002

「む、無理ですよ夏音が歌うなんて!」


「大丈夫だって。ほら、着いたぞ」


 俺は我が家の鍵を開けながら、夏音を振り返る。

 一応ここまで着いてきてはいるが、夏音は道中もずっと無理だの一点張りだった。


「何を考えてるんですか! 何で夏音なんですか! 綾瀬さんの曲なんだから、普通に綾瀬さんが歌えばいいじゃないですか!」


「俺が歌うんじゃダメなんだ。冬雪を悔しがらせる為には、あくまで冬雪以外でやった成果を見せないといけない。この曲はそもそも小春子と作ったものだし、そこにお前を関わらせようと思ったら、どうしたって歌う以外ないだろ?」


「か、簡単に言わないで下さい! YUIさんの曲を歌うなんて……!」


 夏音は今にも泣き出しそうな顔をしている。


「大丈夫だって。ライト兄弟だって空を飛べるっつって本当に飛んだろ。やってやれない事はないよ」


「機械に頼ってるじゃないですか! 夏音は生身ですよ!」


「平気平気、ある程度はこっちも機械に頼るから」


 俺は廊下を歩いて行くと、一度も使った事の無い地下への階段を降りていく。

 やがて辿り着いた扉の前で、一度だけ深呼吸した。


「すぐ掃除するから、少しだけ待っててくれな。二年間使ってないから」


「ここは……?」


 扉を開けて中に入ると、夏音が不思議そうに室内を見る。


「家を買う時に、小春子が一つだけ付けた条件があったんだ。それがこの部屋、防音室だ」


 何も置かれていない部屋の中は、ずっと放置されていたため少しだけ埃の香りがする。

 けれど思っていたより綺麗なのは、小春子がたまに掃除をしていたのかもしれない。


「ここなら近所の迷惑を考えずに歌を録音出来る。さあ、今日から一緒に学校を休んで、曲を完成させようじゃないか!」


「本気ですか! 本気で夏音を歌わせる気なんですか!?」


「本気も本気だ。冬雪を口説き落とすには、これしか思いつかなかった」


 というのは嘘で、半分くらいは意趣返しだ。

 あの動画を見せられた時、俺は確かに嫉妬した。

 冬雪と夏音が、二人だけであんなに凄いものを作った事に、心の底から嫉妬した。

 そこに自分が関わっていない事に、歯を食いしばるほど嫉妬した。

 だから、もし冬雪が俺達と一緒に居たいと思ってくれているのなら。

 きっと冬雪も、これで心が動かされるはずだ。


「そ、そんな事言っても」


「じゃあ、このまま冬雪がいなくなってもいいのか?」


「……ずるいです、それは」


 悔しそうに俯く夏音。

 何だかんだ言ったって、こいつだって皆で一緒に居たいんだ。


「そう深刻に考えなくても平気だよ。俺は歌う方法を散々調べ尽くしたからこそ、人に褒められる歌い方が出来るようになったんだ。そのノウハウを、全てお前に託す!」


「だ、大丈夫でしょうか。すっごく不安なんですけど」


「任せろ! 猿にでも分かるように教えてやる!」

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