005

 朝食を終えた俺達は、後片付けをしてから夏音の家を後にし、秋葉原へと向かった。

 俺達が住む街から秋葉原までは、電車に乗って片道一時間程度。

 決して近くはないが、遠くもない微妙な距離だ。


「こ、ここが、秋葉原……」


 やがて電車が秋葉原駅に止まると、ホームに降り立った俺は思わず呟いていた。

 ずっと来たかった秋葉原。シルクロードを通りローマに集まる商人達の如く、オタク達が目指すオタクの街。現代のローマ秋葉原。

 そんな場所に辿り着いた俺は、キョロキョロと辺りを見渡していた。

 駅のホームは案外普通。雑踏の中にちらほらとアニメのポスターが見える以外は、他の駅と何ら変わる事はない。

 けれど、そんな風にあちこちにアニメ関連のものがあるにも関わらず、ここでは誰もそんな事を気にしてない。ここではこれが普通なのだ。


「すげぇ……」


「ふわぁ、本当にオタクの街なんだね」


 人の流れに従い駅の出口を抜け、そこで俺と冬雪は思わず息を吐いた。

 そこはもう全くの異質な世界だった。

 右を見ても左を見てもキャラクターがいる。何なら上を見ても何かのキャラがいる。

 少し歩いただけでハッキリ分かる。ここは普通の街とは違う、オタクのための街なのだ。


「あ、悠一君、見て! あのアニメのエンディングで出てた建物があるよ!」


「まじだ……。あの建物、実在してたんだな」


 はしゃぎながら冬雪が指差す方を見て、俺達は感嘆の溜息をつく。

 いくつかのアニメで見た事がある、俺ですら知ってる黄色い看板のビルだ。

 そちらの方へ歩いて行くと、より一層オタク色が濃くなっていくのが分かった。


「本当に、どこを見てもオタクの店ばかりだ……」


 どこを向いても何かの作品の看板がある。まるでずっと祭りをしているようだ。

 本を売ってる店やら、トレーディングカードゲームを売ってる店やら、えっちなゲームを売ってる店やら、オタクであれば必ずどれかに魅了される事間違いない。

 俺はしばし物珍しく周囲を見渡していたが、やがてふと周囲を見渡し。


「そういや、現地集合だけど小春子がまだ来てないぞ? ここで待つか?」


「うーん、そうですね」


 夏音もキョロキョロと辺りを見渡していたが、不意に後ろを気にした素振りを見せた後。


「いえ、大丈夫です。このままパソコンを売っているお店に行きましょう」


「えー? 置いてったらまた怒らせるんじゃないのか? 俺また怒られるのイヤだぞ」


「大丈夫ですよ。多分すぐ食いついてきますから」


「食いつく?」


「何でもありません。小春子さんにはこちらから連絡しておきますから大丈夫です。さ、行きましょう」


 夏音が向かう先には、大きくパソコンと書かれた看板がある。これでパソコンが売ってなかったら詐欺なレベル。でもあの会館にはラジオは全然売ってないらしい。おかしいね。

 俺はビルの中に入り案内に従い歩きながら、夏音に視線を向けた。


「そういや、予算はどんなもんなんだ?」


「そうですね、出来ればこのくらいで」


 夏音が立てた指を見て、俺は頷いた。


「それだと新品は無理そうだな。中古か自作か。とりあえず見て回るか」


「そうですね。それと……、ていっ!」


 妙なかけ声と共に、夏音が唐突に俺の右腕に抱きついてきた。


「お、おい?」


「な、夏音ちゃんっ!?」「なっ!?」


 冬雪が驚きの声をあげる。気のせいかな、他にも声が聞こえた気がしたが。


「何してんだよ、お前」


「釣りには撒き餌が必要なのですよ。いいじゃないですか、役得でしょう?」


「餌? 餌って、まさか俺の事か?」


「そのうち分かりますよ」


 言いながら夏音がギュッと俺の腕を抱く。

 当然、俺の右腕には柔らかいものが――、柔らかいものが……。


「………………?」


「どうしたんですか? 不思議そうな顔をして?」


「いや、何でもない」


 何の感触もないでやんの。ウケる(笑)。

 そんな俺を怪訝な顔で見ていたが、夏音はふいっと冬雪に視線を寄せ。


「ほらほら、冬雪さんもそっち側をどうぞ」


「えっ、えう……?」


 俺達を唖然と見ていた冬雪が、夏音に言われて空いた俺の左手を見た。

 その目は途端にめまぐるしく回り、顔が真っ赤になる。


「ふ、ふわぁぁぁ」


「お、おい、別にやらんでもいいんだぞ? どうせこいつの悪ふざけなんだし」


 酷く狼狽している冬雪に言ってやるが、冬雪はすぐに首を大きく横に振ると。


「や、やる! や、やってもいいですか?」


「あ、はい」


「そ、それじゃあ……」


 おずおず、といった様子で冬雪が身を絡ませてくる。こっちはちゃんと柔らかい。

 そんな二人を侍らせて歩く俺を、通行人達がすっげー嫌そうに見てる。

 でもね君達、これ何度かやられてるけど、両手に華より移送に近いんだよ?


「でも、ちょっとおいしいって思ってるでしょう?」


 そんな夏音の質問に、俺はサッと顔を逸らした。

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