悪役令嬢ですが、カッコよくいかせていただきます!~人気ソシャゲの悪役なのになんだかモテまくってない…?~

秋春 アスカ

一年生編第一章 [悪役スタート!]

ダイブ トゥー 悪役(元)令嬢

 昔から周りの女の子たちと少し違かった。


 以前、学校でのボッチ生活を話した際に母親に言われたことだ。


 フリフリの服を着て悪と戦う女の子たちより、ベルトを着けて変身するライダーが出てくる30分番組を観た。スカートよりもズボンを履いた。一輪車やおままごとより、サッカーやドッジボールを楽しんだ。自分の声を低くして話してる方が楽だった。

 かわいいものより、カッコいいものや服を身に着けた。


 性別違和があったのかと聞かれると、別に性別なんてどうでもよかったし何より『自分を表現する』という行為の中でこれがぴったりなだけだった。


 しかし、ここは群を大事にする日本である。

 いくら現代社会で多様性だのニュートラル推進だの言われてようと、多くはいまだにステレオタイプやスキーマを持っている。年齢も国も性別も関係なく。

 だから…


「____さんって変わってるよね。自分のこと男性ではないって言うけど話し方や服装とか、女性らしさ皆無っていうか…」

「トランスジェンダーって噂あるらしいね」

「逆に男性が話しやすいからそれ狙ってるって聞くよ」

「どっちにしろ話ずらいよね」


 周りの人たちと同じ、"自分らしさ"を表現しているだけなのに。気が付くとそんな根も葉もないことを言われるようになっていた。

 その結果、次に何が起きるのかというと群社会を生きるために自分らしさを押し殺す必要があった。

 でもそんなの何も楽しくなくただただストレスが溜まるだけ。生きた屍のようになって腐って崩れる日を待つだけの日々を過ごしていた。


『はあ…そういう押しつけはやめてくれるかい?私は私であるため、この格好をしているんだ』

『で、でも!』

『キミの中に当然があるように、私にとっての普通がある。人は同じ脳みそを持っているわけでは無い。それぞれ違う考えがあるに決まっているだろう』


 スマートフォンの画面には【Loading】の画面が現れる。すでに何度も読み直したシナリオがスムーズに読み込まれ自動で進む中、私は顔を上げた。


「やっぱりカッコいいなあ、アイルは」


 と呟きながら。



『アイル・ラクリマ』

 SNSで仲良くしている相互フォローのひと、いわゆる『相互さん』に勧められて始めたゲームアプリ『Connect to Wizards』のメインストーリーにおける悪役の女子生徒。

 魔法が使える世界で"ある大罪"を背負っており、唯一この世界で闇属性を扱える元貴族ラクリマ家ただ一人の生き残り。


 黒髪のショートヘアに血のように赤い瞳。表情が動くことは少なく、括弧の心情文がないと考えていることが読めない。カッコいいものが好きで制服はズボンに黒いリボンタイ。

 そんなクールなアイルだが、日記を書くことが日課だったり、料理が得意な甘党などかわいい要素も持ち合わせている。そこもまた魅力的なポイントだ。


 ビジュアルや設定はさながら、先のセリフのように自身の芯の強さや"自分らしさ"をしっかりと持ってカッコいいを通すアイルの姿は私にとって憧れで、現実世界でボロボロになる心を癒してくれる唯一の存在だった。


 しかし彼女は悪役。さまざまな経緯を経てメインストーリー〈二年生編最終章〉で大事件を引き起こそうとして主人公に倒され死んでしまう。

 そこである意味、私のこのゲームは完結終わりを迎えたようなものだが…。まあ新キャラも増えたり新章でもアイルが遺した呪いや怪物との戦いで立ち絵が登場し新セリフもあるので、のんびりイベントややりこみ要素を触りながら遊び続けている。


「でも、アイルがカッコいいを守りながら生きれる可能性ってなかったのかな」


 それこそ、なんでゲームの世界観でも性別によるイメージが反映されてるんだ!最近はどのゲームでも変わりつつあるだろうシナリオチーム!

