第26話 情を捨てろ

 俺は王子の部屋を出て王妃の部屋に移動する。

 しかし流石に三人目にもなると近衛兵たちが大勢やってきた。

 始めはナイフで戦っていたのだが、道中の近衛兵は全員ナイフで相手するのが面倒になってきたので、邪魔になる者だけを魔法を使って殺していく。


「―――【ウィンドカッター】ッ! ……ああ面倒だな……俺にも隠密系統のスキルがあればな……もっと楽だったのに」


 残念ながら俺は隠密系統のスキルに乏しい。

 そもそも俺は勇者だったので奇襲もすることはあったが殆どが正面突破だった。

 まぁ殆ど仲間のせいだったが。

 そのため【隠身】と言う隠密系統最下級のスキルしか持っていない。

 現時点でも使っているのだが、隠身はあくまで動いていない時に有効なスキルなので、激しく動いているともはや使っていなくても変わらないと感じてしまうほどに使えない。


「賊だ!! 賊が侵入しているぞ!」

「分隊長! 王女殿下と王子殿下がお部屋に居られません!!」

「何だと!? ……きっと賊が知っているはずだ! 何としても捕まえるのだ!!」


 廊下ではこの様に様々な言葉が行き交っており、これだけで人数が多いことが伺える。

 なので俺は一旦止まって隠身を使い、ゆっくり移動してみるも……


「あっ……」

「―――分隊長! いま―――」


 曲がり角で近衛兵にばったり会ってしまい、さすが訓練されているエリートと言ったところか……混乱するよりも先に合図を出し始めた。

 俺はマズいと思い、急いで完全に言われるまでに頸動脈を斬る。


 クソッ……予想外に人間が多い……吐きそうだ。

 

 口元を抑えて何とか我慢しながら【短距離転移】を連続使用して王妃の部屋に扉も開けずに入り込む。

 中は外と違って王女・王子の部屋と同じく静かだが、二人の部屋には存在しなかったものがあった。

 それは……


「此処に来るのは分かっていましたのよ! さぁ『影殺』、侵入者を殺すのです!」


 王妃がそう言うと同時かそれよりも早くに俺に向けて五人の黒装束を身に纏った人間が襲いかかってきた。

 しかしこの程度の相手でやられたりする俺ではない。


 襲ってきた者の一人の短剣を避けて腕を掴み、そのままの勢いで他の者へ投げ飛ばす。

 突然仲間を投げられた黒装束は対処することが出来ずにぶつかった。


「グハッ!!」

「―――ッ!?」


 俺はその二人を無視して残りの三人に目を向ける。

 三人とも訓練を受けているのか、仲間の事など気にせずに攻撃を仕掛けてきた。

 しかし俺と圧倒的なステータス差があるので掠りもしない。

 どうやら短剣に毒でも塗っている様だが、俺には効かないし、そもそも当たらなければ意味ないからな。


 俺は時間もないので剣を抜き、一瞬にして三人の首を斬り落とす。

 流石にナイフでは人の首を斬るのは大変だし、こう言った輩は自身の死など顧みずに特攻してくるからしっかりと息の根を止めないとマジで後ろからグサリとか言うこともあるかもしれないからな。

 さて、とっとと王妃を拉致させてもらおう。


 俺が王妃に近付くと、王妃は「ひいっ!?」と言う叫び声を上げて後ずさる。

 

「ひっ、やめなさいっ! 私はこの国の王妃ですよ!? こんな事をしてもいいと思っているのですか!?」


 そんな馬鹿な事を聞いてくる王妃には呆れて溜め息すら出ない。

 これでも一国の王の妃なのだろうか?

 あの愚王はもう少し女を見る目も養ったほうがいいと思うぞ。


「ここまでやって今更やめると思っているのか? それにこの国は後少しで終わるからお前の地位も無効だな」

「それはどう言うい———」


 俺は王妃が何かを言う前に亜空間収納に押し込む。

 あの王妃はきっと……いや絶対に馬鹿だと思うので話すだけ無駄だ。

 どうせ後でじっくり聞いてやるからな……民衆の前で。


 俺は最後に王の下へと足を運んだ。






***







 俺は王の寝室に向かっている途中で、王の気配が動いたのに気付いた。

 多分秘密の抜け道みたいなのがあってそこから逃げる算段だろう。

 まぁ俺には全く意味ないんだが。


「ただ、この兵士達は面倒だよな……」


 俺は目の前に何十人と押し寄せてくる兵士達をうんざりとした表情で見る。

 皆、王を逃がす時間を稼ごうと必死になって勝ち目がないと分かっていても突撃してくる。

 こう言う奴らには心の底から不便に思うよ。


 だってそうだろ?

 主君が無能なせいでこうして必死に仕事を全うしていてもいきなり俺と言う賊に殺されてしまうんだから。

 俺だったら確実に主君を恨む。

 だって自分は何も悪いことなんてしていないし。

 まぁでも、


「……災害だと思って受け止めてくれ」


 俺は剣を抜いて剣に濃密な闘気を込める。

 その闘気を見て兵士たちの心がポッキリと折れる。

 なまじ才能があって自身が強いために力の差をはっきりと分かってしまったからだ。

 相対すれば必ず死ぬと。

 

 そこからは命乞いの嵐。


「や、やめろ! まだ、まだ死にたくないっ!」

「くそッ! 死ぬことがわかっていたんならもっと豪遊して女を侍らせておけばよかった!」

「どうか殺さないでくれっ! 俺には妻と子供がいるんだ!」

「俺も後少しでお母さんを治せる薬を買うことができる!」


 ……もう遅いんだよ……全てはあの時に決まったんだ。


 俺は闘気を込めた剣を一振りして、そうして命乞いしてきた者も纏めて一気に何十人もの兵士の首を飛ばす。

 その瞬間に何十もの首が宙に飛び、血が吹き出しあたり一面を真っ赤に染め上げる。


「…………チッ」


 そして残ったのは不気味なまでの静寂と兵士たちの死体の山に暗闇でも分かるほどに真っ赤に染まった廊下。

 誰が見ても酷い光景だと思うだろう。


 俺はその光景を少しの間見つめた後、ため息を吐き、いつの間にか歪んでいた顔を元に戻して自分に言い聞かせる。

 

 もう俺は昔のお優しい勇者ではないんだ。

 いい加減に情を捨てろッ!

 それでは新たに手に入れた仲間を失う事になるぞ……!


「……それだけは絶対に嫌だ……ッ!」


 そうだ……奪われる前に俺が奪えばいい。

 今の俺にはかわいい愛弟子のベルもいるし、一緒に仕事をする同僚も皆いい奴だ。


 そんな皆を俺のミスで奪わせはしない。


 そして……今代の魔王は俺の嘗ての仲間の子供だ。

 更に言えば彼女の母親は俺が一方的に捨ててしまった婚約者だった女性。

 彼女——アリシアを見ていると、シンシアへの罪悪感が心の中で渦巻く。

 そして……そんな彼女に似ているアリシアを守るのが俺のこの世界に来た理由だと勝手に思っている。

 これは神が俺にくれた罪滅ぼしなのでは無いかと。


 だから何としても守る。


 そう———たとえ、






「たとえ——自らが救ったこの世界を滅ぼすことになったとしても———」

 


 


 

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 取り敢えず10万字程書いた時点で、人気であれば続けます。

 なので、☆☆☆とフォローをよろしくお願いします。   

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