灰の瞳はムーンカラー

 なんてことだ。まさか今起きているはずのストーリーで一番大事なキャラクター、グリム・メモリアとぶつかってしまうなんて。

 しかもグリムが来た方向は主人公が隠れているはずの反対側から。


(主人公は何をやってるんだ)


 いるはずの場所を見てみればそこには誰もいなかった。なんならその物陰の前には親と一緒にクラス一覧の塊が去るのを待っている男子生徒のみ。明らかに主人公が来ているとは思えなかった。


(なんで?)


 本来の流れならこうだ。

 特待生として入学する主人公は、式典が始まるまで専用の部屋で待機している。しかし自分と同じ新入生がどんな人なのか気になって、部屋を抜け出してこの場所までこっそりやってくる。

 物陰に隠れて辺りを見ていると先ほどの四人がやってくる。当然、周りのNPC生徒はキャーキャー言うのだけど、イケメンというジャンルを知らないのであろう主人公はなんで叫んでるのかと疑問を呟く。ほとんどの生徒がクラス一覧表に集まってしまい主人公は部屋に戻ろうとするが、道に迷う。


「どうしよう。そろそろ戻らないと先生に気づかれちゃ…わ!?」

「おっと、申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが…。特待生さん、ですよね?」

「え、ええっと…」

「よろしければ、控室までご案内しますよ」


 生徒会に知り合いがいるグリムは新入生に校舎まで道のりを案内する係を任されおり、特待生の顔も知り合い経由で知っていた。そのため迷子になっていた主人公を部屋まで案内し、その道中で例の説明タイムが行われる…はずなのに。


(ゲームから一応現実になったとはいえ、どうして序盤から行動が変わってるんだ主人公よ。それに…)


 グリムをじっと見る。

 灰色の瞳。確かに設定上この色であり、彼はこの色だからこそ苦しんだ過去を持つ。しかし、しかしである。

 彼の瞳が灰色だと主人公が知るのはもっと先の話なのである。覚醒や魔法スキルによってプレイヤーはリリース時から知っているのだが、主人公や一部のキャラクターたちはグリムの瞳は色覚魔法によって藤色に見えているのだ。なんなら、その魔法を恒常化させるための魔法陣でできた蝶を周りに置いていたはず。


(アイルとの戦闘時、確かにストーリーでの弱体化がない限り幻覚や催眠といった精神干渉の魔法スキルは無効化されていた。…なるほど、あれはゲーム難易度を上げるためではなくアイルが持っていた能力だったのか)


 メインストーリー攻略時に散々厄介と思っていたが元からの力ならばそりゃ強いのも納得である。むしろ生き残るためにはかなり重要そうだ。


「あ、あの…大丈夫ですか?」


 じっと見ていたためか、グリムは心配そうな顔をする。どうやら石のような表情筋のおかげか瞳に気づいたことはバレていないらしい。

 ここは一度キャラらしいロールプレイで乗り越えるべきか。


「私は大丈夫です。こちらこそ失礼しました。どこかのバケモノみたく言われてるラクリマ家の生き残りとぶつかったことで、迷惑をかけてしまったらごめんなさい」


 残念ながら追いやられた北の大地育ちに礼儀作法なんてないため、前世の社会で身に着けた90度のお辞儀をした。今度カッコいい礼儀作法を勉強しよう、そう思いながら。

 私がお辞儀をしたことでグリムは慌てだす。


「いえ!そんなバケモノなんて!…家の立場上、あまり大きい声では言えませんけれど」


 全く、それどころかお綺麗ですよ。グリムはそう言って微笑んだ。

 嘘とは思えない言い方、なんて柔らかく温かい笑み。こういう人を世は聖人と呼ぶのだろう。

 つい感極まって、僕も彼に伝えてみた。


「ありがとうございます。私もグリム様の瞳、月のように神秘的で美しいと思います」


 前世の記憶復活も復活したことで少しは動いてくれたら嬉しい表情筋をフル活用して笑った。ピクピクも我慢して口の端を上に挙げているのだ、頼むからそれっぽい笑みになっていることを願う。


「そんな…」


(あれ、むしろ触れることさえ地雷だった?!)


