006

「んで、これからどうするんだよ」


「もちろんアニメを作ります。でも、どうせなので新しい企画にしましょうか」


「うん? この絵コンテはもういいのか?」


「はい。それはもういいのです。というわけで夏音はすぐにシナリオを用意するので、綾瀬さんはキャラクターデザインを担当して下さい!」


 言いながら夏音は俺を見た。

 キャラクターデザインというのは、文字通り各キャラクターのデザインを行う事だ。

 それぞれのキャラクターの髪の色や髪型、目の形や特徴などから始まり、衣装やら小物類までの全般的なデザインが求められる。

 しかも、ただキャラを作れば良いわけではない。

 魅力的である事は当然の事、その物語の中で一目でそのキャラクターだと分かるようにデザインしなければならない。


「……言っておくけど俺キャラデザ出来ないぞ?」


「えっ!? な、何でですか!? YUIさんの動画ではしっかりとオリジナルのキャラクターを作ってたじゃないですか!」


「だからこそ無理だって分かったんだよ。俺にはキャラデザの才能はなかった。無理。出来ない。俺の動画のキャラだって、正直かなり地味だったろ?」


「まあ確かに掲示板とかでもYUIさんの動画はキャラはいまいちってよく聞きましたが」


 うるせーな! 仕方ないだろ手探りだったんだから!


「誰かがデザインしてくれたら3Dには出来るけど、自分でデザインするのは正直ハードルが高すぎる」


 その辺りの技術って完全に別物なんだよね。

 良いイラストを描ければ良い3Dを作れるというわけではないし、逆もまた然り。

 聞いた話では、絵を描けない3Dクリエイターというのも結構いるらしい。

 俺もどちらかと言えばそのタイプで、技術的な部分に寄りすぎてて魅力的なキャラを作る技術は持ち合わせていなかった。


「夏音も絵は描けるんだろ? シナリオとキャラデザ両方出来ないのか?」


「むー……」


 俺の提案に、夏音はどこか気が乗らなさげな声を発した。

 絵コンテを見れば分かる通り、夏音は絵は描ける。

 ざっくりとした設定を教えてくれれば俺は風景とかを作るし、そっちの方が役割には合っているはずだが。

 やがて夏音は俺に寄りかかったまま紙を取り出すと、ペンを走らせ始めた。ただし左手は俺と繋いだままで。


「夏音が描くと、どうしてもこんな感じになっちゃうんですよねぇ」


 そう言ってサッと描き上げたイラストは、かなり上手かった。

 キャラの心情や髪の動きまで、とても丁寧に描かれている。けれど。


「何か、地味だな」


「ですよねぇ。何故か地味な雰囲気になっちゃうんです」


 魅力的、と言うには何かが足りない。けどその何かが俺には分からない。

 それは夏音も同じなようで、不思議そうに首を傾げていた。


「なーにが駄目なんでしょうねー?」


「分からん。つーか、いっそキャラデザ出来る人を入れたらいいんじゃないか?」


「駄目です。ここはオタクでありつつ、それを隠している人の隠れ蓑にするつもりなんですから。ですから容易に部員を増やすわけにはいきません」


 ただでさえ時間がかかるアニメ作りを、更に隠しながらやろうってどうなんだ。


「ん? ていうか夏音もオタクを隠してるのか?」


「はい。ちょっとおうちの事情で、オタクであるとバレては困るのです。ですから綾瀬さんも夏音がオタクであるというのは秘密にしておいて下さいね?」


「ほーん?」


 まあ人の家の事情に関してとやかく言うつもりはないが。


「どうすっかねぇ? 俺はさっきお前に脅されたりしたしなぁ」


「なっ!? まさか人の弱みを利用する気ですか!? それでも人間ですか!」


 お前が言うな。


「俺もここに無理矢理入れさせられたしなぁ」


「い、いいじゃないですか最終的には合意だったんですし! 大体、綾瀬さんだって散々おっぱいを揉んで役得だったんですから、変な事は言いっこなしですよ」


「そ、それは関係ないだろ!」


 ガタッ!


