007
「と、いうわけで、俺達はアニメを作る事を決めるに至ったワケでして……」
俺は本日二度目の正座をさせられながら、冬雪に事の次第を説明していた。
外はもうすっかり暗くなっており、蛍光灯の明かりが俺達を照らしている。
目の前には眉を吊り上げて立つ冬雪。その横には縮こまりながらも椅子に座る夏音。おい、お前も正座しろ。
「…………」
冬雪は大変ご立腹な様子で俺を見ていたが、やがて無言で側にあったスケッチブックを開き、そこにペンを走らせ始めた。
「ふ、冬雪?」
やがて十秒程度で何かを描き終えた冬雪が、スケッチブックをグイッと俺に近付けてくる。
そこには男女が一人ずつ、多分デフォルメされた俺と冬雪のちびキャラが描かれている。
スケッチブックに描かれている俺達は凄く仲が良さそうで、冬雪のキャラはとても可愛らしく喜んでいた。
「これは……、俺と仲良くなれて嬉しかったって言いたいのか?」
「……ふんふんっ!」
何度も頷く冬雪。それからスケッチブックを捲ると、またペンを走らせズイッと見せてきた。
次のページには夏音っぽいキャラが描かれており、ゲスっぽく笑う俺のキャラがそっちにすっ飛んで行ってた。
「うわー、綾瀬さん最低です」
「お前まで何言ってんだよ! ていうか俺はこんなゲス顔してないだろ!」
「むー!」
冬雪が怒り顔でバシバシとページを叩く。
あんまり叩くもんでよく見てみると、ページの端の方で冬雪っぽいキャラがショックを受けて泣いていた。ていうかもっと目立つように描いてよ。
「お、俺とこいつとは何もないって! ホントだよ! ユウイチ嘘ツカナイ!」
「……アニメ、私も誘ってたのに」
「うっ!」
そこを突かれると痛かった。ただ、別に他意はない事を知っておいて欲しい。
たまたまコイツが作って来たものに、心が動かされてしまっただけで。
「悠一君がYUIさんだって事、私には隠したままだったのに」
「う、うぅ……」
それに関しては俺も脅されてゲロったワケで、本意ではないと知って欲しい。
「悠一君の隠れオタ友は私だけだったのに」
「うぐ……、うん?」
それは別に良くね?
「あと、手も繋いでた! 私もまだ繋いだ事ないのに!」
「え、えっと、冬雪?」
「おっぱいも触ったって言った!」
「何言ってるの!?」
冬雪は今にも泣きそうな顔で俺を睨み、頬を大きく膨らませた。
「つないで!」
「へ?」
「て、つないで!」
「あ、はい」
差し出された手を取り繋ぐ。
「命令して!」
「な、何を?」
「おっぱい触らせろって命令して!」
「出来るわけないだろ変態かよ!?」
「むー!」
これ以上膨れないと思っていた冬雪のほっぺたが更に大きくなっていく。
やばい、何か知らんが本当に拗ねてる。でも命令したらしたで俺と冬雪が変態になる。二人で変態になった結果、誰も困らない平和な世界が訪れてしまう。
「綾瀬さん、綾瀬さん」
そしてこっちはこっちで、マイペースに冬雪が描いたスケッチブックを捲ってた。
大部分はお前のせいって分かってますかねコノヤロウ。
「何だよ今忙しいんだけど」
「女郎花さんって、オタクなんですか?」
「今までのやりとり聞いてれば分かるだろ」
「そして絵も描けるんですよね? それもかなり上手に」
「まあ、美術部だからな」
実際、冬雪が今描いた絵はかなり上手かった。
しかもそれをめっちゃ早く描いてんだから凄いよな。
「そして彼女もアニメ作りをしたい、と」
「そうだな」
「無情な綾瀬さんはそれを断っていた」
「人聞きが悪い」
「いいでしょう。この件、夏音が全て解決してさしあげます」
「はん?」
夏音は何故か空いている俺の手を握り、自信あり気に笑った。
「いや、でもお前、冬雪と話せないじゃん」
「ふっふっふ、相手がオタクであるならば夏音に怖いものはありません」
オタクあるある。基本人見知りだけど、相手がオタクと分かった途端平気になる。
夏音は未だむくれている冬雪を見ると、挑発的に笑みを浮かべた。
「冬雪さん冬雪さん。どうでしょう、ここは冬雪さんもこの部活に入ってみませんか?」
「え?」
名字呼びから一足飛びに名前呼びになった。
ただ冬雪が怪訝な顔をしたのは、どちらかといえばいきなり入部を勧められたせいだろう。
「この動画制作部は、オタクを隠す者達が集まってアニメを作る事を目的にしています。冬雪さんであれば資格は十分でしょう」
まあ確かに、冬雪であれば夏音の出す条件をクリア出来るし、この部活であればアニメを作りたいという冬雪の目的も達成出来るはず。
「でも……」
「おっと、待って下さい。何かを言う前に、まずはこの絵コンテを読んでみて下さい。もし冬雪さんの目的が夏音と同じなら、夏音が何をしたいかがきっと分かるはずです」
夏音は先程俺に見せた絵コンテを取り出して冬雪に渡す。
冬雪は困惑した様子でそれを受け取ると、チラリと夏音を見た。
今日まで話した事もない二人ながら、俺に言ってきた目的は二人とも同じだ。
アニメを作りたい。
そのために3Dを作れる俺を、二人が勧誘してきたはずなのだから。
やがて冬雪は椅子に座ると、渡された絵コンテを太ももの上に置き、ページを捲り始めた。
ねえ手を繋いだままで読むの辛くない? あと俺いつまで正座してなきゃいけないのかな。
しばし冬雪が紙を捲る音だけが響く。やがて最後まで絵コンテを読んだ時。
「――っ!」
冬雪の顔色が変わった。
「……これ」
「言いましたよね? 冬雪さんの目的はきっと夏音と一緒だと」
「何で……」
「ふっふっふ。先程の話から、冬雪さんがYUIさんの正体に気付いていたのは明白です。実際に行動を起こしたのもそちらが先。けれど、彼の心を動かしたのは夏音が先ですよ?」
「…………」
「悔しいですか? でも夏音だってこの数日、ずっと悔しかったんですよ」
夏音が俺と繋いでいる手に力を込めた。痛い。
「そう、夏音ちゃん? も、同じなんだ?」
「はい。けれど、夏音達の本当の目的はまだ達成されていない。そうですね?」
挑発的に笑う夏音。それを見た冬雪も、握った俺の手に力を込めた。痛い。
「いいよ、私も入部する」
「え? おい、冬雪、いいのか?」
「いいの! 私も入部する!」
冬雪は未だ憮然としながらも、何かを決意した表情で言い切った。
「美術部の方は掛け持ち、ううん、あっちは辞める」
「お、おい。こんな何をするかも分からない部活にそこまでする必要は……」
「悠一君は黙ってて!」
「あ、はい」
さっきから俺、完全に蚊帳の外だね。
「ふっふっふ。これから楽しくなりそうですね、冬雪さん」
「そうだね。同じ目的を持つ者同士、仲良くしようね、夏音ちゃん」
やがて二人の少女が、俺を挟んでにこやかに微笑み合った。
その間に取り残される俺。ねえ、俺帰っていい?
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