第3話 公式戦の重圧 3

 いよいよ、神英高校対仙水学園高校の一戦が始まろうとする。

 ここで両チームのスターティングメンバーを紹介しよう。

 神英高校

 一番 ピッチャー 橘美奈

 二番 キャッチャー 西野聖歌

 三番 ショート 榎本岳夫

 四番 ファースト 高松塁

 五番 ライト 支倉奈々緒

 六番 レフト 滝田理央

 七番 サード 中村洋平

 八番 センター 鈴村祐樹

 九番 セカンド 柳下衛


 仙水学園高校

 一番 レフト 中西元

 二番 ショート 金子雄大

 三番 キャッチャー 彦根圭一

 四番 ファースト 稲嶺健吾

 五番 セカンド 新里壮太

 六番 センター 倉野海斗

 七番 ライト 水田純

 八番 サード 伊藤達也

 九番 ピッチャー 神代花火


 試合はプレイボールの段階から熱気を帯びていた。

 その理由の一つ。注目の対戦をいきなり迎えた。

 先攻の神英は一番の美奈がバッターボックスに入る。

 先発マウンドには神代花火。

 口では気にしないと言い、挨拶の時も美奈とは視線を合わせることすらしなかった花火だが、意識しているというのは美奈がバッターボックスに入った時点でわかった。

「絶対抑えてやる」

「絶対勝つ!」

 ベンチにいても伝わるほどの気迫が表に出ていた。目立ちたがり屋の花火が抽選時の注目度合いに嫉妬していたのは事実だろう。

 花火はフォームを構える前に、捕手に向かって自分でサインを出した。

「なぁ、あれって解読できないのか?」

 バッターはもちろんベンチからも目視できるジェスチャーに岳夫は誰もが感じる疑問を口にする。

 捕手からのサインを解読するのは紳士的によくないが、投手から出ているものを分析するのは問題ないだろう。

「あれね。どうやらできないらしいよ。あの子、あれで頭はすごいいいからさ。噂では百を超えるサインを作っては覚えて、試合毎どころか、試合中のイニングによってでさえサインを変えてるらしいし。ネット住民が暇つぶしに解読しようにも規則性がなさすぎてお手上げだったらしいし」

 岳夫の質問には花火と同学年の奈々緒が答えた。当然、他の高校もサイン解読に時間を割いたが、結論は時間の無駄ということもあり、今ではどこの高校も諦めた。

「奈々緒先輩は神代さんのこと詳しいんですか?」と、塁が聞く。サイン解読は無理でもなにかしら、情報は知りたい。

「そりゃ、同じ学年の有名人だからね。あれだけ目立ちたがり屋だとよくも悪くも情報は出てくるよね」

「コントロールがいいんでしたっけ?」

「そうそう。一般的にはストライクゾーンを九分割ってのはよく見るけど、花火はストライクゾーンを二十五分割、ボールゾーンまで広げて四十九分割でコントロールできるみたいだし」

「そんなに区分する必要あるもんか?」

 打者でさえ狙い球をそこまで絞っていない。兵夫の呟きも当然だろう。

「そこまでできるからバットの芯を外せるみたいだし、それだけわけてるから自分でサイン出すしかないみたい」

「キャッチャーも大変だな」

「だから花火は専属の捕手がついてたよ。春までは小学校からの幼馴染とバッテリー組んでたけど、今回は違うよね。で、捕手はどうなのかな?」

 菜々緒は話の話題を塁に振る。

「圭なら大丈夫でしょう。頭の良さも群を抜いてますからサインを覚えるくらいなら造作もないでしょう」

 塁の言葉に「さすが日本一のキャッチャーってわけか」と全員納得した。

 彦根圭一。

 去年の塁のチームメートにして、扇の要だった男。元々の地頭の良さに体力がついてきた中学三年生で一気に実力が伸びた選手だった。打撃でも塁の前、三番を打ち、チーム一の打点を稼ぐなど、エース福地と共に優秀な選手が揃ったチームの中でも飛び抜けた存在になった。

「元々、打撃に定評のあるチームに、去年は神代花火、今年は彦根圭一が加入して穴がない。新聞の寸評通りってことか」

「穴があるとすれば、昨日のミーティングでも話してたけど、花火はほんとに守備をしないってことだよね。もちろん、そのカバーはしっかりしてるだろうけど、完璧にはできないはずだし」

「守備をしない。打撃もさっぱり。そんな選手が名門校でレギュラーを取れるのかよ」

「それでも花火を使いたいと思えるくらい、あの子の能力は高いんだよ。まぁ、見ときなよ。映像で見るより生で見る方があの子のすごさはわかるから」

 敵チームでありながら奈々緒の口振りはどこか楽しそう。

 美奈や聖歌だけじゃない。自分たちの代にもこんなにすごい女子選手がいるんだという誇りにも似た感情だった。


 花火はサインが決まると、美奈を睨みつけながら、投球モーションに入る。往年のランディジョンソンにも似ているスリークオーター気味のサイドスローからボールは捕手のミットに投げ込まれた。