「ん? 今扉の方で変な音がしなかったか?」


「気のせいじゃないですか? それより、これからどうするかです。良いアニメを作るためにはどうするか考え……、ひっ!?」


 何か急に夏音が悲鳴をあげ、身体が小刻みに震え出した。どうしたんだコイツ。


「……ね、悠一君。今、何の話をしてるのかな?」


 そして聞こえる声は、先程より少しだけ低くなっていた。風邪かな?


「何だよ急に。俺達でアニメを作るためにはどうしたらいいかを話してるんだろ」


「アニメを作るの?」


「ああ、さっきそういう話をしたばっかじゃんか。どうしたんだよ」


「私の時は断ったのに?」


「うん……、うん?」


「あ、あの、綾瀬さん、綾瀬さん」


 何故か怯えた様子で、夏音が俺の袖をクイクイと引いていた。


「あの、お客様みたいですけど」


「んお?」


 ついっと指差した扉の方を見る。そこには。


「ねえ、悠一君。どういう事か説明してくれるかな? ね? ね?」


「ぬほぉっ!? ふ、冬雪?」


 そこには何故か、満面の笑顔を浮かべる冬雪が立っていた。な、何で冬雪がここに?


「部活が終わっても悠一君がまだ校内にいるようだったから、匂いを辿ってきたの。そしたらとっても興味深いお話をしてたから、ぜひお話を聞きたくて?」


「に、匂い!?」


「ね? それよりさっきの話ってどういう事? 何が合意だったの? おっぱいを揉んだってどういう事? ね? ね?」


「い、いや、それは……」


 何か分からんけど冬雪がすっげー怖い。しかも。


「あ、あの、冬雪?」


「なぁに?」


「な、何で犬の首輪なんて持ってるんですかね?」


 冬雪はスケッチブックと共に、何故か首輪を手に持っていた。それも大型犬用の鎖がごっついやつ。スケッチブックは美術部だからとして、何で首輪?


「今日の部活で、好きなものをスケッチする事になってたの」


「な、何でそれを今も持ってるんすかね?」


「首に付けるためだよ?」


 だ、誰の!?


「……ねえ、ていうか二人とも近くない?」


 冬雪の目がスウッと細まった。確かに俺と夏音の距離はとてつもなく近い。というかゼロだ。


「ねえ悠一君。何でその子と手を繋いでるの?」


「え、えっと。飴を断ったから?」


「あめをことわっても、ふつうはてはつながない」


「……デスヨネ」


 正論すぎる。


「お、おい夏音。お前からも何か言えよ」


「…………」


「夏音?」


「ふひゃっ。止めて下さいこっちに話題を振らないで下さい。あんな陽の者と話すなんて無理ですよ!」


 夏音はいつの間にか俺から手を離して俺の背後に隠れていた。視線を彷徨わせるその姿に、先程までの勢いはない。


「おい、お前……、もしかして人見知りか?」


「そうですよ! 何の為にここを隠れオタだけの部活にしたと思ってるんですか! 綾瀬さんを部活に誘ったのだって必死に勇気を振り絞ってましたよ! 今だってメチャクチャ緊張してますよ! だからもっと優しくしてください! 甘やかしてください!」


 めんどくさ。ネガってるのにチラチラこっちを見てる辺りが更にめんどい。


「う、うぅ。リア充こわいです。夏音みたいなくそおたくが、こんな美人と何を話せばいいんでしょうか」


「引っ張るな。困らせない程度に挨拶すりゃいいだろ」


「うう。あいさつ、挨拶……。こ、こんにちは! くそおたくの夏音です!」


「お前は相手を困らせる天才かよ!」


「オタク……? どういう事かな? 悠一君はオタ友はいなかったんじゃないの?」


「あ、えっと……」


「あ、あの綾瀬さん。彼女、何だか怒ってませんか? 夏音を睨んでませんか? うぅ、知らない人と話すの怖いです」


「おい、だから引っ張るなって」


「ね、私と話してるのに何でまたその子とイチャつくの? ね? ね? ね? ね?」


「ああー、もう! 誰か助けてくれええええええええ!」


 余りのカオスっぷりに、思わず叫ぶ。

 もちろん、誰も助けてくれなかった。

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