第97話 アクセサリー
第97話 アクセサリー
「それより、何で私の身体に張り付こうとするの? 外套の中に戻してあげるからクローゼットの中とかで大人しくできない?」
「ああ、それ嫌だな」
「嫌ってどういう事?」
「冒険者の装備には簡易術式ってのが組み込まれていて一瞬で着脱することや圧縮して楽に持ち運ぶことができる。何のためか分かるか?」
「途中で死んだ仲間の装備を引き剥がして装備する為」
「そう。持ち主がいなくなったり登録されてない装備は誰でも魔術で操ることができる。じゃあ、それを機能させる魔力はどこからきてる?」
「ん? そういえば....」
「答えは簡単。装備者から吸ってるんだ。少ない魔力で微々たるものだが、自動で装備者を守る防壁を発生させるようなものは常時吸い取られる魔力もでかい」
「まさか....」
キノが何かに気がついてしまう。気付かない方がいい何かに。
「そう。生き物として形にされた俺はこうやって機能するために常に何かから魔力を吸い取ってないと存在が消える。まぁ、他の装備と比べると多いが生死に関わるレベルじゃないから心配するな」
「もし、私がクローゼットに詰めたらどうなるの?」
「魔力の供給がなくなって消えるな。作られた後は大量の魔石を食わせてもらったが、体内には緊急時に使う量の魔力しかない。俺を失った外套は唯の布切れになる」
胸を叩き堂々と自慢げに語っているように見えるのだが、キノはニガ虫を口の中で潰してしまったような渋い表情を浮かべていた。
「仕方ない。じゃあ、せめてアクセサリーみたいになれない?」
「できるぞ?」
手首に一周ぐるっと巻き付くと艶のある身体が鉄のような光沢を帯びていき星空を流し込んだようにキラキラとしたブレスレットになった。
「これなら良いか?」
「綺麗。だけど、普通イヤリングとかじゃ無いの? それならあなたの声も聞こえるんだけど...?」
「イヤリングにもなれるが、通信機がイヤリングなんだからブレスレットの方がバランス良いだろ? それに、日常生活で話すような事ないだろ?」
「それもそうか。その位置からでも私の口パクを見て私の意思を汲んで」
「はいはい、分かりましたよ、お姫様?」
そう言うと眠ったように静かになる。
「さて、この子の手入れも終わった。中に入りましょう?」
「うん、分かった」
馬小屋を後にし、幽霊屋敷の外観を見ながらエナが呟く。
「少し綺麗になったよね、この屋敷」
「最初から汚かったけど、回復術師の人達が来て労働力が増えたから。窓ガラスなんかも修復できたし....」
「火の魔石を使って新しく硝子を作っちゃうんだもんね。私も教えてもらわなきゃ。小さい子も読み書きや計算を教わるって言ってたし」
貴族に仕えていただけあって様々な専門分野の知識を持っている者も多く、生活の質が向上していた。
「属性魔法関連は任せちゃう事になるのが心苦しな....」
「キノは商売の資質があるんだからそっちを生かして。私が魔力の使いすぎで一晩寝てる間にあんな屋台まで企画してやるんだからすごいよ」
口で褒めているのにも関わらず、表情は暗くなりどことなくエナの表情が暗く映る。
「あーあ。最初に会った時は私がキノに読み書きや計算を教えたのに、今じゃ私より何でもできるよね。いつこんな差がついちゃったんだろ?」
「別に、差なんてない? エナだって一つ区切ついた。貴族が下民を必要以上に虐げる文化を作ったみたいな事を言ってたけど責任を感じてその内一つの下民を虐げて事業をしていた奴らをとっちめたんだから』
「でも、一つ潰したぐらいじゃ何も変わらないよ」
「元々、下民を人と思わないような貴族は貴族制ができた時からいた。エナの家の影響で始まった訳じゃないし、責任感じる必要もないと思う」
「だけど、その風潮は強まったと思う」
「そう思い込むのは好き好きだからなんとも言えない。どうしたいの?」
「貴族が下民を虐げる風潮を無くしたいかな。まだ方法とかは分からないけど」
「じゃあ、これからその方法を探せばいい。起こった事は変えられないけど、これから起こることは変えられる....でしょ?」
「じゃあ、少し考えてみようかな....」
溜息を吐くようにして方から力が抜ける。
「それと準備は良い?」
「勿論!」
キノからの問い掛けに唾を飲み込み、入り口の扉に二人が手を掛ける。
「中、どうなってるかな?」
「この時間だと、お風呂が終わっているぐらいの時間。ゲルドの所から逃げてきた回復術師が今朝も来て50人くらいになったからテンション上がってサーカス状態の気する」
「今朝保護した小さい子供もいるから賑やかにはなってそう。食堂も広げなきゃだし、術師の人たちが文字を書くのとかを教えてお行儀も良くなってると信じたい....」
現実的なキノの予想に反して、希望的観測に淡い夢を抱きながら天国か地獄、その両方に繋がっている扉を開く。
「「ただいまー」」
二人が声を揃えて屋敷に帰ってきた。キノの声は一歩後に引いたように警戒を含んだ声。エナの声は自分の希望的観測に夢を馳せたような軽いポップな声。
対照的な声が一つに合わさり、屋敷に吸収されていく。
「ねぇ? おかしくない?」
「変だよね?」
キノに呼応するようにエナが相槌を打つ。
屋敷は蝋燭の光で照らされ暖かな光が身体を包み込む。しかし、人の気配がしないのだ。
子供の数とクビになって放り出された回復術師の数は軽く100人を超えている。しかし、人がいるような息遣いが全く聞こえてこないのだ。
「誰もいない訳じゃないよね」
ポツリと呟くと、入り口の扉のすぐ横に置かれている大きめの靴箱の扉が勢いよく開く。
「キノ姉ちゃん! エナ姉ちゃん! あんまり大声立てないで!! あいつに見つかっちゃう!!」
中からは頬が痩せこけたデンケンが声を殺しながら二人を出迎える。
「こんなとこで何やってるの? お風呂には入ったんでしょ? 湯冷めする」
デンケンの手を引き引っ張り出そうとするのだが逆にキノの手首が強く掴まれた。
「早く!! 隠れるよ!!」
「え?」
掴まれた腕を引かれると靴箱の底に身体が引き込まれていく。
「どこにいくの!?」
それに驚いたエナが、引き込まれるキノの足首を掴むのだが、細腕で二人分の体重を支えられるわけもなく引き込まれていった。
そして、靴箱の扉が一人でに閉じる。
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