004

「全く、綾瀬さんのせいでとんだ騒動でしたよ。反省して下さい」


 ようやく網から解放され、すっかり乙女みたいになった中野先生を正気に戻した俺は、今は部室の中で正座をさせられていた。


「なあ、確か俺って罠にハメられた被害者じゃなかったっけ?」


「そうですけど?」


 なのに何で完全に叱られるポジションなんですかね。まるで幼女に怒られてるみたいで屈辱なんですけどぉ。

 ちなみに中野先生は職員会議があるとかで退室。部屋の中にいるのは俺と、呆れ顔で仁王立ちする夏音と名乗っていた幼女だけ。


「まあ、とりあえず自己紹介しましょうか。初めまして。動画制作部の部長を務めます、矢々丘夏音です」


 綺麗な所作で頭を下げる幼女、もとい夏音。言葉遣いといい、何となく育ちの良さが窺える……、のだけど。


「ささ、綾瀬悠一さん。ぜひそちらも自己紹介を。好きな女性の体型から身長から容姿まで、余す事なく披露して下さって結構ですよ」


 なんというか、こいつには関わってはいけない予感がビンビンするんだが。


「なあ、俺呼ばれてここに連れてこられたんだが、呼んだのってお前か?」


「はい。夏音が中野先生にお願いして連れてきて頂きました。アイス三つで」


 安すぎだろ。どんだけ軽く扱われてるんだよ俺。


「俺、ここに入部しなきゃならんらしいけど、動画制作部って何する場所なんだよ?」


「動画を制作します」


 そのままやんけ。


「というのは仮の姿で、夏音はここをアニメ制作の場にしたいと思っています」


「へっ?」


 思わぬ言葉に、素っ頓狂な声が出た。


「アニメって、あのアニメか?」


「はい。実は夏音は普段オタクである事を隠しているのですが、同じような仲間を集めてここでこっそりとアニメを作りたいのです!」


 最近どっかで聞いた内容すぎて、思わず冬雪の姿を探した。

 けれど周囲には誰もおらず、どうやら本当に目の前のちびっ子からの言葉のようだった。


「な、何でそんなまだるっこしい事を。というか、それなら尚更俺が呼ばれた理由が分からないんだが」


「だって綾瀬さん、隠れオタじゃないですか」


「ふぉほっ!?」


「しかも、創作をするタイプのオタクでしょう?」


 な、何を言ってるんだこのちびっ子は。


「な、何を根拠にそんな事を!」


「まさか本当に誤魔化せてるつもりだったのですか? この数日綾瀬さんの事を観察しておりましたが、アニメキャラを見ると明らかに目で追ってるし、オタク的な話が聞こえると聞き耳立ててるし、見る人が見ればオタクだってバレバレですよ。それに――」


 夏音の目がチラリと動く。それを追ってみると、いつの間に拾っていたのか、テーブルに置かれた音乃メグのラフ本があった。


「さっきこの本を拾おうとした時点でもう確定じゃないですか。綾瀬さんはオタクですよ」


「待って待って、ばっかお前そんなわけないだろ。それはあれだよ、拾って交番に届けようとしただけだよ」


「へー、じゃあこの本を差し上げると言っても、別に魅力は感じないんですね?」


「はふ!?」


「実はこの本、夏音のなんです。でも、もしここで一緒に部活をやってくれるなら、綾瀬さんに差し上げてもいいと思っていたのですが」


 夏音は挑発的に笑いながら「オタクじゃないなら要らないですよね?」とか言っていた。

 やばいめっちゃ欲しい。でもこの部活に入るのはイヤ。こいつに関わるのはもっとイヤだ。


「……お、俺オタクじゃないし。大体、俺が創作をするって話はどっから出てきたんだよ」


「これです」


 夏音がポケットからスマホを取り出した。その画面には、アニメ調の3Dで作られた動画が表示されている。


「これはYUIさんというバーチャルシンガーの動画です。どうですか、素晴らしい出来でしょう? 見ての通り、3Dを活用してアニメっぽいPV動画を作っています」


「こ、これが何だってんだ。こんなの動画サイトで探せばいくらでも見られるだろ」


「そうですね。では、こちらも見て下さい」


 夏音が画面を切り替えると、今度はカラオケ店のサイトが表示された。


「実は夏音は亜衣さんと同じクラスなのですが、最近亜衣さんがやたらと皆にこの動画を見せてくるのです。曰く『YUIさんに声がそっくりな人とカラオケに行ってきた! マジやばくない!?』との事で」


「え、なにこれ?」


「綾瀬さんの歌の録音動画です」


 そう言って夏音が画面を触ると、スマホのスピーカーから音楽が流れ始めた。


「カラオケって機種によっては自分の歌を録音してサイトで公開出来るのですよ。亜衣さんは綾瀬さんの歌を皆にも聴かせるために、公開する設定にしていたみたいですね」


 あ、亜衣ちゃあああああああああああああああん!?


