第4話 神代花火の絶対王政 2

「久しぶりだな」

 打席に入る塁に向かって、彦根が声をかける。

「あぁ」

 素っ気ない返事だったが、二人にそれ以上の会話は必要ない。

 花火は初回と同じようにサインを出して、投球を始める。塁は打つ素振りを見せることなくボールを見送りストライクを宣告された。

 二球目も見送りストライクの判定。花火は遊び球を使わず内角低めにストレートを投げ込むも、塁は腕を畳んで、かろうじてファールに逃げる。

 四球目は外角高めでボール。五球目は外角へストライクからボールになるスライダーを見送られボール。

 六球目。真ん中付近のカットボールが芯から外れてファール。七球目は甘めのコースからフォークを落とすも、塁のバットは止まり、ボール。八球目、九球目はファールで十球目。五球目と同じボールに今度は塁のバットも動いてきたが当てられファール。

 なんなの、鬱陶しい。

 花火もこれ以上粘られることを嫌ってか、真ん中高めにストレートを投げる。

 カッキーン!という、甲高い音と共に打球は外野へ飛ぶが、ライトが数歩下がった距離で捕球する。

 平凡なライトフライであるが、神代花火の球は当たらないことはないということをチームメートに見せ、なにより、数分で終わることもある攻撃イニングで時間を稼いだ。

 続く、菜々緒、滝田は三振に仕留められるも、美奈が気持ちを切り替えるには十分だった。


「あいつ、あんな打者なの?」

 ベンチに戻って花火は彦根に聞いた。高松塁と言えば、天才と褒めたたえられた選手。そんな選手が、粘りを見せる打撃をするのが意外だった。

「塁は事前にいいましたけど、なにより選球眼がよくてミスショットをしない。甘い球がくれば確実にとらえますけど、先輩みたいにコントロールが良いと、打てる球が来るまで粘ったりしますね。今の打席は他の意図もあったでしょうけど。ただ、スイングの鋭さは本領ではないみたいです」

 高松塁については彦根も饒舌になる。中学時代の実績から塁は長距離バッターに思われるが、怪我をしてからはコンタクトヒッターの側面が強い。長打にできなくてもヒットにはできるボールだと思ったが、どこか強引なスイングに見えた。

「ただ、俺が言うのもなんですけど、これで終わる男ではないですよ」

「あんたは誰の味方なの! っていうか、花火が打たれるわけないじゃん」

 花火の指摘にもっともだと思いながらも、エースの自信にやっぱりこの人は面白いなと再確認した。


 二回の裏。マウンドに立つ美奈の表情から初回の浮足立った感情は消えていた。

 意識しないようにしていたが、どこかいつもと違っていた。

 自分が神英のユニフォームを着て、マウンドに立っている。

 やらなければいけない気持ちと嬉しい気持ち。勝負に入り込めていなかった。

「美奈。このままだと口だけになるの。今の美奈を去年の美奈が見たらなにしてるんですかと叫んだと思うなの」

 ベンチに帰り、聖歌から叱責を受けた。

 それを否定することはできない。

「わかってる。だから、聖ちゃん、受けて」

 美奈はすぐに投球練習を促した。それはアップの様な生易しい投球練習ではない。明らかに初回よりも熱の入ったピッチングだった。塁の粘りのおかげで自分の中で落ち着く時間もできた。

 ここで試合を壊すわけにはいかない。

 美奈は改めて仙水の一番中西に対峙する。

 初球はストレート。

 前の打席と同じタイミングでスイングした中西のバットは明らかに振り遅れ空を切った。

 二球目はカーブを選択し、ストライクで追い込み、三球目のフォークで空振りを取り、今日最初の三振を奪う。

 二番の金子は変化球で内野ゴロに打ち取りツーアウト。

 そして、三番の彦根は打席に入るなり、「ようやく本領発揮ってわけなんだ」と、聖歌に声をかけた。

「でも、先発なのに、試合に遅れて入るって二流もいいとこなんじゃない?」

 彦根の問いかけに聖歌はなにも答えない。

「塁ももう少し可能性のあるチームで野球やればいいのに。あっ、転校って方法もあるじゃん」

 どこか余裕のある彦根の方が気持ちは入ってないように見えるが、初球、二球目と見送った後のスライダーを思い切り引っ張り、左翼ポール直撃の本塁打を見せて、点差を広げた。

