか否か判断できるようになっているようだ。

 よくこんな細工をゲーム序盤から組んでいたなと感心してしまう。ましてや新入生は100人を超えているというのにその視線すべてを確認できるとなれば、かなり細かな作業と魔力維持ができる魔導師がいるということ。

 候補は上げれどホールは壇上以外の場所は暗く、人の動きを完全に把握することは難しい。今は諦めて説明書を見るしかなさそうだ。


 魔力保持量の測定及びランク付け。これはホール前方に設置された水晶玉とその奥に設置された特殊結界を用いて行われる、体内にある魔力の量を確認するもの。

 水晶玉に触れると、結界の中で生徒の魔力量と得意属性に応じた膨張反応が起こるように設定されており、魔力が多ければ多いほど膨張も大きくなりランクも高くなる。今回の水晶は学生用が使われており、ランクの値は1を下にして10段階。教師や賢者の測定では15まで段階があるらしい。


「見て!ボンドルド家の」

「本当だわ。なんて美しいお姿なんでしょう」

「やはり美しい方が着る学院の制服は全く違って見えるわ」


 6列前にいる女子生徒の話声を聴いて壇上へと視線を移した。説明書には念のためフェイクの魔法をかけたうえで。


(あれは僕がお世話になっていたキャラの一人、ルキアじゃないか)


『月夜をかける一匹狼』ルキア・ボンドルド。王国魔導軍大佐の一人息子でルキアも軍の隠密部隊に所属している。性格は懐けば大型犬、懐かなければ人見知りが発動され全く話さないほどにギャップが激しい。戦闘時はどこか狂人っぷりも窺えたりする。

 式典や行事以外ではパーカーのフードを深くかぶり表情を見せないようにしているため、トウリャンと揃ってメカクレ好きほいほいとなっていた。しかも瞳は赤と緑のオッドアイ、人気になる要素が揃いにそろっているキャラなのである。

 戦闘面でも素早さと攻撃力が高く、またチュートリアルガチャで一番最初に引いた高レアが彼だったためずっと使っていた。それこそ、転生する前の最後のクエストでも。


(でも、アイルとしては…)


 プレイヤーとしては好印象のある彼だが、<二年生編最終章>でアイルの息の根を完全に止めるのはルキアなのだ。主人公が友情恋愛パワーで瀕死にまで追いやられたアイルは最後まであがこうとする。そこでルキアは魔導師の心臓ともいえるマナ核をナイフで貫き、アイルが落下した場所に辿り着いた主人公に死んだことを告げエンドロールが始まり…。


(そんなの主人公と同等の警戒レベルじゃないか)


 強さは編成にいつも入れていたからおそらく本人よりもわかっている。攻撃は物理技が強いが魔力量は低いため、あまり魔法スキルは取得できない。しかしその分一周年アップデートでの調整でオリジナル魔法が導入され一気に力を増す。その後も追加されていく機能のおかげで単騎戦に関してはトップランクに上り詰めていた。

 だからこそ今回の測定ランクも…。


「測定開始」


 水晶からデータが伝達され結界の中でとんでもない火柱が立ち上がり、近くで記録していた担任がビビっている。


「ルキア・ボンドルド、ランク6」


 機械的な音声でランク値が告げられる。キャラクターの中では低い方。まあ、ほかのモブ生徒に比べたら圧倒的に高いわけだが。それゆえにホールは拍手の音で埋まる。拍手には興味が内容で、フードを被りなおしたルキアは持ち前の身のこなしで席へと戻っていった。

 そのあとも見た事のあるキャラクターや一般生徒が測定を進めていき、ようやく今回のイベント登場キャラと主人公の番に回ってくる。


(長かった…。やっとこの五人)


「よーし、いっくでー!」


 まずはトウリャン・ロン。

 水晶に触れたタイミングで結界の中に大きな風が起こる。ランクは8。


「次は俺!」


 雷属性を扱うグルーシャ・ライドの番。即座に魔法でサングラスを作り対応をとる。

 彼が水晶に触れると電流がバチバチと弾け強い光を放つ。ランクは7。


「皆さんお強いですね~」


 ノエル・ピエシェリカは水晶の前に立つ。

 シナリオ通りの魔力抑制石を左手に隠し持ちながら。水晶を触ると結界の中でキラキラと石が生成され、ランクは3だった。


「またお前」

「えー?ほら、シアンの番ですよ、頑張ってー」


 ニヘラと笑うノエルとバトンタッチしたシアンは深呼吸をしてから水晶に触れる。すると、サングラスがなければ目が眩んでいたであろうほどの雷が発生。

 光が収まった後に告げられたランクは9。

 ホールにいた人のほとんどが歓声や拍手を贈る。新入生の中で現トップの値だし今の時点でこれならもっと成長したら…歓声を上げる理由が今ならよくわかる。

 確かにシアンは覚醒でもっと強くなった。将来を知るものとして頷きながら拍手をする。

 そしてその拍手が小さくなると同時に出てくるのは…


「シアン君すごいね!私も頑張らないと」


 主人公イザーナ・メルエル。

 他生徒たち(主に貴族令嬢)から刺々しい視線が送られていることも気づかないまま、イザーナは張り切って水晶の前に立つ。

 彼女が水晶に触ると、結界の中で柔らかい光がほわほわと現れた。


(あれ、なんか急に具合が…)


 これが有利不利概念なのだろうか。光を見ていると頭が揺さぶられているような感覚に襲われた。再度サングラスを付けなおし、さらに手で覆って少しでも障害を弱めようと試行錯誤する。


(まさか、光属性は大きく弱体させてくる?)