 グリムはうつむき、肩を震わせている。これはつまり初日、しかもメインストーリー序盤も序盤に悪役としての名を上げることになってしまうのか。生徒会に知り合いを持つグリムだ。それはもうスクープ記事のごとく話が広まってダサい学院生活に…


「そんな風に言われたの、初めてです。ありがとうございます…!」


 目じりに涙を浮かべ、白い肌を赤くしながら微笑んだ。目を細めると涙が零れていく。


(まさかのそっち)


 石を取るために読んだキャラクターエピソードも、ゆったり回収したイベントストーリーでも涙目はあってもここまでの反応はなかったはず。なぜ私の一言だけで泣き出したのだろう。入学式直前の上級生は春休みで実家に帰っている可能性、まさか直近で何か言われていたのか。


「あの」


 グリムが声をかけようとしてきた直後、どこからか鐘の音が聞こえてきた。


「今の音は」

「これは北側にある塔で鳴らされる予鈴です。よければ、教室までご案内します!」


 さあ、と未だ涙がちゃんと止まっていない彼は私の手を引いて校舎まで案内してくれた。もとより泣いている人を放置して教室に向かおうとはしていなかったが、グリムの嬉しそうな顔を見たら一応の遠慮もする気が消え、そのまま手を引かれ教室へと向かった。


「まあ!メモリア様だわ!」

「メモリアって、もしかして賢者の?」

「ああ。そのご子息、次男のグリム様だ」


(やはりキャラクターは大変だな)


 気配遮断魔法を使っていなかったグリムは教室まで案内すると、ご令嬢様方を中心として周りに生徒が集まってくる。

 まずいと思って彼を見た時、口パクで大丈夫と言ってくれた。なので自分は自由席という素晴らしい設定に則り速攻で端の席へと向かう。一番後ろで窓際の席。


(入学時点から自由席というシステムを入れてくれるなんて。ありがたや、神様、仏様、運営さま)


 しかも婚約者探しも兼ねている者たちは特に端なんていう影の薄い席には座らないらしい。さすが中世要素7割の世界観だ。クールキャラのシアンでさえもお家柄事情や社交性のあるトウリャンがいることで端の席を選んでいない。

 これで静かなHRを過ごせるようになるだろう。


「はーい。みんな座ってねー」


 グリムがいる扉とは反対の扉から教師が入ってきた。教師はセレストブルーの髪を揺らし、生徒名簿と共にぽよよんとした何か緩い生物を抱えている。


「このAクラスの副担任フィジ・フリージアです。よろしく。式典中にも発表されると思うんだけど、魔法実技を担当してます。よろしくね」


 フィジ・フリージア。『甘い香り誘う絶対零度』のキャッチコピーを持つ学院の教師だ。エイプリルフールイベントをきっかけに使用可能となった教師の一人。


『得意属性はそのまんま氷。HPは低いけど激怒モードに切り替えると効果力ゴリラに早変わり。同じ教師キャラでバフを付けまくれば高難易度さえ乗り越えられる。現在は<一年生編四章>をクリアすれば入手可能。全体攻撃も単体攻撃も行えるため周回にもオススメ』


 普段はしっかりとした頼れる教師なのだが、彼を怒らすとたちまち辺りが凍り付き性格も一変。氷のように冷たくなり心まで凍らせてしまう。ファンたちはむしろそれをネタとして楽しんでいたが、実際にその氷が向けられるかもしれないと思うと恐怖しかない。


「フリージア先生、担任の方はいらっしゃらないんですか?」

「学年主任だから支度がいろいろあってね。学院長代理で話すこともあるからその時にご対面ってことで」


 担任と言えば私を、いやアイル・ラクリマをスカウトした張本人。ゲーム通り学年主任になったらしい。前世の時から思っていたが、あのふわふわとした性格で学年をまとめられるというのだから見た目のイメージはやはりあてにならないと感じる。それこそフィジのようなしっかり者が務める役職だろうに。

 フィジは挨拶もほどほどに入学式の流れをざっくりと説明した。前世の高校と変わらずとりあえず起立、礼、着席を合わせておけば問題はなさそう。各々入学式を行うホールへの移動を開始した。


(まあ暫くは待ってないと。最後にこっそりと行かなきゃ何言われるか分かったもんじゃない)


