第2話 夏に向けて 2

「はい。受理しますね。あと、詳しいことは橘さんに聞いてください」

 翌朝、朝一番に職員室へ向かい、野球部への入部は叶ったが、どこかすかされた感があった。

「やっぱり来るよね」

 職員室から出ると、美奈と聖歌が待っていた。美奈は笑顔で塁を歓迎するが、「もしかして、この学校ってあんまりやる気ない?」という塁の言葉に「それは学校だけなの」と聖歌が答える。

「けどさ、この学校って甲子園に出たことあんだろ。たしか、お前の姉さんが在籍してた時に」

「塁はこの近辺に住んでたんじゃないの?」

「たしかに家から近いから選んだ高校だけどさ、野球するつもりはなかったし、もし野球するためなら別の高校選ぶ予定だったから最近の状況なんか知らないって」

「そうなんだ。なら、塁には知っておいてもらった方がいいかな」

 美奈はそう言って、神英の歴史を語り始める。

 美奈の姉、きらりのいた時代に神英は夏、春に一度づつ甲子園に出場し、一大ブームを巻き起こした。

 それはきらりが卒業しても数年続き、男女問わず野球部への入部者は増えた。しかし、元々神英高校は特別野球部が強いわけではなく、きらりがエースとしてはもちろん、監督、部長としても立ち振る舞うワンマンチームだった。そして、それがいけなかった。多くなった部員をまとめられる顧問もおらず、学校の宣伝になるからと実力が劣る女子選手をレギュラーとして使い、野球部は一気に瓦解した。

 わずか数年での低迷劇に周囲は神英への期待を諦め、きらりも美奈が神英に進学することをはじめは反対した。

 それでもあのユニフォームへの憧れが美奈は強かった。だからこそ、美奈は今の状況が許せない。

 去年の秋。中学生だった美奈は秋季大会敗退後の野球部練習を見学した。もちろん、部員たちは一生懸命練習していたのだろうが、美奈にはそれが本気には見えなかった。

「なにしてるんですか!」

 思わず声を張り上げてしまった。声を出さずにはいられなかった。そのまま入部しないという選択肢のない美奈にとって、チームメートになるメンバーがこのままではいけなかった。

「来年、私と聖ちゃんがこの野球部に入部します。私は本気で甲子園での優勝を目指します。そこについてこれない人はそれまでに辞めてて下さい」

 美奈は部員たちに必死になることを強制した。

 中学生が高校生に交じって練習することは問題があるのかもしれない。それでも美奈は意に介さず、顧問に代わって練習メニューも作成するようになった。

 はじめこそ、急に現れた中学生に部員たちは戸惑っていたが、美奈の熱意に感化されていった。

 部員たちも当然このままではいけないのはわかっていた。神英野球部に入ろうとした動機に橘きらりがまったく関係ない部員はいない。きらりに憧れてこのユニフォームに袖を通したが、理想と現実は隔離していた。ただただ流されるままに練習し、たまに勝ちもするが強豪校との差は歴然とあった。去年と同じように二回戦あたりで負ける。そんな未来がありありと見えた。

 そこにきらりの妹である美奈が入ってくるという。ここで頑張らなければいつやるんだ? 今までの練習に加え、自主的な練習も始まった。

 美奈はその変化に気づいているからこそ、塁にも本気を求める。

「当たり前だろ。やるからには本気でやらなきゃ何もかわらない」

 塁は一安心した。いくら美奈がやる気であっても部員間で温度差があればいいチームにはならない。日本一になるチームには緊張感を含めて一枚板になる必要があることを誰よりも知っている。

「その言葉を聞いて安心したわ」

 美奈は「今日からよろしくね」といって、教室へと向かう。

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