第五章 声は遠くに届けるように
001
「あのさあ、にーちゃ。本気?」
「本気も本気。超本気だよ」
一夜明けた翌朝。
俺と小春子は、通学路の途中にあるベンチに座っていた。
俺は考え疲れてグロッキー。そんな俺を、小春子は心配そうに見つめている。
「ねえ、停学中にこんな事したら今度こそタダじゃ済まないかもよ? 本当にやるの?」
小春子が、心底呆れたような顔で言う。
「どうすんのよ退学になったら。中卒よ中卒。せっかく成績も悪くないのに、校長先生に逆らって中卒とか、本当に勘弁してほしいんだけど」
やきもきしてる我が妹もやはり可愛い。
ちなみに小春子は今日も普通に登校するので、いつものセーラー服。
一方俺は、停学中のため私服姿。更に帽子とマスク、サングラスという完全装備。
一応家に居る事になってるから、これなら万が一誰かに見られても誤魔化せるって寸法。
「何だよ、随分と心配してくれるんだな」
「……そうよ。心配してんの。悪い?」
「いや、悪くない。ありがとな」
今朝俺の計画を聞かされてから、小春子はどうにもキレがない。
止めるべきかどうか、未だに迷っているようだった。
昨日一晩考え、俺は一つの計画を立て、それを告げるために夏音を呼び出していた。
そして今、夏音を待っている所だ。
朝の街道は通勤や通学に急ぐ人達で賑わっている。
俺達の目の前を大勢の人達が通り過ぎ、ついでに怪訝な視線を俺達に注いでいく。
我が妹である小春子が可愛すぎるから……、というのもあるが、俺の格好がかなり怪しいからだろう。
「てか普通にあっちを家に呼び出せば良かったじゃん。わざわざそんな格好しなくてもさ」
「いや、もしかしたら断られるかもしれないし。そうなるとあいつはこの後普通に登校するし、あいつの家からだと学校と逆方向になるし」
「へぇー、随分とお優しい事ですねぇ。ていうか、本当に断られると思ってるの?」
「それは……、どうだろう?」
首を捻るが、答えは出てこない。
いや、心のどこかで、きっと夏音は同意してくれるだろうと確信している。
けれどもしダメだった時の心の準備をしておきたい的な?
ほーらやっぱりダメだったじゃん、とか思っておけば心のダメージは最小限で済むし?
柄にもなくそんな保険をかけてしまう程、俺は緊張していた。
まあ後はホラあれだ、同意を確信してるとか何か以心伝心みたいでキモいし。
あとはえっと……、いいやもう。
「じゃあ、あたしはもう学校行くからね。ほんとは行きたくないけど」
「おう。後の事は任せておけ」
小春子はどこか不安そうにしながら、登校していく。
ギリギリまで一緒に居てくれたのは、本当に俺を心配してくれていたからだろう。
やがて少し時間を置いて、約束の五分前になった頃に、道の向こうに夏音の姿が見えた。
まだこちらには気付いていない様子。横断歩道を渡ってキョロキョロしている。
そんな夏音に手を振り。
「おーい、こっちだこっち」
「! あやせさ――、ひぃっ!? 変質者!?」
「んお?」
声をかけるや、マスク姿の俺を見た夏音が悲鳴をあげてズザっと後ずさった。
「ま、またあなた達ですか! しばらく見ないと思ってたら、また現れましたか! それ以上近付いたら防犯ブザー鳴らしますよ!」
「え、いや」
「な、夏音はあなた達が好きな幼女ではありませんからね! これでも高校生です、ババアです! だからこっちに来ないで下さい! あ、綾瀬さーーーん! 助けてくださーーい!」
「お、おい、落ち着け」
すげぇ。一発で緊張が吹き飛んだわ。
というか、こいつも苦労してんだな。これからはもうちょっと優しくしよう。
「いや、俺だってばよ」
