第1話 運命の出会い 3
「待ってたわ!」
塁がいつも通り家を出るとそこに美奈は立っていた。
「なんでいるんだよ」
「なんでって、塁と一緒に学校行こうって思ったから」
きれいな女の子に誘われるというのは、とても嬉しいことなのだが、今回に限ってはそこに裏があることを知っていた。
「俺は野球なんてしないからな」
「まぁまぁ。そんなに警戒しないでさ。仲良くしたいのもほんとなんだし」
「勝手にしろ」
このまま玄関先で立ち止まるわけにもいかないので、塁は渋々歩き出す。
「私のことは美奈って呼んでいいから。私は塁って呼ぶね。塁はさ、私のこと知ってるみたいだけど、どうして知ってくれてたの?」
「………」
「それにしても学校から徒歩で通えるところに住んでたんだね。これなら、練習で遅くなっても泊めてもらえたりするのかな?」
「………」
「今日はいい天気だね。絶好の野球日和じゃない?」
「………」
「あのさ」
一言も喋らない塁の歩みを止めるように、美奈は塁の正面に立った。
「その反応、いくら私のことが鬱陶しくてもひどくない?」
「だったら、構わなければいいだろ」
「そんなの無理に決まってるじゃん。塁は自分の価値、わかってないの?」
「ただの高校生だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
塁はぼそりと呟いて、美奈の脇を抜ける。美奈もそれ以上追いかけることをせず「これは思った以上に困難かも」と、気合を入れなおした。
「た~かま~つく~ん。やきゅうし~ましょ!」
昨日に続いて美奈は塁のクラスに声をかけにくるが、そこに本人はいなかった。クラスメートに確認してみると、男子数人でどこかに遊びに行くことになったらしい。
「美奈、本人にやる気がないようなら、無理やり入部させても迷惑なの」
教室の外で待っていた聖歌は仏頂面で言う。ただ、美奈が諦めないと言う。
「なんでそんなに固執するなの?」
「だって、高松塁だよ」
「そう言われることが逆効果になるの、大人の期待がめんどくさいことを美奈は知ってると思っていたなの」
「知ってるよ。お姉ちゃんもこの学校に来ることは勧めなかったしね。どこから聞いたのか、学校にもすでに取材の申し込みとか来てるらしいし」
「それなら、どうして」
「聖ちゃん。私ね、あいつと野球してみたいの。もちろん今のチームメートも好きだけど、そこにあいつがいたら楽しそうじゃない」
美奈の表情に聖歌はため息を吐いた。知っていたが、止まる様相ではなさそうだ。
「で、今からどうするの?」
「この辺で遊びに行くところなんて限られてるでしょ。探しに行く」
美奈の行動に聖歌はついていくしかなかった。
ゲームセンターという場所に初めて来てみたが、想像していたよりも興奮する場所ではなかった。無心にメダルを投入していると、誘ってくれた男子生徒が声をかけてくる。
「なぁ、昨日の子とはどんな関係なんだよ」
「あ、それ、俺も気になった」
共通の話題がまだ見当たらないのか、友人たちは印象に残った出来事を話し始める。
「昔の会ったことがあるらしい。俺もあんまり知らないけどな」
それでも、あまりいい思い出ではない塁にとっては広げたくない話題であった。
「そうなんか? でも、すごい美人だったじゃん」
「そうそう。あの子と同じクラスの奴が羨ましいよな」
「まぁ、たしかに美人ではあるよな」
「ありがとう、容姿を褒めてくれて。でも、こんなところで油を売ってる人を私は好きにならないかな」
突然の乱入者に男子三人は声が出なかった。
「こういう遊びが悪いとは思わないけど、やっぱり、外で遊ぶ方が気分転換になるよ。そう、野球とかね!」
「お前はそれしか話題がないのか」
「そんなことないよ。けど、塁との共通の話題っていまのところ野球しかないしさ。今日だって、一緒に登校したとき、なにも話してくれなかったじゃん」
「え、知らないっていってたのにもう付き合ってんの?」
「俺たち、もしかしなくても邪魔?」
「そんなことないって、あいつの方が邪魔だから。っていうか、いつまで付きまとう気なんだよ」
「塁が野球やるって言うまでに決まってるじゃん」
美奈の言葉を聞いて、塁は観念したように「わかったよ」と言った。
「ほんとに? なら」
「ただし」
美奈が話を進めようとする前に塁が言葉を続ける。
「俺はほんとに自信もやる気もないんだ。だから、明日、入部試験してくれよ」
「入部試験って?」
「誰でもいいからマウンドに立ってもらって、俺が五打席のうち、一打席でも長打を打てれば俺の入部を取り消してくれ」
その言葉を聞いて、笑顔だった美奈のこめかみが震える。
「やる気も自信もない人間の言葉じゃないよね」
「五打席もチャンスをもらおうとするし、本塁打とも言ってないんだ。かわいいもんだろ?」
塁は安い挑発をし、美奈もそれに乗った。
「ふ~ん、オッケ。私がマウンドに立つから、覚悟しといてね」
「橘さんの妹だもんな。そりゃ、ピッチャーか」
「あのさ、私のことお姉ちゃんの妹として以外は知らないの?」
「もしかして、対戦したことあったか?」
美奈は感情を悟られないように、より笑顔で「思い出させてあげる。明日、忘れないでね」と言って、反転した。
「あの子、怒ってたけど大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ。ってか、ごめん、今日はもう帰るわ」
塁は二人に断ってからゲーム機を離れる。
そして、明日のことを考えると必然と表情も強張った。
「勝手に期待して、勝手に見限って、勝手に他人の人生まで変えちまう。あいつもどうせそうなんだろ」
呟きは喧騒に消える。
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