第100話 滑稽
第100話 滑稽
「何したのこれ?」
「隙間風みたいに風の魔力を入れて靴箱の中の空気を一気に収束させた。靴箱も魔力で強化しておけば良かったのに、そこまでは頭が回らないなんて男の子は可愛いね」
リヒターからの問いにジルが答える。
「俺だったら、靴箱をでかくして中に入る空気の量を大きくさせとく」
「確かに、私はこれ以上になるときついけどそんな大きな靴箱じゃ、ここに何かあるって言ってるようなものでしょ? 馬鹿なんじゃない?」
手を翳し収束させた空気を元に戻す。水の障壁にリヒターが触れると、触った部分から蕩け出し消滅していく。
「風の流れ的に3人下にいる。じゃあ、お先に」
脚を折り、木道へと身体を投げていった。
「男は馬鹿なくらいが丁度いい。それに、好きな子を思いやる気持ちは誰にも負けないんだよ?」
床に置かれた蝋燭に火が付いた皿を持ち、ポケットの中から一枚の薄汚れた紙を取り出す。持ち手の部分に巻きつけると、少量の魔力を込めた。
水の膜が皿の淵から出現し、火が登る上の部分だけが空き、丸っこい即席ランタンのようなものを作る。
また、ポケットの中から2枚の紙を取り出し足の下に入れると、足が丸い水に包まれた。
「こんなもんかな」
木道へ踏み込むと、そのまま落ちるのではなくまるで一段一段階段を降りるように足を交互に出し、減速しながら落ちてジルの後を追う。
秘密基地内部
「さて、お客さんがきた....」
キノが入り口のハンモックに目を向けると丁度ジルが落ちてきた。
そのあと直ぐにリヒターが灯りを持ってやってきてジルの顔を照らす。
「クソ! ここも見つかった!!」
「え? デンケンが逃げてるのってジルとリヒターから? 一体どういう事?」
言葉に全身の力全てを込めているデンケンに対し、状況をいまいち飲み込めてないエナがぼんやりと聞き返す。
「キノお姉ちゃんに、エナお姉ちゃん、おかえりなさい。悪いんだけど、その分からず屋をこっちに渡して? 私も屋台やって疲れるんだから....」
「残念だったな!! この二人は俺の味方....」
「はい、どうぞ」
首根っこを掴みキノが二人にデンケンの身柄をいとも簡単に渡す。
裏切ったのかと問いかけを表情で醸し出しているデンケンに対し
「最初から仲間になった覚えはないけど?」
と済ました顔で、血も涙もない言葉を吐いた。
最初にデンケンとリヒターが上がり、ジルが風に乗ってふわふわ浮かびわ上がる。秘密基地と称して地下空間を作っていただけあって手慣れたものだ。
だらしないのは年長組。
「ねぇ!? 本当に大丈夫!?」
「大丈夫だから....。しっかり捕まっていて」
運動不足な上、華奢なエナをお姫様抱っこし、梯子を一気に駆け上がる。
手も使わずに足の力だけで上がるその様子はサーカス団員でも難しいだろうが、涼しい顔をして玄関まで戻ってきていた。
「後でここを塞いどく。それよりデンケンは案外大人しい」
「仲間だと思ってた誰かに裏切られてからな! 観念したんだよ」
不貞腐れながら、腹を立てキノを睨みつける。
「仲間だって勝手に思い込むからよ?」
本人は全く気にも止めず、エナを下ろす。
「なんで、デンケンは二人に追われていたの?」
「そりゃあ、こいつが自分の仕事を放り出したからだよ」
「あんな状況じゃ誰だって逃げ出したくなるだろ!?」
リヒターの正論に暴論をなすり付ける。
「説明するより見たほうが早いから、お姉ちゃん達も見に来て」
デンケンを引き連れ、一階の奥の部屋に向かう。
ジルが扉を開けると、そこにはなんとも言えない奇妙な光景が広がっていた。
この部屋は特に何もない。屋敷の中で一番大きな部屋なのだが、壊れかけたピアノがあるだけで後は何もない。
普段は5歳から8歳くらいまでの子供達が追いかけっこをして遊んだり人形遊びをしたりして遊んでいる。
しかし、今は50人程の回復術師の面々が麻でできたワンピースを着て椅子に座りその小さな子供達が髪の毛を一生懸命乾かそうと赤い魔石を握りしめ奮闘していた。
「これは?」
「見ての通りだよ? 回復術師のお姉ちゃん達、美人で読み書きや生活に役立つ魔法のことや蝋燭の作り方を教えてくれたんだけど、所々抜けててお風呂の入り方も知らなかったんだよ!?」
ジルがエナに一生懸命説明した。
「え!? そうなの? 色々な事ができそうなのに....」
「有り得ない話じゃないよ?」
キノがエナに口を挟む。