「ストライク!」

 ボールは外角低め一杯。球速も百四十キロ近くは出ているだろうか。キレのいいボールがバットを振っても届かないのではないかという高校野球独特のストライクゾーンに投げ込まれた。

 奈々緒の言葉通り、キャッチャーの構えたところに寸分の狂いもなく、ボールを投げ込んでくる。

 美奈、聖歌、岳夫の神英が誇る上位打線に対し、無駄球を使うことなく、三者連続三球三振。絶好のスタートにも見えるが、花火は当然といった表情でベンチへと戻っていく。

「やっぱりすごいピッチャーだなぁ」

 こちらを侮ってくることなく、力の差を見せつけようとするピッチング。美奈は改めて花火のすごさに惚れ惚れとした。

 橘きらり以来のスターともてはやされ、その噂に違わぬ能力が美奈は嬉しかった。

 自分も負けてはいられない。

 美奈は気を引き締めてマウンドへと向かう。

 打者としてバッターボックスには立っているが、やはりマウンドの上は違う。

「今日から、始まるんだ」

 高校生になって初めての公式戦。中学時代とも練習試合とも違う独特の雰囲気に美奈は改めて身震いした。

 今日負けたら、このメンバーで最後になるんだ。

 柄にもない不安な気持ちが美奈の頭の片隅に登場する。

『一番、レフト、中西くん』

 アナウンスが流れて、仙水の先頭バッターが右打席に入る。さすが、強豪校のスタメン。自分よりも頭一つ大きい身体に美奈は圧倒されそうになってしまった。

「まずいの」

 その空気をいち早く察知したのは聖歌だった。

 気持ちは乗っているが、どこか空回りしているように見える。顔は笑っているが、どこか不安に見える。

 何年もバッテリーを組んできた聖歌だからわかる美奈の微妙な変化。

「しょうがないけど、ちょっと時間が欲しいの」

 聖歌は美奈にボールになるストレートを要求した。

 しかし、記念すべき一球目。気持ちよく投げたかった美奈は思わずそのサインに首を振ってしまう。

 聖歌がもう一度同じサインを出したことで、美奈も少し落ち着いたのか、要求通りのストレートをストライクゾーンから大きく外した。

 しかし、美奈の第一球が聖歌のミットに届くことはなかった。

 バッターの中西は思いっきり踏み込んで、ボールをライト線に弾き飛ばした。

 完全に狙っていたスイングだった。

 打球はフェアゾーンに転がり、バッターの中西は悠々二塁へ到達する。

 二番の金子は初球をきっちり送り一死三塁の状況で打席には彦根が入る。

 初打席とは思えないほどリラックスしている彦根に対し、聖歌は外のボール球を要求する。

 コントロールされたボール球であったが、彦根は上手くバットを合わせ、ライトの定位置までボールを飛ばした。

 ライトの奈々緒がボールを掴むも、タッチアップは間に合わない。

 仙水の先制点。

 たった三球で一点を美奈は奪われた。

 ストライクゾーンに投げていないにも関わらず失点をしたことで美奈はもちろん聖歌も動揺してしまった。

 迎えた四番稲嶺に対して、初球はバットも届かないボール球。美奈はリズムに乗れず、聖歌がリードしようにもコントロールが定まらない。

 結果、稲嶺、五番新里を四球で歩かせ、続く倉野には甘く入ったスライダーを叩かれ、左中間を抜ける二点タイムリーを打たれた。

「まず、この回を切ろう」

 塁はファーストから声をかける。しかし、そんなことはわかっているといった表情を浮かべたバッテリーに塁は観客にも聞こえる声で「満塁にしろ!」と怒声をあげる。

 呆気にとられる美奈に対し、塁の意図を察したのか、聖歌は立ち上がり、七番、八番を敬遠する。

 これには観客からヤジも飛ぶ。神英の選手も戸惑いを見せる中、聖歌と塁だけが平然としていた。

 満塁になり、花火が打席に入る。

 聖歌はなにも考えず、ど真ん中にミットを構えた。

 美奈もさすがに、二人の意図を理解したのか、ただただ、コントロールされた直球を聖歌に投げ込む。

 棒球でしかないストレートであるが、花火はバッターボックスの一番後ろに立ち、まったく打つ気がない。

 一球、ボール球となったが、美奈は花火を見逃し三振に打ち取り、この回を三失点で終えた。

 バッティングはしない。

 花火の欠点を上手く活用した。

「ごめん!」

 ベンチに戻った美奈がナインを前に謝ると、「そんなことより、話しとけ」と、塁は聖歌に告げてバッターボックスに向かった。

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