第98話 秘密基地
第98話 秘密基地
靴箱の底に引き込まれ、二人とも頭から落ちる。
下はぼんやりと光っている。数十メートル下に向かって作られた木道には鉄でできた梯子がかかっているのだが、子供が一人で作ったものとは到底思えない。
顔を切って背中を押す風が心地よく、目を瞑れば空の上を思わせる幻想的な空間で一人だけ絶叫しながら落ちていた。
「イィィィィィィィィィイ!」
歯を強く噛み締め、風圧で唇がブルブルと震えながら下に落ちるエナだ。
「強化」
迫り来る風圧の中肺の中に残っていた空気をリスのように頬に集め吐き出した空気に乗せてキノが魔法を発動する。
イメージするのは体全体に魔力を流し、血管のような網を体に広げる。全身を満遍なく強くするのではなく、猫のような柔軟性を残して衝撃を逃す。デンケンを右の手で手繰り寄せ、エナの腰にを右の脚を絡ませて左手で梯子の足を掛ける部分に捕まる。
急な減速の衝撃が身体に負担として掛かるが、「強化」のイメージが猫をイメージしたせいか、柔軟性のある部分から外へ逃げていくのがわかった。
「ハァハァハァ! キノ、ありがとう....。危うく地面に叩きつけられて死ぬところだった....」
「別に死なない。 デンケンがあんなに脱力していた所をみるからに、下にはネットでも敷いてあるんでしょ?」
死の恐怖で肩を震わせ息を切らすエナとは対照的にキノが涼しい顔をして答える。
「じゃあ、なんで無理に止まったりしたの?」
「エナがうるさかったから」
「え?」
見上げて見ていたキノの顔が急に小さくなる。キノの脚が腰から離れて再び落とされたと理解する頃には先程と同じ悲鳴をあげていた。
キノの言っていた通り、出口の四方から伸縮性のあるロープが垂らされ、ハンモックのように編まれたそれがネットの役割を果たしていた。
「容赦ないね。俺だったら泣いてる」
「だったら、泣いてみて」
身体に寄せて抱いていた腕を緩めデンケンを落とす。
「ほら、容赦ない」
もがく事なく、仰向けに落ちていくのだが悲鳴も何も発さない。ただただ、落ちていく。
「ほら、泣かないじゃん」
吐き捨てるように呟き足を梯子に掛ける。膝を曲げ向かい側の壁に向かって角度を付けて飛び、反対側の壁に再び飛びどんどん上へと向かっていく。
驚くべき身体能力で、梯子が始まる靴箱の扉裏までたどり着く。軽く扉を開けようと手を伸ばすのだが、箱と扉が接している部分に赤い魔法命令分が浮かび上がる。
「うまく作ってある摩擦を火属性魔力で最大限上げて閉じてる訳か....。面白い」
フッと体の力を抜き脱力。小さくなっていく天井を見つめながら落ちる。
「静かだと気持ちいい」
そんなことを言い終わる頃にはポフっとネットに落ちる。
「やっとキノも来た!! もう急に落とさないでよ!?」
身体をゆっくりと起こし、部屋の中を見回す。正方形の予想よりも広い空間には簡素な木製の机と4つの背もたれのない椅子が置かれていた。
「煩かったから落とした。ごめんね....怖かった?」
「死ぬかと思ったよ!!」
腰に手を当て怒りを露わにするエナを可愛らしく思いながら吊るされたハンモックから降りる。
「上の扉の命令分はデンケンが張ったの?」
「そうだけど?」
部屋の大きさ、盛大な仕掛けに似合わない簡素な椅子に座っているデンケンの前の椅子に腰を掛けて話をする。
「へぇー、基本魔法以外にも術式も組めるようになってきたね。まだ簡単な命令文字しか教えてないのに....」
「ある程度は自分で試してるからね。だけど、まだ不完全で火の魔力を普通の魔力に流し込んで補助してる。でもそれだと、火属性から逸脱した反応が起きないからなー。しっかり無属性魔力で組んで汎用的なことしたい!」
「最初はそれでいいよ。完全に無属性か有属性かだと場数踏まないとできないし。冒険者にだって、魔石を使って色々な属性を組み込んでようやく一つの反応を起こしてるのもいるし....得意を伸ばして行こう」
キノの言葉に安心したのかホッと胸を撫で下ろす。
「それよりこの部屋はどうしたの? 一人で作ったわけじゃないよね?」
キョロキョロと部屋を見まわさすエナが気になり、デンケンに聞く。
「屋敷を直す時、自分の部屋が欲しいと思って年長者何人かで作ったんだ。まだ作り途中で、着地のハンモックは木で枠を作ってその中にネットを張るつもり」
「へぇー、じゃあ、なんでこんなところに居るの?」
余っていた椅子に腰掛け問いただすと、明るかった表情に陰が落ちる。
「この屋敷は魔物の巣窟に成り果てた!! 逃げてるんだよ!! あいつらから!!」
口調が重々しくなり、ガタガタと震えだす。
「魔物が屋敷の中にいるの!? なんで!? 今までこんな所に来たことなんて....」
「あー、なるほどね。 じゃあ、ここに隠れたデンケンの負けだ」
」何言ってるんだよ!!? キノ姉ちゃん! 入り口はしっかりと閉めた。あれを解除するなんて無理だろ!?」
「解除なんてする必要ないよ? 一つの敗因を挙げるとしたら、魔法を過信して扉の耐久力を疎かにしたこと....」
「どう言う事だよ?」
机の上に置かれていた小さなランプに灯っていた火がフッと消える。
キノの言葉を裏付けるように何かが爆発したような爆音が鳴り響く。
秘密基地の入り口に目を向けると、無残な残骸になった靴箱の扉がぼてぼてと降ってくる。魔法の質は良かったようで、扉同士の隙間は開く事はなく繋がったままバラバラになっているのだ。
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