 そうツッコミを入れたくなるほど、女の子らしさや男の子らしさという言葉をシナリオで見かける機会があった。

 特に主人公のセリフで。


「…て、終わったシナリオにとやかく言っても無駄か。それこそ二次創作の世界で楽しんでって感じだよなあ」


 考えることを放棄して、パソコンで流していたBGMを変えようとスマホをデスクに置いた。

 その時である。



「え?」


 まばゆい光がスマートフォンの液晶から放たれた。

 それも普段カメラや懐中電灯の代わりに使うライト機能以上に明るく、目も開けていられないような強さで。


「眩し!?なんだ急に!?」


 お風呂に入ってかすかな波に溶けていくような、いやボロボロと身体がブロック状になって崩れていくような。

 そんな不思議な感覚に襲われ意識が遠く暗い闇に落ちていくような感覚がした。



「…で」


 鏡の前で"私"はため息交じりに言う。


「いま思い出すのか…」


 映る姿は毎日見ていたはずなのに、記憶が戻ったことで妙な新鮮味がある。

 赤い瞳に黒い髪。ほとんど動かない表情。


「せめて一年前には思い出したかった」


 全身を移せる鏡に映るのは、先ほどまでスマートフォンの液晶越しに眺めていた憧れの姿。

 そう…私はアイル・ラクリマに転生していたのである。

 部屋を見て異変を感じ鏡を見てまあびっくり!みたいな過程すっ飛ばしで、目が覚めて鏡に立ったら前世の記憶復活!なわけで。なんともいいような悪いような微妙なところである。

 しかもゲーム本編開始、つまり舞台である学院の入学式二日前と来た。幼い頃に思い出すみたいな流れは現実にはなかったらしい。


「ううむ」


 手の動き、足の動き、首をぐるぐる。全身でくるっとターン。

 身体を動かせば鏡に映るアイルの姿はリンクしていた。


「本当に、本当にアイルに転生しちゃってたんだ…」


 頬を両手で包めばすべすべしっとり感を触覚が受け取り思わず驚きの声が漏れ出る。

 しかも視界の端で揺れる髪は前世よりも圧倒的にいい髪質になっているようで、頬にあたってもチクチクせずそれどころか優しくなでられるような滑らかなあたり心地がした。手櫛をすればそれはもう前世では体験したことのないサラサラ具合。


(やばい、今まで手入れしてたのは自分なのに…限界オタクモードになるってこんなの)


 寝間着の袖をギュウゥと握り喜びと興奮をかみしめていた。


***



「…よし。時間ないから始めよう」


 服を着替え、朝食を食べてやっと落ち着いた私は記憶の照らし合わせなど情報の整理を開始した。

 確か手帳がここに、と引き出しを開ければ幼いころに亡くなった両親を真似して始めた日記7冊目と魔法や情勢をまとめている手帳が入っている。


(アイルの日記を書く日課、親譲りだったんだなあ)


 本人になったからこそわかる設定の裏事情、つい口角がピクリと動いた。


「あれ」


 二冊を机に出すと、その下から宛先も差出人も書いていない封筒を見つけた。

 手に取るとかなり分厚く、まるで一冊の単行本でも入っているんじゃないかというほどに重さもある。しかし、しまった覚えもなければそもそも誰かにもらった記憶もない。前世を思い出したことで出現でもしたのだろうか。


(とりあえず開けてみよう)


 ビリビリと開けた封筒の中身は『これであなたも完全理解!Connect to Wizards設定資料集』と書かれた本と一枚の便箋だった。

 便箋には「イベント関連は適宜手紙で送付。既読後、設定資料集に吸収される」と書かれており、何を言ってるんだと突っ込もうとした矢先。便箋はこういう事だ、と内容の通り吸い込まれる。キュイン!と本が光ると挟まれたところに新しいページができていた。