「いやいやいや駄目だろそれ! そういうのは本人の許可を取るべきだろ!」


「安心して下さい。夏音が非公開設定にするように言っておきましたから」


「じょ、冗談じゃない! こんな事されて一緒にいられるか! 俺はもう帰らせてもらう!」


「はいお待ち。誤魔化して逃げようとしないで下さい」


 勢いで部屋から出ようとするもガシっと肩を掴まれる。くっそ、やたら力つえーな。


「ここまでくれば夏音が言いたい事はお分かりですね?」


「そ、そのYUIって奴と俺の声が似てるって事だろ?」


「はあ、まだシラを切るつもりなのですか。ではハッキリ言いましょう。つまり、綾瀬さんこそが、あの人気絶頂にして突然姿を消した、YUIさん本人なのです!」


 手を掲げ、ババーンと効果音がなりそうなポーズで夏音が言う。


「言っておきますが、根拠もありますよ? 何度もYUIさんの歌を聴いた夏音には分かるのです。息を吸う時の癖、ビブラートの際の音の変化、声を出す直前の溜めの長さなど、どれをとっても本人としか言いようがありません!」


 夏音が、もはや疑いはないように熱い眼差しを俺に向けてきた。


「大体、朝起きてから夜寝るまでYUIさんの曲を聴き、毎日YUIさんにおはようとおやすみを言っていた夏音を欺けると思ってるのですか。どうです何か言いたい事はありますか!」


「かなり気持ち悪い」


「ふ、ふふふっ。そ、そんな事を言って誤魔化しても無駄ですよ。夏音はもう確信しているのですから……。あの、誤魔化そうとしただけですよね? 本当は気持ち悪くないですよね?」


 俺は涙目で縋ってくる夏音を無視した。キモいし。


「はっ、大体お前が挙げた根拠は証拠というにはかなり弱いだろ。人違いだ。残念だったな」


「ぐぬぅ、まだ意地を張りますか!」


「はっはっはー! 当然だろ! さあ、どうした、それで終わりか!? だったら俺はもう帰らせてもらうがねぇ?」


 何か変なテンションになってるのを感じながらも、俺は鞄を手にする。

 実際、こいつが言ってるのは根も葉もないただのカンでしかない。

 だったらここはさっさと帰ってしまった方がいいだろう。部活とかやりたくないし。

 しかし夏音はそれを見て、一度溜息をつくと。


「仕方ないですね。そこまでシラを切るなら最後の手段です」


 夏音は言いながらスマホを操作して、男が女を押し倒している一枚の画像を表示させた。


「本当の事を言わないと、この画像をバラ蒔きます」


「何だこれ。男女がえっちぃ事をしてるのか? お前見かけによらずエロいな。やーい変態」


「何言ってるんですか。よく見てみて下さい」


「うん……?」


 夏音に言われて画像をよく見てみる。

 そこに表示されているのは、男が女を押し倒している画像。

 けれどよく見てみると、女の方はどう見ても冬雪で、男の方は――。


「うおおおおおおおおおおおおおおいい!? これ俺じゃねぇか! 何だよこの画像!? 何してんだよお前!? ていうか何してんだよ俺えええええええ!」


「実は最近は『偶然』昼休みに綾瀬さんと同じ場所に行く事が増えていたのです。そしたら今日、とんでもない場面に遭遇したので、思わず写真を撮っちゃいました。てへーっ!」


「それストーカー! 盗撮! 脅迫! 犯罪!」


「は? この画像見てもまだそんな事を言えますか?」


「くっ!」


「ふっふっふ、学園のアイドルとの秘め事。いえ、むしろこれは綾瀬さんが無理矢理襲っているように見えますね。これが流出すれば大炎上間違いありません」


「おま、お前……」


 水戸黄門の印籠のようにスマホを掲げる夏音に、俺は黙るしかなかった。


「これがあれば全てが夏音の思うがままですよ! さあ、ニャーと鳴いてみて下さい!」


「ニャ、ニャー!」


「う、うわぁ、ほんとにやりました。YUIさんのそんな姿は見たくありませんでした……」


「お前がやらせたんじゃねーか!」


 こいつ、いつか絶対泣かす。


「でも、これで分かったでしょう? もう綾瀬さんは夏音には逆らえませんよ!」


「か、仮に百歩譲って俺がYUIである可能性が僅かに残されていたとしても……」


「へいへい! こちらにこの画像があるのをお忘れですか?」


「ぐ……」


 俺は口をつぐんで夏音を睨み付けるしか出来なかった。


「ふふん、もう言い逃れは出来ませんよ? さあ綾瀬さん、一緒にアニメを作りましょう!」

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