第107話 気を逸らす
第106話 気を逸らす
プスプスと頭から湯気を出して恥ずかしがるエナに対してキノはまったりと溜息を吐き肩を大きく回す。
久しぶりにこの風呂に疲れたのが嬉しいのか、表情には出さないものの、入念に身体を解し、自分の肩を揉んだり首の付け根をマッサージするセルフケアを欠かさない。
(あんなこと言っといて何でいつも通りで居られるの!?もうあれって私に対する愛の告白だよね!?それ以前にキノの前でこんな無防備になってるのももしかして危なかったりする?襲われちゃったらどうしよう!!キャー!)
(急に黙り出したけど、変なこと言っちゃった? 思い返しても分からないな)
二人の間で何かしらの違和感を感じているのだが、互いに勘違いしたままなので相手の気持ちを推し測れない。
そして、この間こそがエナの想像力ないし、乙女チックな妄想力を極限まで高めてしまう要因になっていた。
「ねぇ....キノ...?」「あのさ....」
同時に喋り出してしまい気まずさはこの上ない。
「え!? あ、あ!!何!! キノから言っていいよ!私の話は大したことないし!」
「そう?」
ジャバジャバと水面に波を立てるほど焦りながらエナがキノに道を譲る。その乱れる水面はまるでエナの心情そのものである。
「お湯が出てくる壁だけどキノ通り道だと何か殺風景じゃない....? 今度、ライオンとかの顔を石で作って口からお湯が出る様にしようと思うんだけどどう思う?小さな子もいるから怖がるかな?」
「それ今言わなきゃいけない事!?」
『え?だけどさ、今言わなきゃ伝わりにくいかと....?それに、二人でお風呂に最近入ってなかったし。逆にどんな話題ならいの?』
急に立ち上がったエナと、首を捻るキノ。もうここまで来たら収拾がつかない。
「どんなって....さっきの....言葉の意味に合う....ロマンチックな話題....とか....」
勢いよくジャポン座り、湯船からお湯が溢れ出す。キノの顔面にも勢いよくお湯が掛かるが本人は何も気にしていない。エナもゴニョゴニョと口籠るように言っていて最後の方が聞き取れない。
「よく分からないから、エナがお話して」
「え!? 私が話題振るの!?」
「だってしてほしいような雰囲気の話があるんでしょ?」
「あるけど....!」
「流行に疎い私じゃどんなのか分からない。だから、エナが話して」
さっきのキノの言葉の真意を確かめようと口をぱくぱく開くのだが。肝心の言葉が出てこない。
「あ、あの....さ。 回復術師の人、文字を書いたり計算はできるのに少し意外だな!もっと道具みたいに扱われてるのかと思ってたよ!」
上擦った声で口から出てきたのは何故かこの話しだった。
「貴族の家にもよるけど、風呂にも入らせないなんて相当だと思う。エナの家ではどうだった?」
「うちは使用人の住む棟もあったし、そんな事してなかったよ? 日用大工とかも一緒に教えてもらったことあるしもっと暖かかったな」
幼い時の思い出に一生懸命想いを馳せていた。
「敷地から出さないように外界との接触も絶たれていたんでしょうね。魔石も主人に歯向かうから使い方も教われず、回復の素養のある子を集めて教育してたんでしょうけど、自分の家が維持できなくなった時なんて考えなかったんでしょうね」
「最終的にあの人たちはどうなるの?」
「口ぶりから察するに、無理矢理土地を買収してダンジョン資源ごと売り払う事業だったみたいだし、今回のイレギュラーはかなりの痛手でしょ? 回復術師が押し寄せるように未だに逃げてくるって事は、屋敷も差し押さえられてるんじゃない? 今頃は、借金取りに追われて手入れもされていないような野良のダンジョンで野宿でもしてるんだと思う」
「確かに、危険を冒して取立てる借金取りは居ないだろうね』
「そうそう。せめて、年内は逃げてもらわないとね」
「何で? 何があるの?」
「下民でも依頼を受けられるように許可証を書いてもらったの。借金取りに捕まって没落すると無効になるから」
「ちゃっかりしてるね。下民だと冒険者ギルドで依頼は受けられないの?」
」依頼者のほとんどが貴族だから下民になんて回ってこない。まぁ、許可証を書いた貴族の身分より下の人はこれがあれば断らないし、ギルドとしても嫌がらせとかもできなくなるし、パーティクエストもソロで受けられるかも。まぁ、まあまあな影響力のあるやつに書いてもらった許可証だし、最大限利用する」
「馬鹿と鋏は使いようって訳だね」
「そうだけど、言い方が怖いわね。家が潰れるとその使用人は路頭に迷ってスラム行き。国を支えてるはずの貴族が弱者を作って苦しめてるなんて笑えるわ....」
権利のある貴族に迫害されたり人として扱われない話は当たり前として浸透している。努力しないから下民だと、先代の努力を自分の手柄のように語る。しかし、その原因を自分達が作っているとは夢にも思わない。
自分が没落した時に周りを見る余裕なんてない。没落した時には迫害される側なのだから。誰も下民の言う事など信じない。
下民に落ちた貴族の末路は悲惨でしかない。エナはキノにスラムで救われ幸運だったと言えるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます