第3話 公式戦の重圧 2

「なんだよ、この注目度合い」

 目立ちたがり屋の岳夫でさえ、思わずたじろいでしまう。

 神英高校の初戦。注目の好カードということもあり、一万人も入るスタジアムに会場が変更されたにも関わらず、そこに入りきらない人数が観戦に訪れていた。

 観客のお目当てはもちろん、神英高校の橘美奈と仙水学園高校の神代花火。

 しかし、あちこちから聞こえてくる期待は対照的なものだった。

「仙水が負けるとは思わないけど、いい試合をしてくれればいいなぁ」

「神代の投球がすごいのは知ってるけど、橘はどうかな」

「きらりちゃんは見に来てたりするのかな」

 下馬評は圧倒的に仙水有利だった。

 それも当然。

 仙水学園は去年の夏の県準優勝校、今春にはセンバツ大会に出場し、ベスト8に進出している。かたや、神英高校。昨年夏は三回戦敗退、今春も地区予選で敗退と両校には近年、成績の差がついていた。

 もし、仮に美奈が好投したとしても、神英に花火は打てないだろう。総合力の差で仙水が勝つというのが大方の予想だった。

 現に、美奈以外の神英の選手がグラウンドに出た時はなんの反応も示さなかった観衆だが、仙水の選手に対しては全員に大きな拍手と声援が送られていた。

 中でも花火に対しては、地鳴りにも似た歓声が響く。

「さすが、仙水。さすが、神代ってところか」

 岳夫の言葉に、神英ナインは練習の手を止めて声援の中心を見やる。

 そこには、不機嫌そうな一人の少女がいた。

「なんで花火があんな子と同じ評価受けないといけないの?」

 男子高校生の中に交じると頭二つ分小さい、ツインテールの女の子。勝気な目元が近寄りがたい雰囲気を周囲に与える。

 神代花火はストレッチをしながらぶつぶつと文句を言っていた。触らぬ神に祟りなしと、上級生は花火からそっと距離を置いたが、機嫌を損ねられたまま試合を迎えられても困るので、生贄を用意するのを忘れない。

「同じじゃないでしょ。向こうは実績ないけど、先輩は実績があるわけだし」

 生贄にされた仙水唯一の一年生レギュラーは苦笑を浮かべながらフォローを入れる。

「そうだよ。花火は実績があるのに」

 花火は憮然とした表情を浮かべながら言った。

 橘きらりの妹として今のところ、実力以外の部分で注目を受けている美奈と違って、花火は橘きらり以来のスターと、実力も評価されていた。

 昨年の夏は一年生ながら仙水の二枚看板の一人としてチームを県準優勝に導いた。そして、三年生エースが抜けて、仙水学園のエースとして挑んだ秋季大会。県大会を優勝し、地域大会でも準優勝の成績を収めてセンバツへのキップを手にする。

 橘きらり以降、甲子園の土を踏んだ女性選手は少なくないが、背番号一を背負ってマウンドに立ったのはきらりと花火しかいなかった。春のセンバツで二勝を挙げ、チームをベスト8に導いた花火は文字通り、実力で周囲の視線を自分に向けた。

 それ以来、花火に対してはきらりに関連付けた質問が増えた。

 自信家の花火はきらりと比べられることもあまり良しとしていない。

 もちろん、女子選手に門戸を開いたきらりのことは感謝しているし、その行動力は素直にすごいなと思うけれど、きらり程度の成績を目指す選手はいないと思っている。

「たしかにあの人が成し遂げたことはすごいと思う。花火がここにいるのはあの人のおかげっていうのもわかる。けど、目標として、甲子園ベスト4を目標にする強豪校のエースなんているわけないじゃん」

 正直な気持ちを吐露する。しかし、その強気な発言がマスコミの興味を引いてしまったのか、同じような質問は止むことがない。

 そして、今大会。神英との対戦が決まってからは、花火の予想通り、気分の悪い質問がさらに多くなった。

「橘選手との対戦、意気込みを」

 花火は辟易としていた。

 神代花火が橘美奈に、仙水学園が神英高校に負けるはずがないとこいつらはわからないのかと思った。

 なによりも花火が嫌悪したのは「女性投手のNo1決定戦ですね」という質問だった。

 女子だけしかいない大会なら仕方ないと思う。女子選手しか出場できない野球の大会ならそんな質問も甘んじて受け入れようと思う。けど、自分たちは男子たちに交じってトップを目指しているんだ。

 この質問は花火を、女子選手を軽んじていると感じた。

「橘美奈だけじゃない、須澄の台の近川にも勝つし、全国でだって負けるはずない。花火は女子の中だけじゃなく、絶対にこの世界の一番になるんだから」

 声高に宣言していた。

「すごい自信ですよね。俺ならそんなこと言えない」

「あいつは言ってたじゃん」

 花火は後輩の闘志を確認するために挑発するような言い方をしたが、「そうなんですよね。あんなこと言うタイプじゃなかったはずなのに。高校に入ってなんかあったんですかね?」と、飄々にかわす。

「彦根もあのくらい言ってもいいんじゃないの?」

「俺は周りについていくだけで精一杯なんで、やれることだけしかできないですよ」

 彦根と呼ばれたパートナーはへらへらと花火の質問に答える。

「あのさぁ、花火は今、自分の気持ちを高めてるの。キャッチャーならそれに付き合うとかしないの? あと、あんたの実力はみんな知ってるんだから下手な謙遜はしないでくれる?」

 花火は下級生を睨むも、「いいじゃないですか。それだけ、油断しないで客観的に自分を見れてるってことですよ」と、物言いをまったく気にしない。

「それに、投手はプラス思考、捕手はマイナス思考でバッテリーというんだって、偉い人が言ってましたよ。だから、俺らは相性いいはずです」

「なんか、花火がバカにされてる気がするんだけど」

「そんなことないですって。先輩のすごさは知ってますよ。俺はそんな先輩についていくだけです」

「ふん。鳴り物入りのルーキーがよく言うわよ。まぁ、期待はしてあげる。なんだかんだ、夏の初戦を花火は楽しみにしてるんだからね」

 花火は軽口を止めて、アップを切り上げる。

 一人残された彦根も「俺も、この試合は特に楽しみなんだよね」と、呟きながら相手ベンチにいる元チームメートを見やった。

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