エンター!王立中央魔導学院!

 二日後。いよいよ待ちに待った入学式。ゲーム内でアイルが来ていた制服を身にまとい、いざ学院のある王都へトランクケース片手に向かった。


「よっこいせ…おっも」


 こんな辺鄙な場所である。しかも貴族という地位も消え去っているため当然空を飛ぶ魔導馬車なんてものはない。自分の魔法で荷物を抱えながら空を飛び学院に向かわなければならない。


「あの教師、スカウトするなら迎えもよこせよ…」


 キャラクター人気選挙でも上位に食い込んでいた理由は悪役には不適応なのかとつい愚痴が口から出そうになった。



『王立魔導学院』

 世界で規定されている『17歳になる年に魔導士は教育機関に所属しなければならない』という条約のもと設立された4年制の教育機関の一つ。

 この王立魔導学院は他の教育機関とは違い、貴族も平民と呼ばれる人たちも地位など関係なく試験を突破したら入学できるため特段倍率の高い学校である。

 またスカウト制度や飛び級制度、科目の習熟度制や選択科目制度も取り入れているため『才能の原石が集う場所』と各国の偉い人たちには言われているそうだ。


 しかも全寮制で、制服も校則上では選択自由。こんな好待遇に思える内容、誰だってスカウトで「ぜひ追いでよ!」と言われたら通いますと頷くのではないだろうか。

 その例が自分である。多分、現代のように口コミが見れたら独学の道でもなんでもこじ開けていただろうな。


(うわー、絵で見るより広い)


 空をビュンビュンと猛スピードで飛び続けていれば王立魔導学院の全貌が現れる。某夢の国と海二つを合わせても勝てない広大な土地の中心には広場があり、囲うように校舎と生徒たちの寮、そしてほかにも闘技場や大型ホールに図書館など王国が運営するからこそ充実した施設設備があちらこちらに建っていた。


(そういえば飛んでる生徒がいない。みんなあっちか)


 上空から正門の方を見下ろせば、両親とクラスが記載された掲示板に向かって歩く者や友達と一緒に歩く生徒たちと、どこか前世の高校を彷彿とさせる光景が広がっていた。

 例に倣って私も少し離れたところに降りて大層豪華な学院の門をくぐる。

 トランクケース片手に1人歩みを進めていると、複数の視線が向けられていることに気づいた。


「ねえあの瞳…今年入学するって本当だったんだ…」

「恐ろしい、見ているだけで呪われそう」

「いいか。ラクリマ家には近づくんじゃないぞ」


 しぐさ的に貴族階級にいる家族連れ。そんな彼らがこちらを睨みひそひそと話していた。

 他のところでもラクリマ家を知っているのであろう人たちから奇異の目を向けられたり、私を避けるように道が開かれている。

 新入生は100をゆうに超えるというのに、こんなきれいに、しかも真ん中に道ができてしまうのか。さすが悪役、お家の扱われ方を理解した。

 なんなら、目を合わせると石になるとかいうまるでメデゥーサみたいな噂さえ流れているらしい。日々魔獣と戦い続け鍛え上げられてしまった聴覚は、嫌と思ってもひそひそ声を拾い上げてしまう。


(こういうの前世で慣れてるとはいえ、気分は下がるんだよなあ。一番最初のイベント観たら教室行きたい)


 下げたい眉をピクリと動かしていれば、ホームルームクラスの一覧表が貼られた掲示板の前に着いた。



「あの生徒…一度掲示板から離れようか。さあ早く!」


 こちらに気づいた生徒の1人がアイルのことを知っているらしく、掛け声によって人だかりが二つに分かれていった。まるでモーセが海を半分に割った時のように、ザザザ…パカっと。

 せっかくあいたのだからと近づき、見やすくなったクラス一覧から自分の名前を探し出す。


(ゲーム通り私がAクラスで、主人公はBクラス。キャラクターたちもやっぱり設定どおりのクラス…と)


 改めてクラスを確認してみると、主人公とのかかわりなんて試験を経て分けられる習熟度クラスぐらいしかなかった。

 この学院のキャラクターたちのことも考慮したら、服装に関して色々言ってくることを除けばわざわざ交流する機会なんて無さそう。いや、別に無くて問題ない。

 アイル自身も自ら突っかかりに行くことがなかったのだから、問題の対処や主人公の立ち回り次第で悪役サイドにならない可能性があったのではないだろうか。


(まぁゲームあるある、光と闇は敵対するみたいなお約束はあり得そうだけど)


 そんなことを考えていれば、後ろからざわざわと声が上がった。しかもリアルイベントで新衣装や新イベントの詳細が発表されたときに聞くタイプの。

 まさかと思い振り返れば、そこには…


(キャラクターたちだ!)


 アプリリリース時から実装されている一年生4人がこっちに向かって歩いていた。


「はあ…朝から騒がしいですね」


 生徒たち(特に彼のことを知るご令嬢たち)の声をうざそうにしているのはシアン・レイルス。薄茶色の猫毛とアメトリンのような二色の瞳が印象的な『実は甘えたがり?クールな気まぐれ猫』というキャッチコピーを持つキャラクター。

 伯爵の地位を持つ父が主催したパーティーで教師にスカウトを受け飛び級で入学。高い魔力保持量と操作性を持っており若きエリート、ましてやクール属性まである彼は、メインストーリー序盤や1年時の前半イベントだと主人公へ塩対応だったことを覚えている。

 しかし主人公の一個下である彼はイベントストーリーを経てかわいい後輩・弟キャラとして新たな一面も見れるようになっていくことから、年下好きのファンに熱い人気を誇っていた。