 周りが心躍らせながら教室を出たのを確認してから席を立つ。早めの移動は前世に比べ真面目な生徒が多いからだろうか。


「真面目さんはとても助か…あれ」


 気配遮断をしてすたこらさっさとホールへ向かうつもりだったが、同じく気配遮断で隠れていたグリムと遭遇した。フィジが教室に入ってからすでにホールに移動してたと思っていたため、なんでいるのかと驚く。


「あの、ホールに向かわないのですか?」

「実は、先生から残ってる生徒がいないか確認して欲しいと頼まれてまして。それに…」


 教師あるある、居たからつい頼んじゃったというやつだろう。こういうのこの世界にもあるのか。グリムにドンマイと同情に気持ちがわいた。


「よければ一緒に行きませんか?共に気配を消してますし先ほどみたいにはならないかと…」


 如何ですか、と恐る恐るたずねるグリム。陰の者として、ホールに向かう際に一緒に行こうと誘う頑張る姿には頷く以外にない。


「ぜひ」


 ***


「それでは、自分は失礼します。お話すごい楽しかったです」


 ホールまでの道のり、グリムは学校に関することや自身が取り組んでる魔法や委員会活動などいろいろな話をしてくれた。どれもわかりやすくかつ面白さもあった話達、図書館の住人になれば彼のように話が上達するのだろうか。

 たいして使うタイミングはないと言え身に着けておいて損はなさそう。


(まずは短編集から読んでみるか)


 頭の中で今後の話術向上計画を考えながら、案内してくださりありがとうございました、とお辞儀をして新入生が座る席に向かうため向きを変える。

 そのタイミングでグリムに手首を掴まれた。


(なんだなんだ、そろそろ時間も近づいているのでは?)


「ええと…お名前をお聞きし忘れてて。私も言ってなかったですし」


 ラクリマとわかっているはずなのに彼は微笑みを浮かべながらそう言った。

 やはりあなたが聖人か。そう思うほどに後光が見えた。


「アイル。アイル・ラクリマです」

「アイルさん…。私はグリム・メモリアと言います。あの、普段私は図書館にいますので、その…ええと…」


 恐らく、ゲームだけでは気づけなかっただろう。こんなにも陰の者が応援したくなるようなレベルの奥手だったなんて。設定にも書いてあったとはいえ、そこまでのレベルなんて思っていなかった。


(悪役だけど…悪役だけど前世陰キャなんだから、これ見たら友好を持とうとするに決まっている)


「図書館、了解です。遊びに行きますね」


 ぱああ…!と表情が明るくなる。


「はい!待ってますね!」


 こうして、グリムと別れ入学式が始まった。とはいえ来賓の話もPTA代わりの保護者組織の話も興味はない。

 ならばここでグリムに関しておさらいをしておこう。


 『図書館の住人、朝焼けの月花蝶』グリム・メモリア、王立中央魔導学院三年生。

 この世界において高い魔法の技量、魔力保持量、素質いずれかを持つ魔導士10人を賢者と呼ぶ。その賢者の内『叡智の賢者』である父のもとに生まれた次男が彼である。

 しかしメモリア家は藤色の瞳に鳩羽色の髪を持つ家系。その中でまったく色の違う姿で生まれたグリムは異端として見られ、幼い頃から蔵書を保管している別館に閉じ込められていた。特にグレーの瞳はほかの家含め前例がなかったことでバケモノの目と言われ育った…と、彼が主役のイベントストーリーで話していた。

 彼自身は本が友達だった環境下で膨大な知識を持ち高い魔法の才能も持っている。持っているのだが、彼はあのように奥手。育てられた環境下によるものだろうが、自身の能力まで自信が持てなくなってしまっているようだ。


『グリムは風属性と水属性二つを得意としている。第一覚醒までは回復スキルがメインだが、それ以降は幻覚魔法や経過技などテクニカルなスキルが増えるため初心者は回復キャラとして使うのがオススメ。しかしスキルモーションの美しさはキャラクター上位を飾るためせめて一度は使うべし』


 グリム推しの相互さんは言っていた。

「背中を押したくなるのだ、だから石を砕いてでも期間限定のイベントカードもゲットして強くするのだ」

 と。

 …なんか名言みたくチャット送ってきてるなあのランカーさん。



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