 ゲームでアイルのランクは7と測定される。だが実際に生活してみて、アイルの魔力量はシアンをも超えることは判明済み。むしろあんな北の大地で育ったら余裕で10に行けるはずなのだ。なのに7という数字だったという事はこの光のせい以外に原因は思いつかない。


「イザーナ・メルエル、ランク9」


 ランクが出た直後にざわめきが波のように広がった。名家名門が高ランク出して盛り上がってた中でこいつ何やってんだ、みたいな空気感になる。わからなくもない。

 そして今後も行われる測定では主人公より前に行わせてもらおう、心の中で誓った。


「えへへ、どうよグルーシャ君!ノエル君!」

「くっそぉ、あんな光で9とか…」

「いやぁスゴいですねイザーナさん!グルーシャさん数値出るまであんな調子乗ってたのに」

「ぐっ…明日が本番だ!イザーナ、本気で勝ちに行くからな!」


 あったあったこんなシーン。苦笑いを零していれば、記録表を確認した担任が名前を呼んだ。


「最後。アイル・ラクリマ、おいでー」


 暢気に手を振られるがこちらはまだ光属性の影響で頭のくらくらが取れていない身。なによりアイルのカッコいいムーブを意識し、お辞儀のみで前へと向かう。その際に生徒たちから色々言われたが全部無視して水晶の前に辿り着いた。


「さあアイル、キミの持つ力を測定しよう!」


 そして、キミの力を見せつけるんだ。


「え?」

「どうかした?」


 一瞬だけ。見せつけろと言ったとき、笑顔の隙間から見えた瞳はどこか濁っているきがした。しかし、またすぐいつものニコニコに戻ってしまったため真偽は不明。気になるが時間を延ばしていると苦情を受け付けるわけにもいかないので、一呼吸置いた後、水晶に触れた。

 主人公の数値なんて越してやる、真の実力でランクを取るために、そう思いながら。

 すると、目の前の結界の中には黒い闇の球体が現れる。そこから光を除く属性をまとう光たちが現れ、それぞれが属性反応を出しながらぶつかり合う。


「これは…」

「い、いけない!測定装置の限度を超えてる!」


 触れていた水晶にひびが入り、白い煙が隙間から出始めた。結界もなぜか限界が来ているのか魔法陣の形を変えながらぐるぐると回り始めている。


「伏せて!」


 自分を守る結界を張って伏せた瞬間、水晶がパリンと砕け結界と結界内でぶつかり合っていた光と球体が爆発した。

 そして全てがおさまったその場所では、13の数字と共に一輪の花が咲いていた。


「あ、ああアイル・ら、ピピピ…ラクリ、ラクリマ、ららららランクじゅ、13。じゅうさ、じゅうさ、エラー発生、エラー発生」


 アナウンスの音声もバグリにバグっているわけだが、どうやらとんでもない数値を出してしまったらしい。

 13なんて生徒が出す数値ではないはず。設定資料集ではあの生徒会長でさえ入学当初は10ぴったりだと書いてあったのに。


「す、すごいよアイル!歴代最高のランクだよ!」


 担任は私の手を掴みぴょんぴょんと跳ねた。なんだか本人より喜んでいる気がする。


「全くシィラは…。新入生たちは各自教室の戻り担任の先生が来るまで待機してください。生徒会はお客様の対応を!」


 喜んでいる担任にあきれながらフィジが素早く指示を出し、生徒たちはぞろぞろとホールを後にした。担任も片づけを任されしぶしぶといった顔をしながら掃除に向かった。

 手伝いを申し出るとフィジは「特別な物質を使っているから生徒は触っちゃダメなんだ」と言うので私もまっすぐ教室の戻ることにした。


「魔力量少ないって噂ありましたけど。噂は当てにできないですね」


 階段の踊り場で待っていたのだろうか。姿が見えた途端、彼はそう言った。

 なんとも嫌味な言い方である。その噂を知ってる上で勝負仕掛けてきてるあたりコイツの恐ろしさを垣間見た気がする。


(昨日は巻き込まれて渋々の体で言ってたが、勝つ気満々じゃない?)


 ラスボスまでなるアイルの力、これはわからせが必要なやつだと理解した。


「勝負を仕掛けてきたのはそちらですから、本気でこちらも行わねば失礼かと思いまして。明日も引き続き、よろしくお願いします」


 無表情だったシアンがピクリと眉を動かした。


「ええ。こちらこそ」


 互いの間でバチバチと火花が飛ぶ。

 こうして明日の内容を本気で取り組みシアンにわからせをするなんていう二次創作みたいなことが決まったのであった。

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