第94話 声の大きさ
第94話 声の大きさ
しばらくすると喧騒が静まり返り、二人の間に沈黙が訪れていた。
エナの右の頬が丸く不自然に膨らみ、カラカラと口の中で転がしていた。
『その飴美味しい?』
『飴を詰めて私の口を封じるなんて....私は子供か!?』
『子供でしょ? それに、その飴プルエアがくれたやつだし美味しいでしょ?』
ニヤニヤと薄い笑みを浮かべながらエナの機嫌を伺う。
『美味しいけど....プルエアさんはなんでお菓子を?』
『彼女なりの罪悪感から。商売で貴族になった家だけど両親が死んでプルエアが1人で何とかやっていた。プルエアの家が持つ秘伝魔法が欲しくてたまらない馬鹿が方々に圧力を掛けて廃業に追い込み、冒険者として力を貸すなら資金をやるって言ってたみたいだし、私を貶すのにも罪悪感を感じてたんだと思う』
『周りに流されて仕方なくってやつ? キノは辛くなかった? 圧力を方々に掛けた元凶のパーティにいたんでしょ?』
『ゲルドは私を入れてあげてたみたいだけど私的には、入ってあげてたニュアンスだから別にどうとも思わない』
『強いね』
『別にこのくらい普通でしょ?』
困ったようにため息を吐き捨て少しばかり笑う。
『にしても、大分ゆっくりだし、少し寒いし』
『毛布とかないのかな?』
キノが両腕を組んで摩る姿を見て辺りを探すが暖を取れそうなものは無かった。
『気にしなくて大丈夫』
『でも、風邪ひいちゃうよ?』
そう言ってキノを見つめるがその暖の取り方が豪快だった。
『何それ?』
『何って火だけど?』
天井に向かって開かれた手のひらの中には細身の小さな火が灯っていた。属性魔法が使えないにも関わらず、掌からは火が出ている。
『属性魔法使えたの!? しかも、火の魔力ってどう言うこと!? この国の人じゃないの?』
『落ち着いて。ただの魔石だから....』
放り投げられた魔石を両手で包み込むようにキャッチする。
火の暖かさが伝わり、それが恐怖に感じる。
『きゃー! 熱い死んじゃう!!』
取り乱すように手をブンブンと振り火を馬車の中でぶち撒ける。
『落ち着いて。その火熱くないでしょ?』
『え!? 本当だ熱くない。何これ?』
触れている指先がじんわりと温まる程度で、熱さなど微塵も感じない。
『これ魔石じゃないの?』
『あ』
エナが指先に魔力を混め魔石を覗き込もうとする。
手の先から巨大な火柱が立ち上り、鼻を僅かに掠め馬車の天井スレスレで止まった。
『キャ!? 何これ!? 火を維持しようと指先に魔力を移動させただけなのに!』
『気を付けて。純度の高い魔石だから、下手すると爆発する』
エナが放り投げた魔石を床から拾い、再びキノが暖を取る。
『嘘!? じゃあ、なんでキノはそんなショボい火しか出してないの?』
焦げた鼻先を摩りながら疑問を投げかける。
『魔石の仕組みって分かる?』
『魔物や魔力の高いものの中で生成されて結晶化した石でしょ? そこに属性変化させてない普通の魔力を流して押し出して使うやつ』
『まぁ、ざっくりはそう。媒介魔法とは違って、自分魔力も混ざってるからある程度は自分の魔力みたいにどう機能すればいいのか術式も書き込める』
『でも、キノが魔石を使ってるところなんて初めて見たかも』
『何言ってんの? 使えないからしょぼい火しか出ないのよ』
『ん?』
『さっきのこの魔石のポテンシャルを見たでしょ? 私はその半分の性能も引き出せてない』
『でも、火は出てるよ?』
『今、わたしの身体にある魔力を10だとするとそれ全てを込めてる。なのに、出てくる火は1にも満たない。これじゃ使ってるって言えないでしょ?』
『確かに....。じゃあ、なんでそんな無意味な事してるの?』
『私の身体の魔力は属性変化できない。魔力適性も性質も秀でた物がなかった。だから不人気なアサシンしか選べなかったからせめてそれを埋める努力をしてるの。適性と性質は生涯変わらないけど、属性変化には努力次第で幅を持たせられるって聞いたからこうやって毎晩努力してんのよ?』
『でも、戦闘では役に立たないよね?魔石に含まれてる魔力を押し出してるだけだし無駄が多い。純度の低い魔石はあくまでも補助変換にしか使えないし』
『そうだけど、火種は作れるし....』
若干不貞腐れたように窓の外を眺めながらぶっきらぼうに呟く。
「それに、キノは不思議な使い方するよね? 魔石は魔力の塊だから普通ならつかえば使っただけ小さくなるのに、それは小さくならないし」
「魔石は魔力の塊だけど、自分の無属性魔力で押し出せば大きさ自体は変わらない。時間が経てば魔石の中の魔力が無属性の魔力を侵食するから長く使える」
「へー、そうなんだ。知らなかった」
「頻繁に新しい魔石を手に入れるなら使い捨てでいいけど私は同じ物を長く使いたい」
「キノらしいね」
「それに、自分の魔力に命令式をイメージして流せば細かい調整もできる」
「私はまじないしか使えないから、命令式とは無縁だな」
「エナも命令式使ってみる? 魔石に直接命令式を道具で書き込んでも使役できる」
「こんな小さいものに文字を書き込むなんて技術無いから勘弁して!! 冒険者じゃないし、私はゆっくり自分のペースで使役できれば良いんだし」
そして、馬車がゆっくりと動きを止めた。
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