第23話 死の森の王②

 俺は一瞬にして体長五m以上もあるケルベロスの腹の下に入ると、突き上げる様にして拳を振り抜く。

 『スパンッ!』と言う風切り音と共にケルベロスに打ち当たるが、ケルベロスが当たる瞬間にジャンプしたため、威力を殆ど受け流されてしまった。

 更にジャンプした状態からのケルベロスの【炎化】によって、ケルベロスの体が青白い炎に包まれ俺の攻撃を阻む。


 俺はあの状態のケルベロスに触れるのは嫌なので一旦距離を取る。


「全てのスキルが強くなってんな。これも狂化スキルの仕業か?」


 俺はケルベロスデビルと睨み合いながら考える。

 【狂化】とは、脳のリミッターを外し理性を奪われる代わりに、体の力を一〇〇%使える様にする諸刃の剣的なスキルだ。

 このスキルを使う者は狂戦士と呼ばれ、死をも恐れない最凶の戦士と変異する。

 それがただでさえ強いケルベロスが使い、更にはレベルがMAXと来た。

 これならアリシアでさえ苦戦するだろう。


 俺はまず、炎を打ち消すためにまず魔法を使う。 


「【水獄】」


 上級水魔法に分類されるこの魔法は、【水牢】と言う水で相手を牢の様に包みこむ魔法の上位互換で、水で相手を呑み込むだけでなく、そこから発生する多数の水の鎖が相手の体に巻き付いて拘束する。

 現にケルベロスデビルはこの魔法を受けて炎は掻き消え、鎖によって身動きが取れなくなっていた。

 

 俺は亜空間収納から魔剣グラムを取り出し、【闘気】【魔闘気】を発動。

 ステータス的には俺の方が上だが、俺には守る者が居るし、もしもの事があってはいけないため、更に自身も強化しておく。

 そして爆上がりした敏捷性を際限なく使い、水獄の中に囚われているケルベロスに向けて何度もグラムを振るう。

 その際に俺の魔法は壊れるが、一番の目的である炎化は止められているので別にいい。


 闘気と魔闘気を纏った魔剣グラムは一振り毎にケルベロスデビルの体を傷付けていくが、ステータスが高いこともあり、中々有効打にならない。

 更にはケルベロスデビルもタダではやられまいと地獄の業火を口から吐き出して応戦してくるので攻撃の回数も減っていく。

 

「チッ——鬱陶しい炎だなッ! はぁああ!」

「グルァァァァ!?」


 俺は剣に水魔法を付与して飛ぶ斬撃を繰り出す。

 その斬撃は炎を斬りながら進むため、驚いたケルベロスは唸り声をあげて飛び退く。

 

 なるほどな……やはり生前と変わらず弱点は水か。

 しかし水では少々火力不足なため、防ぐことは出来ても弱らせる事は難しいだろう。

 

 このまま攻撃していては埒が開かないので、魔剣となったグラムの力を一部解放する。

 聖剣だった頃のグラムには様々な権能と言った能力があった。

 例えば勇者が持てばパーティーメンバーも纏めて身体能力を強化する【戦闘の号令】、勇者の体を絶えず回復し続ける【祝福】、相手に神の審判を一撃を食らわせる【神罰】などがある。

 

 しかし今回聖剣は俺が人間を見捨てた時に魔剣へと堕ちてしまったので、色々と効果が変わっている。

 その中でも使い勝手の良い権能を発動。 


 グラムからドス黒いオーラが発生し、そのオーラは相手の方へ向かっていく。

 ケルベロスは危険を察知したのか飛び退こうとするが、地面から出て来たドス黒いオーラの手が足を掴んでいるため逃げられない。

 オーラがケルベロスの体に纏われると、一気に威圧感が減少する。


 この権能は【戦闘の号令】が反転した【戦闘の恐怖】と言う物で、相手の全能力を減少させる最恐のデバフだ。

 一度自分にも使ってみたが、まるで自分の体が全身鉄の塊に変わったかの様に動きづらかった。


 しかしケルベロスは狂化中のため、限界以上に体の力を発揮できる。

 そのため全身の傷から血を吹き出しながらも先程と殆ど遜色ない動きで接近して来た。

 そして強烈な前足の鉤爪での横薙ぎ。

 俺はギリギリの所で剣を鉤爪と俺の体の間に割り込ませてガード。

 『ガキンッ!!』と硬い物同士がぶつかり合う音が響き、両者とも弾き飛ばされる。


「くっ——!」

「グルァッ!!」


 しかし俺もケルベロスも弾き飛ばされている間に体勢を立て直し、再び地面を蹴ってぶつかり合う。

 俺は魔剣グラムを、ケルベロスは己の体で最も硬く強い鉤爪を撃ち合わせる。

 その衝撃波は凄まじく、周りに居たモンスタープラントが細切れになってしまうほどだ。

 ベルはちゃんとこの衝撃波が届かない所に居るし、そもそもこの程度なら十分受け流せるので心配はしていない。

 だが……そろそろ終わらせないとベルもそうだが、死の森が崩壊してしまう可能性が出てきた。

 俺とケルベロスデビルがぶつかり合えばモンスタープラントやウルフデビルなどの弱いモンスターは細切れになり、地面は陥没して川は水が吹き飛び、陥没した地面から岩肌が硫化する。

 もはや戦う前の面影など一ミリもないこの状況はもはや天災が起きたのではないかと思われてしまうほどだ。


「ごめんなケルベロス———一気に決めるぞッ!」


 俺は【魔闘気】を最大まで上げて魔剣グラムを振るって一気にケルベロスを吹き飛ばす。

 何tもありそうな巨体が上空に吹き飛ばされ、ケルベロスは今までなかった事に戸惑いを隠せていなく、藻搔いている。


 今がチャンスだ———ッ!


