第106話 隠し事
第106話 隠し事
「やっと戻ってきた。エナも早く浸かりなよ?」
「なんで今認識阻害を使ったの?」
「何が?」
「惚けないで? キノの『隠蔽』魔法は気配を消すどころか姿も見えなくなる。しかも手品の応用で意識を逸らしたりして成功率を上げたり、似たような化け物染みた技術で他の基本魔法の作用を底上げしてる知ってるんだよ?」
「へぇー。じゃあ、こういうのはどう?」
湯船に浸かっているキノから目を離していない。
しかし、目の前には自分の手を引っ張って湯船に連れて行くキノの像が見える。それに釣られて足が動き、湯船の真前へと誘われ手を握っていた僅かな温度を残して消えていく。
「待って!」
名残惜しそうに手を伸ばすとその先に済ました顔のキノがいた。
そこでようやくキノの術中にハマっていた事に気がついた。
「二人のキノが見えたんだけど?」
「さっきのお返し。これがやりたかったから消えただけ」
「じゃあ、取り敢えずはそういう事にしといてあげる」
腰を下ろし研磨されて作られた石の湯船に身体を入れ、キノの横に腰を下ろす。
「私の新しい魔法はどう?」
「まんまとハマったよ。キノの姿が見えてたのに....」
「エナの風呂に入りたいって気持ちを利用して私の姿形をした魔力を飛ばしてみた。幽霊みたいに透けてるけど、ある程度相手の行動を誘導できる。こんなんで騙されるなんてエナ単純」
「暖かそうにしてるキノに憧れただけだから!」
顔を赤く火照らせて否定するが、風呂のせいだけではないように思える。
「じゃあ、そういう事にしといてあげる」
今度はエナが僅かに笑みを浮かべ、息を吐く。
「よく私が基本魔法を底上げしてるって気がついたね」
「普通気付くでしょ? 猪が畑に入らないように目を見て誘導するように催眠?を掛けたり子供達の喧嘩の仲裁だって認識を改めるように魔力を使ってたんだから」
「だからって、認識阻害って名前はどうなの? 安易すぎない?」
「シンプルな方がいいでしょ? それに、ここが襲われた時も自分に注意が向くようにしてたみたいだし」
「バレてたか」
「私に向けられていた殺気みたいな奴が全部キノに向いたからね」
「魔物相手なら少し小突いてやればいいけど、理性のある人相手じゃそうも行かないからこのやり方が必要」
「私はキノの人の精神に作用する魔力全般や技術を認識阻害って呼んでるけどそんな技術、どこで覚えたの?」
「覚えてない。冒険者になった時になんかできてた」
「相変わらずの適当っぷりだね。それがキノの秘伝魔術だったりして....」
「ないない。魔術を受け継げるのは代々研究してて、貴族並みに魔力が無いと。スラムに捨てられていた所を見ると、高級娼婦が客との間に作った子とかだと思う....」
「それでわざわざスラムまで捨てに来る? 娼婦街からここまでかなり離れてるよ?」
「まぁ、そんな昔のこと分からなくてもいい。いまが楽しいし。そんなことより腕につけてるコイツが息をしなくてもいいのか試そ」
外套の本体が化けたブレスレットを湯船から引き上げるのだが、全く変化してない。
「空気吸わなくても大丈夫なの?」
「どうだろ? 完全な無機物じゃ無いし湯船に入ったらもがき苦しむと思ったんだけど....」
人差し指で突くのだが、全く反応がない。先程まで固かった筈なのだが、今は変にプニプニしていた。
軽く摘んで見ると、ブレスレットのさまざまなところから噴水の様に水を吹き出す。
「わぁ、気持ち悪」
無理矢理手首から指を通し引き抜くと、床へと叩きつける。
「グヘッ!! あ、ああ!!」
そう吐き捨てるとずんぐりむっくりとした体型に戻り口から水を噴水の様に吹き出していた。
「風呂には外してから....入ってく....れ」
「だって、何も言わないから」
「言おうとしたさ。だが....口に泡を詰められ
まさか、そのあと水攻めに会うと思わなかったからな」
力尽きた様に再び勢い良く水を吹き出していく。
「空気は必要みたい....」
「キノ、冷静すぎない?」
「だって、お風呂だと何でもどうでも良くなっちゃう」
「まぁ、確かにねぇー」
二人のため息が混じり合いながら湯気が天井へと登っていく。
「それと、私にも認識阻害の技術教えてくれない?」
ぼんやりとした表情でエナが口走る。
「何で?」
「今回はキノが丸く収めてくれたけど、今後はどうなるかわからない。戦う術を増やしとこうと思ってさ」
「認識阻害ってのは意識を逸らせて違う事に注目させる技術で目線や魔力、匂い、味、みたいに技術は多岐に渡る。やろうと思ってできる物じゃないよ?」
「でも....」
「それにそれらは成功率を高めるだけで基本魔法の質が高いから成り立ってる。認識阻害だけを覚えても意味ないよ?」
「そんなぁ」
それを聞いた途端に俯く。
「別に無理してできないことをするんじゃ無くて今の自分に出来ることをするのが大事なんだよ?」
「分かった....」
「それに、私たちが貴族の嫌がらせを受けることは金輪際ないよ?私がそうさせないから。エナもこれから手伝ってね」
「え? それって?」
「言葉通りだけど? 嫌?」
「嫌じゃないけど、私で良いの?」
「?勿論。私にはエナしかいないから....」
キノのその一言がエナの心をバッチリ射抜く。顔は見る見るうちに耳まで赤く色付きキノの顔を凝視できなくなっていった。
これからは私がエナの事を守るから私の側にいて欲しいと言う風に解釈したのだが、勿論この勘違いが後々悲劇を生み出すのは容易に想像が付く。
右の壁から湯船に絶え間なく地下から引いている源泉が送られてくるのだが、ジャバジャバと水の音だけが響き渡る。
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