「ぎゃーーー! た、助けてください! 綾瀬さーーーーん!!」
「お、俺だよ! 俺オレ!」
「オレオレ詐欺ですか! 夏音にはそんなもの通じませんよ! 綾瀬さーーん! 助けてくださーーーーーい!」
「だから俺がオレだよ!」
マスクとサングラスを外して顔を見せると、夏音はポカンとしてマジマジと俺を見た。
「そ、そんな、まさか――」
「ようやく落ち着いたか」
「長年悩まされた幼女愛好者達が、まさか綾瀬さんだったなんて!!」
「お前の思考回路ぶっ壊れてんぞ取り替えてこい!」
前言撤回。やっぱこいつには優しくなんてしねぇ。
やがて少しだけ時間を置いて、ようやく夏音は落ち着いた。
「もう、綾瀬さんが紛らわしい格好してるからつい警察を呼ぶ所でしたよ。反省して下さい」
「俺か? 俺のせいなのか?」
「言っておきますけど、夏音の通報スキルはマックスですからね。何か変な事をすればマッハで警察が来ますよ」
ドヤって言うような事じゃねぇ。
「それで、昨日の今日で何の用ですか。あ、もしかして夏音と会えないのが寂しくてつい連絡してきちゃったんですか? 綾瀬さんも可愛い所がありますねぇ、このこのぉ」
「やっぱお前の力は借りない事にするわ。じゃあな」
「わぁっ、な、何でそう潔いんですか! 少しは夏音にもデレて下さいよ!」
夏音にしがみつかれて俺は数歩を歩くに留まった。クッソ、こいつマジで力つえーな。
「ええい、離せ!」
「どうせ冬雪さん絡みでしょう!? きっと夏音の助けが必要ですよ! さあ教えて下さい!」
「そうだけど、お前に頼むの何か不安なんだよ!」
「何を仰いますやら。夏音ほど頼りになる女子高生はいませんよ!」
「ハハッ」
思わず某夢の国のネズミみたいな笑いが出ちゃったよ。
「ほらほら、昨日冬雪さんに呼び出されたのでしょう? どんな話をしたか教えてくれるまで離しませんからね!」
「やっぱお前も一枚噛んでやがったか! ていうかオイ、マジで離せ! 周囲に変な目で見られてるからあああ!」
気付けばそこら中の人がスマホ片手に通報しようとしてるんですけどぉ!
俺は無理矢理夏音を引き剥がすと、周囲の誤解を解いてから、ようやく夏音に昨日の夜の出来事を告げた。
夏音にとっては大方予想通りの内容だったようで、それほど驚いた様子はない。それでもその表情は目に見えて曇っていったが。
「なるほど。それで綾瀬さんはどうするのですか?」
「一晩かけて考えたんだ。そもそも俺達は創作がしたいのであって、部活がやりたいわけではない。だから前提を崩す事にした」
「へ……?」
「冬雪は自分を犠牲にする事で学校側に部活の存在を認めさせようとしている。けれど逆に言えば、部活を諦めてしまいさえすれば冬雪を縛るものは何もない。そうだな?」
「それは、そうですが」
「だったら俺達は部活を諦めて校外で創作をすればいい。せっかく部活を作ろうとした夏音には悪いけど、それなら学校側に口を出す権利はない。俺達は友達だからな。友達が一緒に家で遊ぶのなんて、普通だろ?」
「で、でも、校則では一年のうちは何かの部活に入らないといけないって」
「入らないといけない、だろ? 続けなければいけないとは書いてない。適当に入って、後は放っておけばいい」
「う、うわー。詭弁を使わせたら一人前ですね」
夏音が嫌そうに俺を見てくる。
気持ちは分かるけど、お前にだけは言われたくねぇ。
「けど、校長先生がそんなのを認めるでしょうか。冬雪さんを美術部に戻すためだけに綾瀬さんを停学にしたんですよ? 部活動に不利益な活動を許すとは思えませんし、もし綾瀬さんが首謀者ってバレたら今度こそ何かの理由をでっちあげて退学にしてくるかもしれませんよ?」
