第6話 エースと四番

 試合は終盤八回。先頭の兵夫は唇を噛んでいた。

 名門校のスカウトも来た。それを蹴ってまで神英に進学した。

 想像していた未来はバラ色だった。一年生からショートのレギュラーとして試合に出るという目標は達成した。甲子園優勝ほどの想像はしていないが、県予選でそれなりの成績を残し、美奈に認めてもらう。

 野球だけでなく学園生活もエンジョイできるはずだった。

 そこに現れた高松塁というライバル。美奈も聖歌もチームメートも兵夫より塁に期待している。そこはまだいい。中学時代の実績は明らかに塁の方が高いのだから。ただ、公式戦になれば自分も必要な戦力と認めさせることができると思っていた。

 それなのに。

 この試合に関しては明らかにモブキャラとして扱われている。

 ここまで三打席凡退。その上で花火は三番の自分に対して明らか手を抜いている。今も花火と彦根は次打者の塁の方を向いている。

「舐めるなよ」

 そう呟いても彦根はなんの反応も示さない。

 長打を打ちたい気持ちはあるが、バットを短く持ち、コンパクトなスイングを心掛ける。それでも花火のボールに空を切ってしまう。最後は自分の苦手としている外の変化球を振らされてしまい、三振に取られる。

「ちくしょう」

 自分が情けなくなる。このまま試合が終われば挽回のチャンスはない。

「なんとかしろよ」

 塁に恥を承知で頼んだ。

「任せとけ」

 その一言は自分と違って信頼できそうだった。

 塁が打席に入ると、花火の視線は鋭くなる。ここで抑えることに意味がある。

 初球、フォークを真ん中からボールゾーンに落とす。その反応によって配球を決めようとするが、ボールが彦根のミットに届くことはなかった。

 クワキーーン!

 決め打ちなのか、ストライクゾーンからボール二個分低めに外れたボールをゴルフドライバーのようなアッパースイングでライト線に思いっきり引っ張る。

「ほんとに?」

 花火は打球方向を見つめ呟く。ライトは一歩も動けない。

 打球はライナーでスタンドイン。

 同点に追いつく貴重な一打。さすがの塁も今度は右手を天に突き上げ喜びを表しす。

 さすがに初球から手を出してくるのは予想外だったが、自信のあるボールを二打席連続でホームランにされるとは思わなかった。

 同点に追いつかれる。

 花火が四点も取られるのは高校生になって練習試合を含めても初めてだった。

 しかし、今度は落ち込んでる暇はない。次をきちんんと抑えなければいけない。

 対峙する菜々緒は外のストレートと決めていた。ここで一発は絶対に打たれてはいけないならコースは一つ。

 しかし、ここで相手バッテリーに一つの変化が起きた。

 花火はいつものブロックサインを出さず、すぐに投球動作に入る。虚を突かれた菜々緒はバットを振ることなくストライクゾーンに入るボールを見送るしかなかった。

「ノーサイン?」

 キャッチャーからボールを受け取るとすぐさま投球動作に入り、菜々緒のタイミングを外してくる。

 二球目も同じようであったが、ボールを受け取った時に小さく頷くのを見逃さなかった。

 彦根がサインを出し始めた。

 だが、わかったところで急な変化にはついていけない。タイミングを外された菜々緒は三球目の内角ストレートも見送ることしかできず、三振に終わる。

 次打者滝田も三振に切るも花火はガッツポーズをすることもなく、一目散にベンチへ戻ると「彦根!」と声を荒げた。

「なんですか?」

「合わせてくれてありがとぅ……」

 事前に用意していた作戦にすぐさま対応してくれた彦根に感謝するが、照れくさいのか、最後の声は消え入りそうだった。

「これから、あんたにサインを任すけど、いい?」

「任せてくださいよ。そのために俺もデータを頭にいれてますからね。ただの壁じゃないってことをアピールしますよ」

「花火だってこのままじゃ終わらせない。絶対に三振を取るんだから!」

 試合は振り出しに戻ったが、落胆している選手は誰もいない。

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