「【戦闘の恐怖】」


 再び権能を発動。

 グラムから発生したオーラは再びケルベロスデビルを包むと先程よりも動く事なく地面に落下していく。

 しかしただ落とすだけでは弱らせる事は出来ない。

 俺は【空歩】と言う空を蹴って移動する特殊なスキルを使ってケルベロスデビルの上に移動すると、片手にハンマーを持って思いっ切り叩く。

 ハンマー変えた理由は、コイツはベルに殺してもらうため、俺が誤って殺さないためだ。

 グラムでは多分真っ二つに斬れてしまうので鈍器に変更した。


 『バゴンッ!!』と言う音が響くと共に、ハンマーを打ち付けられたケルベロスは更に加速して地面に激突。

 その巨体は激突の際に巻き上げられた大量の砂埃で見えなくなった。

 しかし俺はその砂埃の中に突撃。

 もし動けて逃げられでもしたらたまった物じゃないからな。


 そして地面に横たわって瀕死状態のケルベロスを見つけると、ベルを俺の元へ転移。


「———斗様!! って如何してここに!?」

「驚くのは後にして取り敢えずコイツを殺せ。これも命令だ。いつ動き出すか分からんからすぐにだ」

「は、はいっ!!」


 俺の言葉に困惑した表情から一転して戦闘モードの凛々しい顔に変わると、予め渡していた《爆破のナックル》を装備したベルがケルベロスデビルの一つの頭に向かって拳を振り下ろす。

 そして顔に当たると同時に爆発が起こり、ケルベロスデビルの顔がまるで元々なかったかの様に吹き飛ぶ。


「グアアアアアッッ!?!?」

「ごめんなさいごめんなさいっ! 仕方がないんです!」


 ベルはケルベロスの悲痛の叫びに謝りながらも一つ一つ確実に頭を攻撃していく。

 それを三回やった後で、最後に心臓部分も同じく爆破させる。

 そこまでやるとケルベロスも動かなくなり、死の森に沈黙が広がった。


 俺は一度感知でケルベロスデビルが死んでいるか確認し、周りに強力な魔物がいない事を感知してから全てのスキルを解く。

 久しぶりにここまで体を使ったので少し体が痛い。

 アリシアの時は殆どが魔法だったのでこうはならなかったのだが、今回は殆どが肉弾戦だったので大分体力も消耗した。


 俺はふぅ…………と息を吐き、地面に座る。

 昔はこのくらいのレベルの相手は何度か戦っていたが、やはり二年ほどのブランクは大きいらしくもう既にへとへとだ。

 そんな俺の横でベルが小さく叫んでいる。


「……如何したベル?」

「あ、え、優斗様。いえ、ただ物凄くレベルが上がって驚いているだけです」

「どれくらい上がった?」

「……レベル四五〇程です」


 ベルが自分のステータスを見て目を見開いているので、俺もベルのステータスを見る事にした。


————————————————

ベル

魔族(神魔族) 25歳

称号:神と魔の孤児みなしごの子孫 先祖の力を色濃く受け継ぐ者 

   歴代最強勇者の最初の弟子 


《スキル》

《神魔覚醒Level:0》

《神法Level:0》《邪法Level:0》

【神眼Level:1】《邪眼Level:0》

【魔闘気Level:7】【格闘術Level:9】

【気配感知Level:8】

【空腹耐性Level:4】【恐怖耐性Level:1】


ステータス

Level:450

総合値:974400(EX級)

体力:179340

魔力:280140

筋力:159600

防御力:152460

敏捷性:202860


*《》は優斗にしか見えない。

————————————————


 確かに物凄く強くなっている。

 それにあの衝撃波から耐えるのと、飛んでくる魔物の死骸を避けていたのか【魔闘気】と【格闘術】、【気配感知】のスキルレベルが一つ上がっていた。

 これなら足を引っ張ることはなくなるだろう。


「よし、それじゃあこのケルベロスの死体を収めたら魔王城に戻るか」

「はい! 久しぶりのベッドが楽しみです!」


 俺たちはそんな楽しい話をしながら魔王城へと帰った。






「……死の森の地形を変えたらしいわね? 後で直してきなさい。そしてその前にお風呂に入って。物凄く臭いわ」

「「…………はい……」」


 魔王城でアリシアにそう言われて肩を落とす俺とベルだった。


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