第99話 刺客
第99話 刺客
キノとエナが馬小屋から帰ってくる少し前まで時は遡る。
「デンケンどこ? いないの?」
口の横に手を当て、キョロキョロしながら屋敷の中を探す小柄な人影が1つ。緑色の髪の毛を腰にまで伸ばした女の子が麻で編まれたワンピース風の服を着ながらキョロキョロと辺りを探す。
廊下の蝋燭立てには日の灯った蝋燭が置かれており、幽霊屋敷にと呼ばれるのがおかしいほど明るい。
しかも、どれも蝋燭が綺麗に手入れされておりそれに報いるように火が煌々と燃えているのだ。
デンケンを探すジルは顔立ちは大人っぽいが身長はデンケンとあまり変わらない。それに、時々ふと幼い仕草が垣間見る。
人がいない薄暗い食堂を蝋燭で照らしながら探し、キッチンを見て皿を洗うために貯めてある雨水の甕の蓋も開けるのだが、勿論そんな所に人影はない。
『『ただいまー』』
「お姉ちゃんたち帰ってきた!?」
パタパタと急足で玄関に向かうのだが、誰もいない。
「あれ? おかしいな?」
再びキョロキョロとキノとエナがいないかと見回すがやはり誰もいない。
「ジル、デンケンはいたか?」
真っ暗な二階へと繋がる階段から蝋燭を立てた銀の取っ手がついた持ち運び様の小さなお皿を持った少年が降りてくる。右目が隠れるほどの青髪で口調はぶっきらぼうだが、話し方はどことなく優しい。
「あ、リヒター。いないんだけど?」
「2階と屋根裏も見たが、いなかった。何処に行ったんだろうな?」
「えー、時間ないのに....」
口ではそう言っているのだが、玄関でキョロキョロするのはやめない。
「ねぇ? お姉ちゃんたちの声聞こえたよね? 帰ってきたのかな?」
「聞こえたけど、そのあと足音もしなかったな」
「フーン」
気の抜けた返事をするのだが、あるものが無いのに気がつく。
「リヒターが持ってる蝋燭は今日小さな子が作ってくれたやつ?」
「ああ。そうだけど?」
「じゃあ、玄関に置いてあった蝋燭はどこに消えたのかな?」
リヒターを手招きして呼ぶと、持っていた蝋燭を強引に奪い、靴箱の扉の前に火を近づける。
傾けられた蝋燭の火は扉の隙間に引っ張られ、入って行こうとする。
「魔法か?」
リヒターの問い掛けにジルが頷く。扉を引っ張ろうとしてもびくともしない。
「魔法だね。火の魔力には似たような物質を取り込んで更に膨張させる特性があるってキノお姉ちゃんが言ってた。私達みんなで作った秘密基地に鍵をして私物化するなんていい度胸してる」
呆れたような物言いだが、その旨の中ではメラメラと闘志を燃やしていた。
「じゃあ、仕事を放り出したやつにお灸でも据えに行くか。火の魔力を俺の魔力で中和して解除しよう」
「中和? 何生ぬるいこと言ってんの? 中和や解除なんて行儀のいいこと言ってないで、破壊一択でしょ?」
「破壊って言ったって、滅茶苦茶な量の魔力を感じる。生半可な攻撃は受け付けないだろ?」
「何言ってんの? 魔法を破る必要なんてないよ? 摩擦を生かしてるなら私は隙間風を魔法に組み込もう」
しゃがみ込み、人差し指を口の前に立てる。指先に緑色の魔力がゆっくりと集まっていき、爪と同じぐらいの小さな球体が出来上がる。
ふーっ!
唇を僅かに尖らせ、息を吐く。フワフワと扉に吸い込まれるように動いていくのだが、遅い。
「小さ! しかも遅すぎない?」
「これだから脳筋は....。魔力ってのは力じゃない。工夫だから弱くても理にかなっていればそれが成果になるんだよ?」
溜息のように胸に詰まっていた言葉を吐き散らかす。蝋燭の火で照らされたジルの顔が幻想的で一瞬心を奪われるのだが、それも杞憂で終わる。
「それより、靴箱の周りに水で防壁張って!! そう言うの得意でしょ?」
「はぁー、全く人使い荒いな....。ジルやデンケンみたいに直ぐに命令を体内生成できるほど慣れてないんだけど....?」
「あ、大丈夫。術式は私が書いてあげるから」
リヒターポケットの中から青い魔石をジルが取り出し手早く靴箱の上にガリガリと魔法に命令を下す為の専用の文字を書いていく。
「そんなことして怒られるよ?」
「怒らないよ? だって、全部デンケンのせいにするから」
「なら、良いか....」
手を翳すと、文字の溝に青い光がじんわりと浮かび上がり、靴箱が球体状の水で包まれた。
「お、良い感じ....」
「それはどうも....。防御だけ立派な俺がお褒めに預かり光栄です」
小さな魔力ではデンケンの魔法は破れないだろうと皮肉を垂れるた次の瞬間、ジルがにんまりと笑う。
「風の魔力の性質は収束だから、とくと見せてあげるね」
先程指先から発した球体が今ようやく靴箱の中へと吸い込まれていった。
リヒターの内心では大したことない魔法だと心の中でジルを嘲笑っていた。
リヒターもジルが書いた文字に手を触れ靴箱の周りに水の膜が張られていく。次の瞬間、握り潰されたかのように靴箱が内側にひしゃげ、バラバラになった木片が木道へと落ちていく。
それも、粉々に粉砕されており認識とのギャップのせいで、うまく事実を処理できない。身の危険すら感じた。
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