第30話 『元勇者』の最後
俺は愚王を囲んでひたすらに暴力を振るう民衆たちを冷めた目で見つめる。
するといつの間にか――勿論接近には気付いていたが――俺の隣に来ていたベルが、俺と同じ様に冷めた目を民衆たちに向ける。
俺達の目の前で民衆たちはこの機に乗じてとばかりに、全ての責任を愚王に押し付けていた。
まぁ殆どが愚王の責任なのだが、俺は民衆たちにも責任があると思っている。
まず勇者についてのことだが、実際民衆たちは、勇者が異世界から召喚されることは知っていたはずだ。
しかもどう見てもまだ大人には見えない。
会っていないならしょうがないかもしれないが、勇者の式典はしっかりと行われており、民衆の殆ど全てが勇者を目にしたはずだ。
それなのに誘拐されたとは一切考えず、尚且異世界という自分たちとは全く関係のない子供に、自分たちは何もしていないのに最初から守ってもらえて当たり前、といった恰好をとっているのはどうなのだろうか。
俺からしたらただの甘えでしか無い。
それに今では愚王を罵倒しているが、殆の奴らは勇者が来てくれたことに喜びを感じていたはずだ。
勇者が居れば大丈夫、勇者が自分たちの代わりに戦ってくれて守ってくれると。
自分たちは何かしようとすらしていないくせに。
さらに圧政に関しても、本来これほどまでに不満があったなら、必ず自分たちの力でなんとかしようと立ち上がる者が何人か居たはずだ。
現に五〇〇年前には1人の農民が国のあり方がおかしいと立ち上がって仲間を集めて反乱を起こし、最終的にその国も王を倒して王になった事例もある。
しかしこの国の民衆たちは動かなかった。
ただ黙って従うだけ。
別にそれが悪いことだとは言わないが、黙っているなら受け入れたも同義だ。
それなのに後になってこう言った自分たちが有利になった途端、態度をデカくして不平不満をぶちまけるのはお門違いだと思う。
俺からしたら愚王も民衆も何方も同じ屑にしか見えない。
「優斗様……人間は醜いですね……」
「昔はそんな事なかったがな」
「それは勿論知っています。人間であるシンシア様は魔族の中で絶大な人気を誇っていますから。勿論優斗様も」
それ故に醜いと思ってしまうんです……とより目を細めて言うベル。
その眼差しはさしずめ路頭の石ころに向けるような視線だ。
ベルもきっと俺と同じことを考えているのだろう。
「優斗様……私はこれ以上見ていられません……早く終わらせませんか?」
「そうだな。他の幹部たちも順調に攻めてきているようだしな」
その証拠に後ろの町並みが突然轟音を立てて崩れだし、所々で人間の悲鳴が聞こえてきだした。
その声を聞いた民衆達が、愚王を罵るのを辞めて街の方を振り向くと崩壊していく街に悲鳴を上げる。
「ああああああああ!?」
「ど、どうなっているんだ!?」
「た、助けてください勇者様!」
「そ、そうだ! 俺たちには勇者様がいるんだ!」
「お願いします勇者様! どうか私たちをお救いください!!」
民衆達が俺を見つけると、一瞬にして囲まれ、口々に俺に助けを乞う。
だがコイツらはわかっているのだろうか?
