第104話 団欒

第104話 団欒



 幼少期の頃から何度この髪を恨んだだろうか? 



 家族の中では冷徹になりきれない性格を異端だと蔑まれ、変異した髪の毛と身体に残った虐待の跡を見られないように家の地下室に監禁され、家に伝わる秘伝魔術だけを教えられる毎日を送っていた。


 そんな辛い子供時代を象徴するのがこの髪の毛だ。


 好きになれる訳がない。


 否定し続けないと、血の繋がった嫌いな家族と同類になってしまうような気がしてしまう。もう家族などどこにも居ないのに、自分の家なんてどこにもないはずななに、家族に対する憎しみは髪に触れる度に積もっていった。



 タチの悪いことにその気持ちをぶつけようにも自分の気持ちをぶつけるより早く家族は下民の手によって息絶えた。


「髪、絡むの?」


「ちゃんと手入れはしてるんだけど結構キシキシしちゃうんだよね。キノみたいにサラサラじゃないし」


「へぇー、そのまま下を向いてて....」


 言われた通り、頭を動かさず下を向く。頭からキノの方に付いた銀の蛇の先端から適度に温められたお湯がエナの髪を伝って流れ落ちる。



 しかし、別段何かが変わったという事はない。


「これでどう?」


「別にお湯を掛けたぐらいじゃ何も変わらないよ?」


 そう言って、再び髪の中に手を入れるとスーッと滑らかに髪と髪の間を指が滑らかに滑っていく。



 先程まで髪の毛の手入れに悩んでいたのが嘘のようであった。


「あれ? 何で?」


「私の魔力を少しお湯に混ぜてあげてみた。子供達の世話で簡単な魔法しか使ってないから髪の毛の栄養が少なくなってる。魔法を使って髪の毛が、直に魔力に振れれば改善される」


「じゃあ、これからもキノにお手入れしてもらお!」


「えー、何でそうなるの?」


「だって面倒くさいじゃん。髪の毛長いし」


「普段の繊細な様子はどこにいったの?」


「えー、子供達の前だとお姉ちゃんぶってるけど中身は不良娘だからなぁー。キノお姉ちゃんに髪の毛洗ってもらわなきゃ」


「はいはい。じゃあ、出来の悪い妹の頭を洗ってあげましょう」


「やった〜」


 キノが座っている方に背中を向け、催促する。鏡の前に置いてある2本の土でできた瓶。一方は長細く、もう一方は太く細い方の半分程度しかない。


 太い方の木製コルクを抜くと、中身を掌に少量垂らす。半透明な液体がゆっくりと滴り擦るとあっという間に泡立っていく。


「蝋燭もそうだけど、身体や頭を洗う石鹸もすごい完成度」


「屋台を出せない小さな子達はお手伝いするんだって張り切っていたもんね。キノが作る石鹸も最初見た時驚いたよ?」



「そう?」



「だって、髪の毛を洗う石鹸が液体みたいにのっぺりしてたんだもん!」



「私はずっとそれが普通だと思ってた」



「ないない。絶対高級品だよ。子供達と同じで記憶がないだけでキノは贅沢な暮らしをさせて貰える立場だったんじゃないの?」


「私としては子供のうちはもっと子供らしい事して欲しいんだけど....」


「10歳くらいから冒険者やってのに言うセリフがそれ?」


「だからこそ子供の時代には子供らしい事をして欲しい。冒険者になるまでの生活なんてほとんど覚えてないし」


 泡立てた泡で髪の毛を指の腹で押し当てながらエナの髪の毛を洗い出す。


「聞きたかったんだけど、何で冒険者になったの?」


「実は、それも覚えてないんだよね」


「え?」


「スラムでゴミみたいな生活をして、貴族の道楽に巻き込まれたり断片的には覚えてる....だけど、細かい事は覚えてない。師匠みたいな人がいたような気がするんだけど....」


 髪を洗う手を止めてこめかみに指を触れる。毎回思い出そうとすると頭痛が鳴り止まない。そもそも、思い出そうと意識し出したのはいつからか?



それすらも思い出せない。



 それどころか、その師匠の顔や声ですら全く思い出せていなかった。


「いくら小さくても、普通忘れちゃう?」


「分からない。だけど、塗りつぶされていたりモヤが掛かってるような....」


 そんな事を言っているとエナの身体がカタカタと震えだす。


「あ、ごめん寒い?」


「大丈夫だけど、恥ずかしいかな?」


「はいはい。そんな初心な反応は好きな男の前でしな....」


「別に演技じゃないもん....」


 聞く耳を持たずに自分が座っているお湯を吐き出す蛇の口をエナの髪の毛に当てるのだが、お湯が出ない。


「ん?どうかした?」


 何もしないキノをおかしく思ったのかエナが下を向きながら問う。


「もし、髪の毛を水で流すって言ったら怒る?」


「何で?」


「前に使っていた人の魔力の残滓が残ってたからそれを私の普通の魔力で押し出して使った。だけど、残滓も無くなった....因みに、こうなる」


「キャ!!」


 キノの魔力を、吸った魔石が僅かに機能し水が滴り、無防備な頸に掛かりあられもない言葉が出てしまう。



 最初はちゃんとしたお湯が出ていた。次第に冷たい水と温かいお湯の中間になっていき、最終的には冷水が出てきた。



 しかも、キノはよっぽど出てきた冷水に触れるのが嫌なようで体から銀の蛇の口の先端を話しながら訝しい顔をしてエナの髪の毛に水を当てていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る