第5話 美奈と聖歌と、……の凄さ 2
六回の表。美奈は三度目の打席に立つ。二回以降は無失点に抑えているが、ここまで四点も取られていることに責任を感じていた。
「だめだな、私」
あれだけ自信満々だったのが、いきなり狂わされた。簡単ではないと知ってはいるが、地方予選の一回戦で負けるのは想像していない。
「ここはなんとか繋がないとね」
いくら塁が打とうとも一人では四点差を返すことはできない。ここは一番バッターとしての役目を果たさなければいけない。
花火は遊び球をほとんど使わない。球種もストレート、スライダー、フォークとあるが、右打者である美奈はスライダーに狙いを絞る。ワンボールツーストライクからのスライダーを上手く左ひじを抜いてレフト前に転がす。続く聖歌は送りバントを決め、神英はこの試合初めてスコアリングポジションにランナーを進めた。
「しゃ、行くぜ!」
兵夫の意気込みも空回りし、セカンドフライでランナーは進塁できず。
打席には塁が立った。
「………」
今までと雰囲気が違う。それは捕手である彦根はもちろんのこと、花火も感づける。
初球は外に逃げるスライダー。二球目は内角にストレートが二球連続でボール。
花火にしては珍しく丁寧すぎる配球になった。
一塁も空いているので、わざわざカウントを取りにいく必要もない。左打者に対して絶対の自信を持つ内角ひざ元にスライダーを投げ込む。
思い描いたコースにスピンの効いたボールを投げ込むことができ、塁も反応してきた。
「仕留めた」
花火も彦根も同じ感覚を持った。
それでも塁は手首を返し、強引に引っ張るとカキーン!という小気味いい音を響かせた。
うまく捉えたが、あのコースはどう考えてもファールにしかならないはず。
しかし、打球は切れずにラインを沿ってそのままポールにぶつかった。
二点差に迫るツーランホームラン。
塁は軽く右のこぶしを握り、ガッツポーズをする。
「はっ? なんで? えっ? なんで?」
花火は打球の方向を見つめ、茫然とする。
ホームランを打たれたことは初めてではない。けれど、自信を持って投げたボールをあんな簡単にスタンドへ運ばれたのは初めてだった。
「さすがね」
ホームに帰ってきた塁を美奈が迎えた。
「まだこっからだよ」
塁はハイタッチに応えるが、もう一度気を引き締める。チームはまだ負けているのだ。
なんで?
なんで、なんで?
花火は菜々緒を迎えてもまだ気持ちの整理がついていなかった。
あの球を打った塁を褒めるしかない。それでも、自信を持って投げたボールを打たれたのが問題だった。
自分が思っているよりもボールが行っていないのだろうか。自分は好調だと思っていたが、実は不調なのではないだろうか。
それは今後の展開に影響が出る。自分の状態と感覚はイコールでないとリードも変えなければいけない。
花火は動揺していた。
「早く投げなきゃ」
主審に促され、花火はセットポジションに入る。
しかし、深呼吸をしても落ち着くことはできない。とりあえず、ボールを投げなければいけない。
準備もなく放られたのはとんでもなく甘いボール。球威もない、明らかな失投だった。
「しまった!」
花火は祈るように相手バッターのミスショットを期待したが。
カキーン!
当然、奈々緒は軽くスタンドへ持っていく。
二者連続ホームランであっという間に一点差。
どうして?
花火は首を傾げる。
奈々緒程度の打者に、失投とはいえスタンドに運ばれる。
花火にとっては屈辱以外のなにものでもなく、不調という言葉以外では納得できなかった。
二者続けて四球を出した後、相手の打ち損じのおかげでなんとかこの回を凌ぐ。
「いやぁ、やっぱ塁ってすごいですよね」
ベンチに戻り、明るい口調で彦根は花火に話しかける。
「はあ! あんたどっちのチームの選手なのよ」
花火は怒気を含んで叫ぶ。その姿を見て彦根は安心した。
「言い返せる元気があるならよかったです。さっきまでの先輩はどこか挙動不審だったんで」
彦根はなにも動かなかったわけではない。塁の現状、花火の現状を察することに徹していた。
「はあ? 花火のどこが不審だったっていうの。点は取られたけど、あんなのたまたまだし」
「わかってますって。支倉さんへの一球は甘かったですけど、それ以外は先輩の思っている通りです。安心してください」
「生意気言うな!」
花火は弱さを見せない。エースとして自分がお山の大将でいなければならない。強豪校で背番号一を担うのは結果を出すしかないことを知っていた。
仙水は七番、八番が凡退し、打席には花火。
「花火のピッチングはこんなもんじゃないから」
打席に入るなり花火は聖歌に話しかける。
「勝てるなんて思ってるなら、その幻想終わらせてあげるから」
勝っているチームのエースはただ勝つだけでは納得いかないらしい。花火は三振に抑えられてもまったく気にせず、自分のピッチングを改めて意識する。
その姿に聖歌はさすがだと感心する。
塁に打たれて、崩れかけたところを試合中に立て直せる。
あの時の美奈を見ていた聖歌にとっては信じられないことだった。
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