『キャラ自体は雷属性の魔法を得意としており、設定が活かされた能力値で序盤から攻撃力の高い魔法スキルを保持しているので初心者にもお勧めできる。HPと防御面は心もとないがタンクの用意やターゲット運用で上手く回すことができる。』

 相互さんにゲームを布教された際にそう書かれていた。魅力をまとめた長文と共に。



「えー、それだけ人気ってことなんだし良いと思うけど」


 反応している令嬢たちに笑顔で手を振るのは『爽やか?負けず嫌い?アクターライバル』のグルーシャ・ライド。黄色い瞳と赤茶色のアシンメトリーの髪が特徴的で、父に脚本家、母に女優。自身も王国で随一の魔導劇団に所属する人気舞台役者だ。

 普段はクラスの中心人物のような彼だが実は負けず嫌いな性格で、ストーリー序盤から主人公と成績を競う一面を持つ。また役者をしていることもあって『人気』という部分にこだわりを持っており、イベントで弱弱しい一面を見せた回はSNSのトレンドを飾るほど騒がれていた。


(と言っても進級前だから二年前のイベントか。二年生のグルーシャのイメージが強くなっているから、少し一年グルーシャが懐かしく感じる)


『グルーシャはシアンと同じ雷属性が得意。ただグルーシャの場合は能力値に大きな差がないため安定的な戦いと耐久戦において有効。またバランサーな分、スキル設定や装備武器、編成によってはタンクにもゴリラにもなれるため育てて損はない。またクリアボイスは周回する時の煽りとして使うのもあり。』



「そうですよ。プラスなことだってあります!」

「グルーシャさんやお前はあっても俺にはない」

「いやいやシアンのお嫁さん候補とか…待って。じょ、冗談だから!だからその目はやめましょ、ね?シアンさんってば!」


 ヘラりと笑いながら宥めるのはノエル・ピエシェリカ。キャッチコピーは『本音隠す泡沫ピエロ』で、普段からにこにこと笑っており、右目近くの傷を隠すために着けている仮面が特徴。父親が名の知れた貿易商人でありレイルス家とは長い交流がある。そのためシアンとノエルは幼いころから仲がよく、相互さんが言うにはノエルとシアンはパーティー編成でもセットにして専用ボイスで楽しむべしとのことだった。

 またピエロ設定ゆえに普段から色々と隠し事もある。イベントストーリーを経て成長していくノエルにハマったプレイヤーは多かったであろう。


『ノエルは岩属性を得意とする。ターゲット集中と高いHP、防御スキルの特化型。覚醒一段階30レベルになれば敵の攻撃遅延と状態異常回復が両法行えるスキルも獲得する。』



「はは、三人とも元気そうやな~」


 四人組最後のキャラクター。『愛嬌満点!桃源郷の狩人』トウリャン・ロン。王国から離れた場所にある東国の西安セイアンという中華っぽさのある地域から留学という形で入学したキャラクターだ。既視感のある話し方であるが、このゲームでは『西安訛り』と呼ばれている。決して関西弁ではない。また西安のテイストはヒョウではなく中華である。

 両親は共に魔法の矢を放つ魔導弓術のプロであり、トウリャン自身も将来の国際大会における優勝候補という設定を持つ。実際、彼は弓を武器に持った場合魔法スキルが強くなるという固有スキルを保持していた。

 しかし彼はロン家のしきたりによって不思議な文様の入った目隠しを付けている。どうして目隠しがあっても見えてるのかはゲームでも秘密になっていたが…。


(人を避け小石のある地面はぴょんと飛び、しかも三人の位置が変わろうと把握している。透視魔法か何かを常時使っているのか…?)


 性格はこの王国の警備部隊に所属する従兄弟の影響で正義感がやや強いが普段は人当たりが良く朗らか。その点で主人公と気が合い、ストーリーが進むにつれ悪役のアイルに対する見方はキャラクターたちの中で最も厳しいものだった。私の推しめっちゃ言われてる、と悲しい気持ちにさせられたことを今でも鮮明に覚えている。


『得意属性は風。素早さと攻撃力が高くHPは心もとないが、カウンターや心眼スキルで対応も可能。最終覚醒までいけば目隠しを取って狂化モードを取得するため育てるなら一気に強くして狂化で殴るようにするのもあり』


 とはいえ、この四人が来たという事は、一番最初のストーリーが進みだしていることになる。ここはシナリオの邪魔にならないよう移動すべき。4人に気づかれる前に気配遮断魔法を使って端へと向かい様子を確認した。


「Aクラス…あ、シアンと同じクラスや」

「本当だ。よろしくお願いします、トウリャンさん」

「俺はノエルとか。ほかの知り合いはみんなバラバラだし、少し寂しいな」

「いやいやグルーシャさん、うちのクラスには例の特待生殿もいらっしゃるようですよ~」


 他の生徒たちも雰囲気が他と違うキャラクター4人に視線が釘付けなためか俺のことは完全に放置。特に問題なくストーリーは進行している様子。

 あとは特待生として入学する主人公がこことは別の物陰からキャラクター4人を見ている視点で話が進み、一人の3年生キャラと交流という名の説明タイムに入れば何も問題はない。


「…よし、ならば先に校舎へ」


 向かおうと振り返った矢先、後ろにいた人にぶつかり「ぶべ」と変な声を上げた。胸板に顔面ヒット。鼻の頭が痛い。


「ごめんなさい!大丈夫ですか…?」


 思わずヒエと声が出そうになる。

 モスグリーンの長い髪に限りなく白に近いグレーの瞳。ぶつかって傾いた丸眼鏡。

 間違いない。ぶつかってしまった目の前の彼は、主人公が今交流しているはずの3年生キャラ『図書館の住人、朝焼けの月花蝶』グリム・メモリアだった。

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