「隠し事の多い俺達にはぴったりじゃないか。まあ、心配なら冬雪は美術部に在籍したままにすればいいさ。つっても、全ての時間をこっちが貰うけど」
「ひ、ひえぇ……」
夏音が何コイツみたいな顔してた。
「とにかく、冬雪は俺に創作を続けて欲しいって言ってた。けど俺は何かを作るなら、お前達と一緒がいい」
「お前達、というのは?」
「冬雪と夏音と小春子だ」
俺の言葉に、夏音がギュッとスカートを握った。
「そ、それは嬉しいです、けど」
夏音は言い辛そうにした後、俺を見て。
「……でも、そんなの冬雪さんが納得するでしょうか?」
ただでさえ学校での俺の立場が悪くなっている所に、更に学校に刃向かうのだ。
バレたら俺が処分されるような事を、冬雪が進んでやるとは思えない。
「それでも冬雪がこっちに来たいって思うように、本気で勧誘する。具体的にはお前達が作ったあのアニメを完成させる。こんなすげーものが作れるんだお前も来いよって、見せてやる」
ただでさえアニメ作りなんていう、手間も時間も気力も必要な事をしようとしているのだ。
結局、この話は冬雪がそういった諸々を含めて全て飲み込めるかどうかがキモなのだ。
「まあ、冬雪は俺達と違って真面目だし? 実際には美術部を続けるならある程度は頑張ろうとするだろう。加えて日々の勉強もある。それでも冬雪が、どうしても俺達と一緒に創作をしたいって思うように、俺も覚悟を示して勧誘する事にした」
俺はスマホを取り出して、一つの曲を再生した。
内蔵されたスピーカーから、どこか機械的なメロディが流れる。
それを聴いた瞬間、夏音が目を見開いた。
「これ、は……?」
「俺が作った曲だ」
「……っ」
「正確には、昔作ったまま公開してなかった曲を少しアレンジしたものだけどな。お前達が作ったあのアニメを見て思いついたんだ。もしあれに音を付けるなら、これが良いんじゃないかって……、どわっ!?」
急に胸に重さが乗って、思わず声が出た。
「な、夏音? おい、だから変質者に間違われるから、こういうのはやめろって……」
震える声で何事か言いながら、夏音はギュッと俺を抱きしめてくる。
やがて、ようやく俺に届くくらいの声で。
「すこし、だけ……」
そう言ってから、夏音は俺の胸に顔を埋める。
押し殺したように胸に響く少女の吐息。小さい嗚咽が、俺にだけ届いて消えていく。
若干居心地の悪い思いをしながら、ふと、考えた。
もし、仮に。冬雪が言うように俺の音楽が誰かを救っていたのなら。
もしかしたら、こいつも俺の音楽に救われた事があるのだろうか。
そんな事を考えつつも結局聞く事は出来ず、俺は馬鹿みたいにただ呆然と突っ立っていた。
やがてしばらくすると、夏音はゆっくりと手を解き、俺を見上げ。
「すみません。お見苦しい所を……」
「い、いや」
明らかに目を腫らしながら、静かに言った。
て、ていうか、こういう場合、男はどうすればいいんだろうか。
とりあえず俺が出来たのは、自分の手をどこにやるか迷うだけという不甲斐なさ。
いくら薄い身体でも、これだけ近付けばさすがに柔らかさを感じる。
いや、これはまずいですよ。通報されとけ、俺?
「あ、あの……」
俺の動揺を知ってか知らずか、夏音がおずおずと声を出す。
「つまり、あ、綾瀬さんが、また歌うんです、よね……?」
「……いいや? 俺は歌わないよ?」
「はい?」
俺の言葉に、夏音が素っ頓狂な声を出す。けれど、それはまだ可愛い方で。
「歌うのはお前だよ、夏音」
「へ? ふええええええええええ!?」
改めて、そんな変な声が辺りに響いた。
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