006

 結局、部長が悔しそうにその場から去った事で、この一連の騒動は幕を閉じた。

 終えてみれば何とも馬鹿馬鹿しく、得るもののない出来事だった。

 俺がやった事と言えば、必要のない曲を作って意味の無い力説を垂れ流しただけ。

 結果として元の鞘に収まったものの、停学になった分マイナスですらある。

 一応俺の停学は正当性を欠くため不適とされたが、すでに休んでしまった停学期間の撤回は難しく、また俺が自分で話をややこしくした事もあって処罰ではないが処分を受けたという扱いになってしまった。

 しかも今日は三者面談で半日授業のため、学校に来たにも関わらず欠席扱いになる。

 あの後ひょこりと現れた中野先生に「これ以上休んだら留年ですよ? お互い覚悟を決めます?」と笑顔で補習プリントと一緒に結婚情報誌を渡された時の恐怖は筆舌に尽くしがたい。

 そんなわけで何ともやるせない気分になりながら、何だかぽやーっとしている冬雪と一緒に廊下を歩いていた。

 いや、出来れば今すぐ家に帰って布団にくるまって頭抱えてゴロゴロしたいんだけどね?

 でも、ひとまず部活が出来る事になったので部室には顔を出しておかなきゃね? とある人物に仕返しもしたいしね?

 ともあれ俺は、一週間ぶりに訪れた、動画制作部の部室のドアを開けた。


「遅いですよ小春子さん! オレンジジュースを買うのにどれだけかかってるんですか! 早くしないと綾瀬さんが来てしまいま――、ふっひゃあああっ!?」


 室内に入るや、テーブルに着く夏音が俺の姿を見て悲鳴をあげた。


「あ、あああああ綾瀬さん!? お、おおおお思ったより早くこちらに来ましたね! え、えへへ、お待ちしておりましたでゲスよ。シャ、シャバの空気はどうでゲスか!?」


「人をムショ帰りみたいに言うじゃないよ。ていうか人の妹をパシらせて何してんの?」


「い、いえ。これは……」


 言いよどむ夏音の手元には、ハンドメイドと思しき造花が作りかけの状態で置かれていた。

 心なしか、部室という名の物置も少しだけ掃除がされて綺麗に見える。

 何なら飾りまで付けられて、まるで小学生のお誕生会のような雰囲気。

 垂れ幕とかはないけど、もしあったら『あやせくん、ていがくあけおめでとう』って書いてありそう。やかましいわ。


「その、綾瀬さんの疑いも晴れましたし、せっかく四人でまた部活が出来るようになるので、少しだけでもお祝いがしたいなぁと思いまして……」


 どことなく気まずそうに言う夏音。


「夏音、お前……」


「こっ、これでも、結構色々心配してたんですからねっ!」


 そうか。こいつには今回、随分と辛い役回りをさせてしまったからな。


「……とか言いつつ、俺を騙した事を誤魔化そうってハラだろ」


「はい」


 こいつ、許さん!


「ふ、ふゆきざぁぁぁぁぁぁん!」


「な、夏音ちゃん?」


 夏音は、部室に入ってもいいものか悩んでドアの前で佇んでいた冬雪に駆け寄ると、涙を浮かべ抱きついた。


「た、助けて下さい! 夏音はあの鬼みたいな男と二人っきりになるのはもう嫌です。冬雪さんも一緒じゃないともう無理ですぅ!」


「ちょ、ちょっと夏音ちゃん!? な、何をしたの、悠一君」


「するのはこれからだよ。おい夏音。お前、よくも騙しやがったな!」


「ひぃぃぃん! 夏音は悪くありません! 勝手に騙された綾瀬さんが悪いんです!」


「ゆ、悠一君、ここは穏便に、ね?」


「うぅ、冬雪さん優しいです。甘やかされたいです……」


 くっそ、こいつ。冬雪に撫でられて満足そうに目を細めてやがる。


「あんた達、ドアあけっぱで何してんのよ」


 そこに現れる、アルティメット可愛い我が妹、小春子。

 呆れたように俺達を見た後、さっさと室内に入って持っていた袋をテーブルに置いた。


「一応言われたものは買ってきたよ。で、いつまでそこでそうしてるつもり?」


「さすが小春子さん良いタイミングです! あ、綾瀬さん。ここはこのオレンジジュースに免じて、今日の事は水に流すという事で……」


「にーちゃには緑茶ね、はい」


「まさかの裏切りでゲスか!?」


 やっかましいなぁ、この部活。

 ただまあ、そう悪くはないと思えるのは、結局俺もこいつらを嫌いじゃないからだろう。


「……あ、あの、みんな」


 そんな中でどこか気まずそうな声を出すのは、未だドアの向こうにいる冬雪だった。


「? どうしたんですか、そんな所に立って?」


「あの。私、一度この部活を辞めちゃったし、その、また入ってもいいのかなって思って」


 そう言って、冬雪は自分のつま先を見つめていた。

 それを見て夏音がきょとんと首を傾げ。


「何を言ってるんですか。冬雪さんが居なかったら誰がこの悪魔から夏音を守るんですか」


 あらあら、夏音ちゃんってば本気で言ってるじゃない。これじゃまるで俺が悪い人みたいだわ。後で酷い目に遭わせちゃおうかしら。


「おい、部長」


「?」


「……お前だよ、夏音」


「ハッ、そうでした! 部長は夏音でした!」


 本当にこいつが部長で大丈夫なんですかね?


「部長、確か動画制作部は今、絶賛部員募集中だったよな」


「え? あ、はい! 人が居なくて本当に困ってるんです!」


「なら、冬雪に……」


「けど、入部に際して部員達から出す条件がありましてね」


「んお?」


 夏音は悪巧みをする子供のような笑顔を浮かべて冬雪を見た。


「というのも、この部活は特殊な人達の集まりでしてね。新入部員は他の部員が出す全ての条件を満たしていなければならないんです。まずは夏音からは、隠れオタである事。こればっかりは絶対に外せませんよ! はい、小春子さんの条件は?」


「は? あたし? えーっと、アニメを作る気がある事?」


 小春子は首を傾げながら言う。いや、何の条件なんすかね、これ。


「真面目ですか。はい、では綾瀬さんの条件をどうぞ」


「いや、もうなくね?」


「何でもいいんですよ別に。冬雪さんに条件が当てはまれば」


「じゃあ顔が可愛い事、いって!」


 思いつくものがなくて適当に言ったら、夏音と小春子につねられた。なんでやねん。

 きっとこれは冬雪に『この部活に入る条件は満たしている』と伝える為の方便でしかなく、結局後は冬雪次第となる。

 そんな俺達を見て呆気にとられていた冬雪だったが、やがて俺達の視線が集まっている事に気付くと。


「え、えっと、じゃあ……」


 恥ずかしそうにしながら、それでもやがて冬雪は一度息を吸って、満面の笑顔で言った。


「可愛い隠れオタ友と、アニメ作りしませんか?」

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