第292話 森のご馳走

第292話 森のご馳走


「はい?」


「今言った少しでも良い物にしたい....つまり生活を豊かにしたいから私は色々なことをしてるだけ」


「よくわかりません。それならお店で良いものを買えば良いだけじゃ?」


「それは国があって街があって人がいて物があってお金があるから成り立つ。そうじゃ無かったら自分でしなきゃならない。だから、私は国がなくなっても文化的な暮らしができるように今色々やって自分の力にする」


「その結果が、猟銃作りなんですか?」


「他にも色々やってる。畑作ったり馬乗ったり、使えなくなった馬を捌いて食べたり」


「凄いですけど....仕事にあまり関係ない気も....」


「仕事に関係ないことしちゃダメなの?」


「少なくとも私の家系はそうです。武器を作る職人気質みたいなところがあって、余計なことをすると直ぐに怒られます」


「つまらない」


「でも、他のことをする時間があったら1つのことを極めないと....」


「トイレ行く?」


「今ですか?」


「いや、普段」


「行きますけど....」


「寝る前に歯をを磨いてその後寝て、また朝起きて歯を磨く?」


「はい、ちゃんとやります」


「ほら、どんなに切り詰めても人には仕事以外をする時間がある。だったらその時間が少し増えたくらい何ら影響ない」


「でも....」


「それに、いつも仕事だったら仕事したくなくなる。仕事をちゃんとするために生活を豊かにする事をするのだって仕事に繋がる」


「それが許されるんですかね? 私は許されない環境で育ったので....」


「許すも何もそれを最後に決めるのは自分。他人じゃない」


ブランコのようにハンモックを前後に揺らしながらキノが答える。


「子供みたい....」


「後、人は一度いい暮らしを知ると前には戻れない。冒険者業で食いっぱぐれても選択肢を残しておくために色々やってる。切り株の椅子に座るのも嫌だし」


「本音そっちじゃないですか!? 何が文化的な暮らしとかオシャレに言ってるんですか!?」


「えー、本質は同じじゃん」


ニマニマと笑いながらそういうのだが、若いメイドの子は腑に落ちていないようであった。


「後これいつまで混ぜてればいいんですか?」


「ちゃんとすり潰された?」


切り株の上で胡座をかき脚の間で大きなすり鉢を固定しながら力一杯棒を回していた。


「粘り気出てきました。ならそろそろか」


焚き火の上に手で掘り起こした土を掛け、マジックバックの中から薄い鉄で作られた木製取っ手が付いた鍋を取り出し、常備していた水袋を取り出す。


「火消しちゃうんですか?」


「サラサラした土を掛けると中でゆっくり燃えるから長時間料理できる」


水を鍋に入れると、親指の爪程度の僅かにピンク色を帯びた岩塩をぼちゃんと落とし、手頃な長さにしたクマの腸を入れる。


「これも入れます?」


「いや、それはまだ。でももう少ししたら使う」


プカプカと腸が浮かんでくるとすり鉢ですり潰された肉ミンチを木のスプーンで入れ、上と下の部分を紐で縛り、ギュウギュウと肉に圧力を掛ける。


「器用ですね」


「はい、スプーンでやってみて。中にお湯が入らないようにギチギチに肉を中心に詰めて」


「私もやるんですか? やったこない....」


「誰にだって最初はある。今がその時ってだけ」


スプーンを手渡しキノの見様見真似をして肉を詰め、紐で上下を縛る。


そしてパンパンになったそれを温まってきたお湯の中に入れるとゆっくりと沈んでいった。

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