第105話 抜作

第105話 抜作


「何これ!?水よりは暖かいけど冷た!?気のせいだ!!?滅茶苦茶冷たい!」



「毎日練習してるんだけど、うまく使えない。一個ずつならそれなりに使えるんだけど....」


「いや、馬車の中で見てたけどそれなりかどうかは疑問が残るよ!? いつもお風呂の時どうしてるの?」


「残滓魔力が無くなったら、水?宿屋さんでは違う方法でお風呂やってるからちゃんとお湯だけど....?」


「馬鹿!? 風邪ひくよ!! せめて湯船のお湯を使ったり....!後は私のこと呼んでくれれば魔力を込めるよ!」


「別にこの後温まるんだから良く無い?」


「駄目!! 風邪ひいて寝込みたい!? 1日中ベッドの上で寝てるのは嫌でしょ?」


キリッとした表情からは想像できないほど抜けている一面が多々あるのだが、ここまで酷いのは久しぶりだった。



「ベッドまで美味しいご飯を運んでくれるなら1日くらいベッドで過ごしたって....」



「風邪の時は味が変に感じるから私がいくら美味しい料理を作っても不味く感じるよ」



「じゃあ、ヤダ」



 キッパリと先程まで持っていた風邪の時の理想を諦める。


「取り敢えず、私が魔力送るから....。それで髪の泡を流しといて」



「私も暖かいお湯使いたいから残滓魔力が多くなるように込めて欲しい」



「それどうやれば良いの?無属性の魔力を多く込めれば良い感じ?」



「あ、馬鹿」


髪の毛を後ろに掻き上げながら薄く目を開き目当てのものを探る。


エナが壁から伸びる銀色の筒を掴むと先端からお湯が出てきた。熱々のお湯が。



「あっっつい!!何これ!?」



「そりゃあ、多くの魔力を込めるからいつもより熱くて水の圧も強いやつが出てくる」



「じゃあ、どうすれば良かったのよ!?」



「残滓は魔石の大きさで決まるんだから意識的に変えられる訳ない」



「そうなの!? 早く言ってよ!」



「案外馬鹿だもんね」



「五月蝿いな!早く流して!」



 小さな子供のように駄々を捏ねながらキノに懇願する。


「はーい、じゃあ、流すから。目に泡が入ったぐらいでピエンピエン泣かないで」



「泣かないわ!」


 何ごともなかったかのように銀の蛇に泡で魔法文字を書き魔力を込め右の手でお湯を当てて髪の毛についた泡を洗い流していく。


「こんなんでどう?エナが込めた魔力を薄める感じにしたんだけど」



「適温だよ。薄める感じで使えるんだ」



「動きを阻害する術式を泡で書いたんだけどね」



 下を向いて洗い流され終わるのを待っていたエナが髪を再び掻き上げ絞るように水気を切る。



「凄い、サラサラ」


「枯渇してそうなとこを重点的にさらったから....。後でタオル巻くといいよ」


「分かってる」


 洗い終わった髪の毛に上機嫌になると、身体を洗い出す。それを見てキノも髪の毛をエナの魔力が残っているうちに髪の毛を濡らし瓶の中に入った石鹸を垂らすと洗い出した。


「体洗う石鹸も、髪の毛を洗う石鹸もいい匂い。何から作ってるの?」


「....知らない方がいい」


 エナの問い掛けに聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でボソッと言葉を濁す。


「ん? 何か言った? 体の泡はいつ洗い流すの?」


「まとめて洗い流すよ? どうかした?」


 食い気味に何故か泡のついた身体を見てくる。それも下半身、腰より下膝より上をマジマジと見てくる。


「いや、泡のついた身体しか見てないから今の身体はひょっとして男になってるのかな?って思って....」


「そんな訳ないでしょ? 今は夜だし。 性別が知りたいなら胸見れば良くない?」


「夜でも、薬の使い過ぎで戻らなくなったのがこの前でしょ? それに、胸ほとんどないじゃん」


 下から上に目線を移動させるが、豊かな自分と比べるとほぼ断崖絶壁だった。


「自分が持ってるからって持たざるものを笑いやがって....。これだから貴族は....!」


」いや、もう貴族じゃないから!」


「じゃあ、没落貴族」


「言い方酷くない!?」


「私の胸を抉るような発言は酷くないの?きっと、そんな言葉ばかり言われてるから私の胸は育たないんだ....」


「いや、元々小さかったじゃん。それに、面と向かって言ってんだから、まだマシでしょ? さて、タオル取ってこよ」


 身体の泡を綺麗に洗い流し、脱衣所の方までタオルを取りに行く。


「上に立つ人は下の人の気持ちを伺っても、顔色は気にしちゃいけない....。やっぱりエナは生まれつきの貴族なんだね」


 一緒にご飯を食べて、風呂にも入る。しかし、その距離は空と地面以上の距離を感じた。


 いくら手を伸ばしても埋まらない距離。生まれの違う互いの本心を知る術はない。ただただ、すれ違うしかないのだ。


「さて、タオル」


 ガラスの扉を開き、自分の服を入れた竹籠の中に入っているハンドタオルを頭に巻き付けながら再びガラス扉を開く。


「あれ? キノは....?」


 先程いた場所に目を向けるのだが誰もいない。キョロキョロと中を探すのだがキノの姿は見えなかった。


 シャーーーー!


 しかし、誰もいないはずの風呂場から身体の泡を流す為にお湯を使う音が聞こえてくる。


 何かいるのかと身構えながら左右のを見渡していると、その奥。風呂の中央付近にキノがほっこりしながら湯船に浸かっていた。

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