「塁がいるチームなんだ、頑張ってよ」

 ホームベースを踏んで、聖歌を挑発する。聖歌はなにも言えない。

 四番稲嶺をサードフライに抑えるも予定外の一点を奪われた。


「あいつ、性格悪いなの」

 今度は聖歌が平常心ではいられなかった。結果が出てないため、言い返すことはできないが、美奈を侮辱されたことは聖歌にとって腹立たしいこと以外の何物でもない。

「だとしても、性格悪いなんて西野に言われたくないんじゃね。お前だって」

「兵夫。………」

「黙るなよ、こえーよ、その笑顔をこっち向けんな。悪かったって」

「美奈! 絶対、あいつは打たさないの! いくらスイーパーとかいうダサい異名をもってようが関係ないの!」

「なんだよ、その面白そうな話。圭って、そんな風に呼ばれてたのか?」

 塁は試合中にも関わらず、思わず聞いてしまった。自分の知り合いの知らないあだ名に吹き出しそうになる。

「そりゃ、全中連覇のレギュラー様だと裏でいろいろ呼ばれるさ。彦根の場合は打者として打ってランナーをなくす、捕手として肩でランナーをなくすからスイーパー。で、高松、お前はデストロイヤー」

 塁は苦笑いで「どんな由来だよ」と聞いたが、その言葉は全員を呆気にさせた。

「塁、自分がどんな選手だったか知らないの?」

 代表して美奈が聞くが、塁は「なんだよ。ただの優勝チームの一員だろ。そりゃ、少しくらいは他より打ったりしたけどさ」と言う。

「やっぱすげーな。お前に打たれたことで野球を辞めた選手が多かったからそう呼ばれてたのに本人は知らないんか」

「はっ? なにそれ?」

 塁には初耳だった。あんまりいい由来ではないことに語気が強くなってしまうが、「打たれた方が勝手に限界感じただけだからさ」と、美奈がフォローする。

「そうだよな。四打席連続で同じ選手から本塁打打たれたからって言うのは責任転嫁もいいとこだしな」

 兵夫のフォローも塁はいいように捉えられない。

 みんな勝手なこと言いやがる。

 改めて周囲の勝手な言葉に辟易しそうになる。

「まぁ、気にしないでいこうぜ。ってか、今はあいつから点を取ること考えようぜ」

「そうなの。美奈は、もう大丈夫として相手から五点取らないといけないの。そのためには、いろいろ確認しないといけないなの」

 強豪に序盤から差をつけられても一年生の空気は明るい。それは去年までと明らかに違うと上級生は感じていた。

 三回の攻撃は下位打線になるが、七番中村、八番鈴村と連続でセーフティバントを試みる。当然花火は捕球態勢をとらず、守備の邪魔にならないよう、ボールから離れるだけで、ダッシュしてきたサードとセカンドに任す。

 九番バッターもバントと決めつけたのか、花火は力をセーブして、ストライクゾーンにストレートを投げる。柳下は自分には本気の球は来ないと決めていたのか、そのボールをライト前にはじき返し、チームに初ヒットをもたらす。

 そして迎える美奈の二打席目。明らかにギアを変えた花火のボールにかすることもなく、三振に倒れた。


「面白くない!」

 花火の機嫌は悪かった。チームとしては理想的な展開だろうが、花火にとっては刺激がなさすぎた。

「もう飽きたからさ、格の違いを見せようよ。コールドで終わらせて花火たちと試合をすることはまだ早かったんだってわからせてあげる」

「けどよ、そんな簡単に相手から点を取れるか?」

 初回とは明らかに違うピッチャーになっていることを仙水の打者はわかっていた。彦根がホームランを打ったが、あれは彦根を褒めるしかない。

「あのね、花火のチームメートでしょ。ピッチャーから点を取るって、別にちゃんとヒット打たないといけないわけじゃないよ」

 花火はファーストを指差して、「たとえば、彦根のお気に入りの天才くん。あいつ、肩を壊して投手諦めたんでしょ。だからか、本気の送球できてない」と指摘する。

「キャッチボール見ててわかるよ。これからどうなるかは知らないけど、今日の段階ではあそこが神英の弱点。相手さんに意識させて橘の意識も分散させちゃおうよ」

 味方にいても厄介な選手だが、敵にする方がよっぽど嫌に思える。

「花火が打てないからバントしてくるようなチーム。チームとして点を取るにはどうすればいいか、見せてあげる」

 花火の不敵な笑みはチームメートでさえ、背筋を震わせる。


 三回裏。新里は打席の中でバントの構えを見せた。塁はきちんと前進してくるが、サードの中村は一歩目が遅れていた。

 セオリーならサード側だろうが、花火は一塁側に視線を送る。二球目を一塁線に転がすも打球の勢いは殺しきれなかった。塁は捕球し、一塁へ送球するも、ボールはベース前でバウンドし、カバーに入ったセカンドのグラブからボールこぼれた。

「ほら、見て。ずっとあいつにバント処理させたら絶対に点を取れるじゃん。花火たちと違って、カバーできる選手も周りにいないし」

 花火は相手にも聞こえるような声で自チームの作戦をばらす。

 相手を甘く見ているわけではない。馬鹿じゃない相手と気付いているからこそ、自分たちの弱点を気にさせる作戦に出た。次打者倉野、水田はバントをせず、強硬策に出るも凡退に終わり、美奈はようやく仙水の攻撃をゼロに抑えた。

「ごめんな」

 塁の謝罪に美奈は「気にしないでいいんじゃない。私はもう打たせる気ないし、塁に期待してる部分は守備じゃないし」と気にしない。

 塁が毎回ミスするわけではないと相手もわかっているから、続けてバントはしなかった。動揺や焦りを誘っているのだろうが、相手の術中にわざわざはまったりはしない。

「その代わり、打ってよね」

 美奈はとびっきりの笑顔で塁に発破をかける。

「わかってるって」

 塁も気を引き締める。美奈の期待は当然だろう。負けているこの状況を打破できるのはまず打つしかない。

 それは四番の仕事だ。

 キンッ!

 先頭打者の聖歌は二球目の内角スライダーを決め打ちし、センター前にヒットを放つ。次打者兵夫は得点圏にランナーを進めようとバントの構えを見せるが、花火の球は簡単ではない。案の定、フェアゾーンに転がすことはできず、聖歌は一塁のまま。

 得点圏ではないが、ランナーを置いた状態で塁に打順が回る。

「塁、打ってよ!」

「初球から狙ってけ!」

 神英ベンチからの声もボリュームが上がる。

 こういう場面で結果を出してきた塁を知っている彦根だったが、バッターボックスに入る塁はいつもと違ったように見えた。

 花火も最初のポイントと感じ取ったのか、ギアを一つ上げる。

 初球の高めストレートを見逃しストライク。

 二球目の内角スライダーをひっかけてファール。

 そして三球目のフォークボールを空振りの三振。

 花火はボールがミットに収まると同時に指でパチンッと音を鳴らし、笑みをこぼす。

 絵にかいたような三振に受け手の彦根が驚いた。塁の三振を見たことないわけではないが、三球で仕留められるのは記憶にない。

 もちろん、花火は一流の投手であるが、塁にもどこか力みがあるように見えた。

 塁は三振の後、大きく息を吐きだしベンチに戻る。そして、野球を始めて初めての感覚に襲われた。

 自分がこのチームの弱点とされている。

 柳下や聖歌がヒットを打ったボールと明らかに球威が違う。塁を抑え込めば勝てるという想いと士気を下げる算段があるのだろう。

 事実、塁がベンチに戻ると空気が数度下がったように感じた。

 花火は明らかに塁を標的に据えている。

 次打者、菜々緒もショートゴロに打ち取り、花火はこの回もゼロに抑えた。

 四回、五回も美奈と花火はスコアボードにゼロを並べ、試合は後半に入る。

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