「こんな本出てるって聞いたことないけどな…。ていうかこんなの誰にも見せれないし」


 ペラペラと中身を確認してみれば案外しっかりとした内容が載っており、メインシナリオの流れやキャラクターごとの魔法や身体能力などデータまで事細かに書かれていた。



『Connect to Wizards』

 魔法が存在するファンタジー世界で屈指の魔法学院を舞台として繰り広げられる、数少ない光属性の魔法を使える特待生の主人公が顔の良い個性的な魔導師達と恋や友情を育むスマートフォン・IOS向けゲームアプリ。

 日本での売り上げを乙女ゲームジャンルで堂々トップを4年連続維持したりダウンロード数も数百万の記録もある、今最も人気を博していただろう。


 キャラクター数も多くいる中、キャラ被りなし見た目被りなしの設定は推しが無限に増えていくとプレイヤーたちをいい意味で叫ばせている。

 季節ごとの行事や学校らしい中間試験に関して、さらにキャラクター一人一人にもちゃんとスポットライトが当たるイベントストーリは多くのファンを飽きさせずイベントガチャに拍車をかけていた。

 アイル見たさに始めた私はストーリーを読むことを目的としたゆったりエンジョイ勢に位置するが、ランカーもしている相互さんは相当諭吉を砕いていたことを覚えている。

 現在メインストーリーは〈三年生編〉の中盤まで公開されていた。



【世界観】

 火を起こす、家を建てる、病気を治す、服を作る。この世の事柄ほとんどに魔法が関わっている『完全魔法社会』がこのゲームの世界である。雰囲気としては中世7割に3割の現代っぽさがあるかもしれない。フード付きのパーカーやジャージ、魔法で作られているとはいえスマートフォンみたいな機械は明らかに現代だろうし。


 ほとんどの人間が自身の体内にある魔力を使って魔法を使うことができ、必ず一つの得意属性を持って生まれる。

 魔法は『火・水・風・岩・氷・雷・光』の7属性が主流だ。この7つにはそれぞれを司る精霊王がいることから七星属性とも呼ばれている。他にも音属性や草属性、ポルターガイストや心霊現象を起こせる幽属性などユニークな種類もあるが…。


 さて、その中で闇属性はどこにあるのか。


 答えは、どこにも属しておらずどんな書物にも存在していない。

 500年前、闇属性の魔法は『常夜の主』と呼ばれる存在が世界を滅ぼしかけたことで歴史の表舞台から消された属性なのだ。

 当時のラクリマ家当主は彼に手を貸したことで闇属性の力を手にしており、僕の代までそれが"大罪"としてしこりみたく残っているそうだ。

 おかげで今は貴族社会から切り離され、しかも両親は早くに亡くなったため王国の端の端…魔獣も出てくるようなまだ開拓途中みたいな土地で一人暮らしている。


 これにより、唯一この世界で義務教育として定められている魔導学院に入学した直後から『あのラクリマ家の生き残り』として散々な扱いを受けてしまう。

 根も葉もない噂に冤罪事件、主人公との対立でゲームキャラクターから敵視されたり、エトセトラ。


「思った以上に不遇すぎないか?」


 改めて憧れであったアイル・ラクリマを取り巻くこれからの環境に同情するしかなかった。

 …いやそれをこれから私が受けるわけだけども。


(でも…)


 強く憧れたアイルに転生したのだから。前世で押し殺すことを選んでしまった分、メインシナリオでのセリフみたく私もカッコいいという自分らしさを貫きたい。

 そんな自分自身を好きでいたい。


「よし!」


 頬を叩いて気合を入れ、改めて設定資料集を開き内容をくまなく目を通していく。

 困難は多くあれど、とにかく死亡が確定している〈二年生編最終章〉を何とかしたらあとはもう完全フリー、スーパー自由なのだから。


「かかってこいメインシナリオ。カッコよく乗り越えてみせる」


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