「貴族の中には生まれた時から使用人として育てて平気で風呂に入れなかったり家畜当然の扱いをする奴らもいる。ゲルドもその口で勉強や業務で必要なことだけ教えて、娯楽を一切与えなかったんだと思う」
「はい、キノ様の言う通りです。屋敷に住む使用人には部屋が与えられていましたが、木箱のような場所で家具などは一切なく、体も3日に一回程貯めた雨水で洗うように言われていました。今日まで家具やお風呂は貴族しか使えないものだと思っていたので、驚きです」
一番部屋の入り口の近くにいた、子が答えエナが言葉を失う。最低限下民でもできる権利を奪う貴族が居るのかと驚きを隠せない。しかし、無邪気な子供達の目には世話の焼けるお姉さんとして映る。
「みんなに聞きたいんだけど、良いかな?」
普段の物静かな様子からは想像できないほどの声を張り、大きな口を開けて吐き出された声が注目を集める。
『『『なーにー! キノお姉ちゃん!!』
小さな子供たちを筆頭に返事をする。
「今日一日屋敷の事はみんなに任せたけど、どうだったーー?」
幼稚園の先生を連想させるような口調で、子供たちに尋ねる。
「いつも任せてもらえないことができて楽しかった!!」
「初めて役に立てて嬉しい!」
「できないことができるようになってから気持ちよかった!」
「蝋燭の作り方教えてもらったの!!」
などと口々にみんなが叫び、どれが誰の言葉かは定かではない。しかし、その喧騒の大きさが楽しさそのものだ。
「そっか。じゃあ! みんなにお願いしてもいい?」
「「「なーに?」」」
ため息のように相槌を打つ。喧騒の中でもキノの声が聞こえると静まり、また声を揃える。
「このお姉ちゃん達にみんなの当たり前や幸せを教えてあげて欲しい!」
しかし、次は子供たちの表情がキョトンとする。
「それって何すれば良いの?」
声の高い赤髪のショートボブの小さな女の子が聞く。
「何も特別な事はしなくていいんだよ」
キノの言葉に更に首を傾げる。
「姉ちゃん達はみんなの知らない色々な事を知ってる。けど、お姉ちゃん達はみんなが知ってる色々な事を知らない。だから、お互い何もしないで普通に生活してれば良い....」
「キノお姉ちゃんが俺たちにしてくれたみたいに?」
次は茶色い髪の毛をした長髪の小さな子が口を開く。
「それでみんなが楽しかったり幸せを感じたならお姉ちゃん達にもそうすれば良い....。私は普通にしてただけだからよく分からないけど....」
困ったようにキノがくしゃりと笑みを浮かべる。
『『分かったー!!』』
それで伝わったのか元気のいい返事が聞こえてきた。
「あのね、お風呂から出たら髪の毛を乾かすんだよ?」
「タオルで拭いてから魔石から出る熱で乾かすの....」
「火傷しないように指先に魔力を込めるんだけど、乾かし終わった後魔力をすぐに解くと火傷しちゃうから置いてから魔力を解いてね」
「冷めてからまたしまうの!!」
先程まで、ただしてあげるという感じだったがキノが話してからは自分達が何をしているのか? 何のためにしているのかを丁寧に説明しながらいつか自分達でもできるように髪の毛を乾かしてあげていた。
「さて、じゃあ私たちも他の年長者組に合流しましょ?」
「えー、俺もう魔力がないんだけど....」
ジルの言葉を躱すかのように疲れを表情にデンケンが浮かべる。
それを見たジルもめんどくさそうな感情を表情に浮かべ、更に揉め事に巻き込まれたくないリヒターが
「さて、俺の魔法で髪に含まれた水滴だけを取り出そうかな」
などと言い、その場を離れる。
「魔力切れなら仕方ないわね」
「だろ? って事で俺は休みに....」
「それが本当だったら休ませてあげる。ニーナ、きてもらっても良い?」
『は..ー.い!』
自分よりも大きな新しい姉の髪の毛を櫛で整える手を休ませ、ジルの呼びかけに応じたニーナがやってくる。消え入りそうな声だが、パタパタと動きは素早い。
「えっーと、何するの? 魔力切れは本人にしか分からない....」
「そんなのいくらでも誤魔化せるでしょ? でも、ニーナなら、体内生成した命令を外部に伝播させられる」
「じゃあ、やって行きますね....」
「行くって何を?」
要領を得ないデンケンに対し、何かを思いついたニーナが手を翳す。
すると、デンケンの指先に小さな火が灯る。
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