「何で俺が助けないといけないんだ?」
「「「「「「え?」」」」」」
「いや『え?』じゃなくて。俺はこの世界に誘拐されたんだぞ? そしてこの世界に家族が居るわけでもないのに何でわざわざ命を張って助けないといけないんだ?」
「「「「「「……」」」」」」」
俺の言葉に民衆達が黙る。
先程自分達が愚王に言っていた事をそのまま実行したい事に気付いたからだろう。
だが、人間は時と場合によって直ぐに意見を変える生き物。
「で、でも! 勇者様はお強いではないですか!」
「そうです! なら私たちを助けてくれても———」
「———いいなんて思ってるのかお前ら?」
俺は奴らの相変わらず身勝手な意見に辟易すると同時に苛立ちが湧き上がる。
「さっきも言ったが、俺は無理やりこの世界に連れて来られたんだ。なのに何でお前らの都合に合わせないといけない? そんなに死にたくないなら、お前達が死ぬ気で強くなればいいじゃないか。勇者だって初めは皆弱いんだ。それでも帰るために一生懸命強くなろうとしている」
まぁ勇者は絶対に返さないが。
あんな餓鬼どもが強大な力を持って地球に帰ったら何が起こるか分からん。
俺の家族を殺されない様にするためにも返すわけにはいかない。
「で、お前達は死なない為に何かしたのか? どうせ全部勇者が何とかしてくれると甘えていたんだろ?」
「ち、違う! お、俺たちには才能がないけど、勇者様達には強い力があるじゃないか!!」
「そうだそうだ!」
「才能があれば子供にも戦わせると? ならお前達の子供の中に才能があったら無理矢理にでも連れ出して戦闘させようか?」
「そ、それは……」
ほらやっぱり自分勝手。
自分の子供はダメで異世界の奴らならいい。
本当に頭がおかしい。
「——ふざけるな!!」
突然誰かが大声を上げる。
俺が声のした方を見ると、1人の男がズカズカと近付いてきた。
見た感じ三〇代くらいの男で、武器らしいものは付けていないし、武術の心得もなさそうだ。
しかし結構な豪華な服を着ており、まぁ良くて子爵くらいの貴族に見える。
「何がふざけるな、なんだ?」
俺の顔を睨みながら此方にやってきた男に問い掛ける。
「――何故俺達を助けない!? お前に心は無いのか!? 勇者なら自分の仕事をきっちりとこなせ!! これだからガキはダメなんだ!! 力を持てばこうして驕り高ぶる! 世界が自分中心の様に考える! そんな驕りも考えも捨てろ!! お前は勇者何だから黙って俺たちを助ければいいんだよ!!」
……………………プツンッ。
「心が無い……仕事をこなせ……勇者だから……」
「ゆ、優斗様……?」
ベルが心配そうに俺の顔を覗き込むが、俺にはその姿すら映っていなかった。
「驕り高ぶる……自分中心……勇者だから黙って助けろ…………ふふふっ―――あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッ!!」
「優斗様!?」
「な、何だ貴様!?」
突然俺が壊れたように笑いだしたことに、ベルは驚きと心配をないまぜにしたような表情で見るが、男は不気味なものを見るように――恐怖に支配された表情を向けていた。
だがそんな事関係ない。
俺をキレさせたからにはお前達に未来はない。
「―――はははははッ……はぁ……やっぱり人間はこんなものか。ほんの一欠片でも期待してた俺が馬鹿だったな。やっぱり人間は本当に腐ってしまったんだな……」
「な、何を言っているんだ貴様!! 早くあの破壊を止めろ!!」
「―――嫌だ」
「は?」
俺は男の命令をバッサリと断る。
貴族?
そんなもの知るか。
どうせ後数十分の命の奴が何いってんだか。
「『は?』じゃねぇよ。一度で聞き取れ屑が。だが俺は優しいからな? もう一度言ってやるよ。――俺は助けない。未来永劫俺は人間を助けることはないだろう」
「な、何故だ!? 貴様は勇者なのだろう!? なら責務を果たせ!!」
真っ赤な顔を更にカンカンにさせて命令してくる屑。
……一体何を言っているんだろうか?
「うるせぇおっさんだな。それに責務ならもうとっくの昔に果たしたぞ?」
「な、何を言っている!? 今貴様は何もしていないではないか!!」
「いやだって五〇〇年前に俺の勇者としての責務は終わってるから」
俺がそう答えると、男やその周りにいて口々に助けろと連呼していた民衆たちが静かになる。
しかしやはり貴族はプライドが高いのか、先程よりも勢いはないものの、言い換えしてきた。
「ご、五〇〇年前だと……? 何の冗談だ?」
「……はぁ? 分からねぇの? お前ら、俺の名前聞いて何も気付かなかったのか? ……本当に残念な奴らだな……まぁいい。そんな屑どもにもう一度だけ名乗ってやろう―――
―――俺の名前は浅井優斗。五〇〇年前この世界を救った勇者で……現魔王軍総大将だ。
そして今から俺は全力でこの国を滅ぼす―――ッッ!!」
俺にはもう限界だ。
もうこれ以上は抑えれそうにない。
すまん……こんな俺を許してくれ―――
エルド―――。
斯くして
―――もう
この世に居る
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